第二十話:不穏な闇と一時の安らぎ
あれから三十分ほど。
既に天の狩猟場は解除され、辺りは普段の神麓海岸に戻っていた。
そんな中。レイア達三人と雅騎達三人は、向かい合うように立っていた。
天使達の力により、雅騎の身体の傷はほぼ消えている。
あれほど痛々しかった左脚も、靴や靴下、ジーンズの裾がないことを除けば、今や普段と変わらない。
ただし……。
「いつっ……」
「大丈夫?」
「ああ。多少痛むだけだから。つっ……」
急な治癒により彼の身体には、未だ強い痛みだけが残っていた。
佳穂は雅騎の右隣で、心配そうな表情で肩を貸している。
『申し訳ございません。急ぎ傷を治すことを優先したせいで……』
「いいのいいの。自業自得だし、こうやって生きてるからね。いってて……」
心配をかけまいと何とか笑顔でいようとする雅騎だが、動く度に走る激痛が、中々そうはさせてくれない。
『今回は、本当に済まなかった』
そんな痛々しい彼に。レイアが改めて申し訳無さそうに頭を下げ、ファルトとリナもそれに続く。
「だから。勝手にやっただけだから。気にしなくていいからさ」
『すまない。恩に着る』
困ったようにそう口にした雅騎だが。レイアは頭を下げたまま、またも謝罪を口にする。
それがまるで、姉を彷彿とするものだったせいか。彼は思わず苦笑してしまった。
『レイア』
と、そんな中。エルフィが静かに声を掛けた。
レイアが頭を上げると、エルフィはゆっくりと片手を目の前に伸ばす。
そこに光が集まり、再び呼び出されたのは彼女の長剣。それをエルフィは両手で手に取り、そのまま真剣な表情でレイアの前に差し出した。
『これを持っていきなさい』
『それは……』
できない。レイアはそう頭で理解していた。
天使達の武器は、生まれた時より天使の心の中にあり、心と強く結び付いてしまっているもの。
そのため、何時でも目の前に召喚したり、解放し仕舞うこともできる。
だが同時にこの武器は、天使が命を落としその結びつきが解けるまで、心から離れることはないものでもある。
だからこそ。命ある限り、それを手放す事はできないはずなのだ。
しかし。エルフィはそれを察したのか。僅かに憂いを見せながら首を振る。
『私の心は既に、力の融合により佳穂と結びついており、既にこの剣を手放せる状態にあります。これがあれば……』
彼女は一瞬、その先の言葉を口にすることを躊躇する。
だが、絶対にこれをレイアに託さねばならない。その強い想いで、続く言葉を口にした。
『私が命を落としたことに、できるはずです』
『姉上……』
レイアは、姉の視線に込められた想いを理解する。
本当は受け取りたくない。これを受け取れば、レイアは改めて姉は天使ではなくなったという事実を認めることになる。
しかし。そんな想いをぐっと心に押し殺し。彼女はその長剣を静かに両手で手に取った。
その決意を受け取るように。
『ありがとう』
想いを受け継いでくれた妹に、エルフィは柔らかな笑みを向けた。
『お土産もらったんなら、こっちからもお返ししとかなきゃな』
そんな時。ふとファルトは何かを閃くと、佳穂の前に立ち、自分の首にぶら下がげていた何かを差し出した。
そこにあるもの。それは銀装飾のような輝きを放つ、百合を模したような小さな笛。
「これは?」
『結集笛。私達の隊が何処にいても集合できるよう、連絡を取れるものなんですよ』
リナの笛についての説明を聞き、佳穂はあの時、ベッドで聴いた音色を思いだす。
「これがあの時聴こえた……」
『はい。距離が近い時は他の天使でも耳にできます。ただ、距離が離れていても、同じ隊の結集笛を持つ同士であれば、何処にあってもその音色を聴き、目的の場に集うことができるのです』
佳穂に対し、エルフィはリナの説明を補足する。
『これがあれば、姉上や佳穂に何か遭った時に、我々に助けを求められるはずだ』
『ですが、これを無くせば懲罰どころでは済まないでしょう?』
レイアの思惑に対し、エルフィが心配そうな顔をする。
だが。師匠に心配してもらえた事を少し嬉しく思ったのか。ファルトは自慢気に笑ってみせた。
『師匠の技を受けた時に壊された、とでも言っておきます。それだけ師匠は強かったと、皆に触れ回ってやりますよ』
『それなら貴方が無くしたって事にしたほうが、よっぽど良いんじゃない?』
『うるさいなぁ。これだから泣き虫先輩は』
『そ、それは言いっこなしでしょ!』
リナの言葉に、思わず不貞腐れるファルト。そして、彼の返し言葉に同じように不貞腐れるリナ。その相変わらずのやりとりを、他の皆は微笑ましく見守っていた。
「受け取ってもいい? エルフィ」
『はい』
「じゃあ貰っておくね。ありがとう」
佳穂は結集笛を手に取ると、ゆっくりとパジャマのポケットに仕舞う。
『では、私達は戻りましょうか、レイア様』
リナがそう促すと、彼女は静かに頷く。
「皆、元気でね」
『お二人さんも。師匠も元気でやってください』
佳穂の声にそう返したファルトが夜空に舞い上がる。
『雅騎は、あんまり佳穂やアンナ様に心配掛けちゃダメですからね!』
「ははは。分かったよ」
雅騎の苦笑に笑顔を向け、リナもファルトに続き空に舞うと、彼に並ぶ。
『姉上……』
最後に残ったレイアは、一瞬何かを躊躇いつつ、託された長剣を両手で抱えたまま、エルフィを見る。
佳穂と雅騎は彼女の躊躇いの理由が分からない。だが、姉である彼女だけは、その気持ちを汲み取ったのだろう。
『……たまには、顔でも出しなさい』
『は、はい! ありがとうございます。姉上!』
優しい笑顔で返すエルフィに、レイアは表情を一転させ、嬉しそうに笑顔を咲かせる。
そんな姉妹のやりとりに、雅騎と佳穂は互いを見ると、同じく嬉しそうな笑顔を交わした。
と。レイアは一度笑顔を引き締めると、そのまま佳穂と雅騎を見る。
『雅騎。佳穂。姉上を頼む』
「うん。レイアも気をつけてね」
「またな」
佳穂はやや心配そうな表情で。雅騎は真剣な表情で。お互いがレイアに言葉を返す。
二人の言葉に彼女もまた、凛とした表情を浮かべると、頷いてみせた。
刹那。先の二人同様、彼女は夜空に羽ばたくと、ファルト達に並ぶ。
そして。三人の天使は各々に手を振ると、そのまま夜空に溶け込むように消え去っていった。
「行っちゃったね……」
『ええ……』
感慨深けに佳穂とエルフィが呟く。
「レイア達、大丈夫かな?」
『彼女達ならきっと、大丈夫ですよ』
「……うん。そうだよね」
心配そうな佳穂を安心させるように、エルフィは優しく微笑む。
そんな彼女に応えるように、佳穂も大きく頷いた。
*****
彼女達の心配。その話は少し前に遡る。
『レイア。私は貴女に聞かなければならないことがあります』
雅騎との問答を終えたエルフィは、レイアを真剣な、しかしどこか淋しげな目で見つめた。
『……私は決闘で破れた身。どんな事でもお話しましょう』
『ありがとう』
真剣な視線を向ける彼女に、エルフィは小さく頷くと、質問を始めた。
『レイア。貴女は何故、この地にやってきたのですか?』
『私は、あの女……運命なき者の予言にて導かれたのです。この地に、姉上がいると』
『その理由は、私がシオスに就いたから、という事でしたね?』
『はい。私はそれを熾天王使、ラギアス様より直々に伺い、姉上を討伐する命を受けました』
『ラギアス様が?』
その言葉に、エルフィは驚きを隠せなかった。
──熾天王使、ラギアス。
それは天界を収める、最も位の高い王である。
その王本人が直々に、エルフィが裏切ったという宣言を行ったという事実は、十分に衝撃的なものだった。
姉を信じきれなかった事を思い出したのか。苦汁をなめたような表情を見せつつ、レイアは頷く。
『はい。「私の命を奪おうと画策し、失敗して逃走した」と。右腕にその時受けた傷が残っており、そこに姉上の残光を感じたため、私はそれが真実かもしれない、と……』
『そう、ですか……』
──誰かが裏にいると感じていましたが……。まさか……。
エルフィは、語られた事実を聞き、少々考え込む。
誰もが言葉を発せず、ただ彼女を見守る中。
エルフィは一つ溜息を吐くと、
『貴女達には信じられないかもしれませんが、最後まで聞いてください』
そう皆に告げ、彼女自身の持つ、もうひとつの事実を語り始めた。
『私もまた、運命なき者より、シオスが極東の地に潜んでいる、という予言を聞きました』
『姉上も、ですか?』
『ええ。ですがそれは内密に、私にだけ告げられたもの』
語り始めたエルフィの顔色がよくない。それは、これから話す内容を思い返すのが辛い、と言わんばかり。
しかしそれを伝えない選択は既に、彼女にはなかった。
『私はその予言を聞いた時。彼に真意を知る為、皆にも告げず天界を離れ、この地へ参りました。そこで彼と再会する事ができましたが。そこで私は……』
エルフィは顔を上げ、視線を夜空の月に向ける。
そして天使達にとって、衝撃の真実を口にした。
『彼に、命を奪われかけたのです』
『な!? 嘘だろ師匠!?』
『婚約者であるシオス様が、何故!?』
その告白に、ファルトとリナが思わず驚きの声を上げる。
──婚約者……。
その時、佳穂は心の中で、結集笛の音色を聴く前に見せた、淋しげで、憂いのあるエルフィの表情を思い出す。
──だから、あの時あんな辛そうな表情を……。
聞いてはいけない事を聞こうとしてした事を知り、彼女が申し訳無さそうに目を伏せる。
その変化に気づいたのか。
『佳穂。あの時の事は気になさらないでください。いずれ話さねばならないと思っていましたから』
「……うん。ありがと」
優しい笑みを向け声を掛けてくれたエルフィに対し、佳穂は心配をかけまいと、顔をあげると無理に笑顔を見せた。
『姉上。本当に相手はシオス様だったのですか?』
レイアは聞かされし真実に納得がいかず、改めて問い直してしまう。
エルフィはそれを聞き、やや困ったような表情を浮かべた。
『仮面こそ付けておりましたが、あの声、あの容姿。そしてあの武器と技は、紛れもなく彼と感じるものでした。ですから私もシオスだと信じ、何とか思い留まるように説得しようとしました。しかし、彼を止めることは叶わず、その技で命を奪われかけたのです』
今回の雅騎が重なるわけではないが。
エルフィが何とかしようとできる限り戦いを避け、結果自身ばかりが傷ついていく。そんな展開を容易に想像できたのだろう。レイア達三人は、複雑な表情のまま、言葉を返せない。
エルフィもまた、その戦いを思い返し、表情に影を落とす。
『ですが、それは貴女の話と矛盾しています。何より私はラギアス様にその事を話していないどころか、会うことすらせずに天界を離れているのですから』
その言葉に、思わずレイアははっとする。
『……まさか!? ラギアス様が姉上を!?』
ラギアスが自分を騙し、姉に嗾けたのではないかという可能性を感じ、怒りを込めた強い言葉を放つ。
しかしエルフィは、首を横に振った。
『まだ確証があるわけではありませんので、決めつけるのは早計でしょう。ですが、その可能性は否定できません』
『そんな……』
『どういうことなんだよ!? 一体……』
ファルトとリナは、やり場のない怒りと戸惑いを口にする。
既に、このエルフィの言葉を信じられない者は、ここにはいない。
だが。それがもし真実だとしても、簡単には受け入れがたい。
『……私が、直接ラギアス様に会ってきます』
皆が沈黙する中。
決意を秘めた表情でそう呟くと、レイアが静かに立ち上がった。
『いけません。貴女が危険に晒される可能性が──』
エルフィは慌ててレイアを制しようとする。
相手は天使の王。もし推測が事実だった場合、無事では済まないかもしれないのだ。だが。
『姉上。私は真実を知りたいのです』
レイアが強い言葉でそれを遮る。姉を苦しめたかも知れない相手を、到底許すことなどできない。そう言わんばかりに。
だが、それも仕方のないこと。
姉を疑い、姉と戦う事になり。そして、姉の命を奪わねばならなくなった事への後悔と憤慨は、未だ心の中で燻っているのだから。
その熱く無謀な勇気を止められる者はいない。そう思われた。
「レイア。エルフィを悲しませるのはダメだ」
そんな天使達の会話に割り込み、彼女を止めたのは雅騎だった。
傷も癒え始め、随分と頭が冴えてきたのだろうか。冷静な表情で、じっとレイアを見る。
だが、そんな言葉で納得がいくはずもない。
『何故だ!? もし事実だとすれば、私は許すことなどできない!』
「そうやって今すぐ何かしようとしたって、大事なことを見失うだけだ」
「大事な、事?」
思わず疑問を返す佳穂に、彼は力強く頷いた。
「この話は確かにエルフィも被害者だ。だけど事の発端は、シオスって天使が仲間を殺し、天界から逃げたって事だよね?」
『……ええ』
相槌を打ったエルフィの表情が曇る。雅騎が強く口にした、まだ受け入れきれていない事実。それが彼女の心を責める。
だが、それは彼も同じだった。
それを口にしてよいものか。そんな想いが心を強く痛める。
それでも心を鬼にし、より辛い可能性を語る。
「エルフィには悪いけど……シオスは既に、命を奪われてるかもしれない。そして。今までの話が事実なら。エルフィ同様に、シオスに掛けられた罪ですら、嘘かもしれないんだ」
彼はふぅっと大きく息を吐いた後、改めて皆に視線を順に向けた。
「じゃあ何故この二人を罠に嵌め、命を奪おうとし、嘘を広めなければいけなかったのか。誰か分かる?」
雅騎の突然の質問。
それは、濡れ衣を着せた理由にばかり頭が行っていた天使達にとって、考えもしていなかったもの。
──私が罠に嵌められたのだとしたら、確かにその理由は一体……。
エルフィも。
──確かに。何故だ? どうして姉上とシオス様の命を奪おうとする必要がある?
レイアも。
雅騎を含めた、そこにいる全員が、その答えを持っていなかった。
「その答えをまずは知るべきだ。じゃないと、それこそ二人だけじゃなく、レイアや他の天使達にも危害が及ぶ可能性だってあるかもしれない」
『姉上達だけではなく……』
自身も含めた、他の天使達の危機。その考えもしなかった事に対する重みに、レイアの心が冷静になっていく。
「真実を知る為には、ラギアスって奴やその仲間に知られないように、少しずつ真実を探らないといけない。今ここでそれができる奴がいるとしたら。それはレイア達だけなんだよ」
彼女の熱が落ち着くのを感じ、雅騎は知を以って、改めて彼女を制する。
その言葉は今までと違う、はっきりとした道を指し示したもの。だからこそ、彼女はそれを心で受け入れる事ができた。
しかし。
『確かにそうかもしれない。だが……。私に、できるのか?』
レイアは思わず目を伏せると、思わずそんな本音を口にしていた。
熱くなっていた時と違い、心は冷静。
だが、冷静だからこそ。多くの天使の命が双肩に掛かるかもしれない、そんな事の重大さに、思わず気後れしてしまう。
そんな彼女に……いや。雅騎はそんな彼女達に、こう告げた。
「言っただろ? 今それができるのは、レイア達だけだって」
その一言に、はっとしたのはファルトとリナだった。
『そうですよ! 俺達もいます。隊長は一人じゃないんです!』
『わ、私も微力ですが、力になれるはずです!』
雅騎の言葉に呼応するように。二人も真剣な表情で、レイアに頼り甲斐のある言葉を掛ける。
そう。二人はわかっていた。今この時、共にいる部下だからこそ、レイアの力になれるはずだと。
『お前達……』
まさか二人から、このような心強い言葉をかけられるとは思わなかったのだろう。レイアは一瞬驚きを見せた後、ふっと笑みを浮かべた。
『……そうだな。まずは我々で少しずつ、探りを入れてみることにしよう』
『そうこなくっちゃ!』
『ファルト。遊びじゃないんだからね。ちょっと不謹慎よ』
『そういう所が細かすぎなんですよ、先輩は』
長く厳しい戦いかもしれない。
だが。時にどこか気が抜けていながらも。頼り甲斐のある言葉で、自身の緊張を解いてくれる仲間がいる。
レイアの何かふっきれたような顔に、佳穂と雅騎はほっとした表情を見せ。
そして。エルフィはこの道を差し示してくれた彼を見ながら、
──本当に、ありがとうございます。
言葉にはせず、心で改めて感謝の言葉を口にしていた。
*****
「今日は二人共ありがとう。つっ……」
月明かりの中。
駐車場に止めていた自転車のある場所まで連れてきてもらった雅騎は、肩を貸してくれていた佳穂から離れようとした。
が、その瞬間。また強い痛みが身体を走り、思わず顔をしかめてしまう。
「こんな身体じゃ一人でなんて無理だよ。私達が送っていくから」
「いや、だけど自転車もあるし……」
『そんな物は後から取りに来れば良いではありませんか』
「海風に晒し続けたら、簡単に錆びちゃ、ぐっ……」
なんとか二人の力を借りないような理由を口にしようとする雅騎。しかし、痛みをまともに隠せない今の彼を、二人がそのまま彼を放置できるはずなどない。
「エルフィ。一緒に飛べる?」
『勿論です。自転車は後でもう一度、私達で取りに戻りましょう』
「ちょっ!? だから迷惑を掛けるわけには……」
雅騎は困ったような表情で互いに二人を見る。しかし、彼を挟むように肩を貸した二人は、互いを見るようににっこり微笑んだ。
「迷惑なんかじゃないよ。私達が勝手にやってるだけ。ね? エルフィ?」
『ええ。その通りです』
またも悪戯っぽく雅騎の口癖を返す佳穂に、クスクスと笑ってみせるエルフィ。
そして。その言葉を言われてしまえば、雅騎はぐうの音も出ない。
ただ恥ずかしげに困ったような顔をする彼を他所に、
『行きますよ。佳穂』
「うん!」
二人は同時に、背中の翼を広げ、勢いよく空に羽ばたいた。
一気に砂浜は遠ざかり、彼らは夜空に見える月と星空に近いていく。
眼下に広がるは海岸。そしてそこから神麓山に向けての道を照らすように、煌めく街灯と街の明かりが、まるで天の川のように広がっている。
「速水君。大丈夫?」
『多少痛みを感じさせてしまうかもしれませんが、我慢してください』
雅騎を両脇で支える二人が、やや心配そうな面持ちで雅騎を見る。
そんな二人を安心させるように、
「大丈夫だよ。昼間ほど気持ち悪くもないし」
雅騎は素直な感想を口にした。
ただ。戦いが終わった緊張感から解放されたからなのか。はたまた自らの傷の痛みで集中力が切れていたからなのか。
それはとても素直過ぎる、自らついた嘘すら忘れた感想。だからこそ、佳穂とエルフィは、はっとしてしまう。
「え? 昼間って……」
『まさか、私達の治癒で?』
「あ!? いや、その……」
──あっちゃあ……。
雅騎は思わず、心の中で自分の顔を手で覆う。
──あの時、気持ち良いって言ってくれてたのに……。
駅前で話してくれた事と真逆の言葉を耳にした佳穂は、表情を険しくした。
自分達の治癒はうまくいかなかった。そんな気持ちが心を覆ってしまう程に。
──きっと私に不手際があったのですね……。
エルフィもまた、雅騎があの時に嘘をついて我慢をしていた事実を知り、申し訳無さそうな表情を浮かべた。
己の術の未熟さが生んだ苦しみがあったのだと、勘違いしてしまう程に。
そんな二人の表情の変化に、後悔するも後の祭り。
雅騎は空の上、逃げることすら許されない。
「いや、その。二人の治癒はうまくいってたし、ほんと大丈夫だから」
事実を語りながら、何とか必死にフォローしようとする。だが、それはもう、時既に遅し。
「……家で、ゆっくり聞かせてね」
『……そうですね』
「はぁ……」
とてもがっかりした佳穂とエルフィの声。雅騎はそんな二人に目を合わせられず、ただひとつ、大きな溜息を吐く。
そして。三人はそのまま、夜空の闇に消えていった。




