あの子が嫌い
あの子が嫌い。
何でも出来るあの子が。
「優、聞いた?有紗が生徒会長立候補するって」
次の時間の教科書を鞄から取り出していると隣の席の佐藤ちゃんが話しかけてきた。
「うん聞いてる。というより有紗に応援弁護も頼まれた」
「まじか!噂じゃなかったんだ~。じゃあ2人応援するわ。有紗が生徒会長やるなら安心だなー。文化祭とか体育祭盛り上げてくれそう」
「私もそう思う!一年の頃から生徒会の庶務頑張ってたしね」
「ね。めっちゃ大変そうだった。…それで応援弁護の内容考えた?」
「うーんまだ正確には決まってないけど、生徒会の庶務の仕事を頑張っていたことを言えばなんとかなるかなーって」
佐藤ちゃんに笑いながらそう返す。本当の所、応援弁護の内容なんてまだ考えていなかった。考えたくなかった。また彼女が皆んなに認められる所を見るのになんで私が応援しなきゃいけないんだ。本当は応援弁護なんてしたくなかった。先日、私に頼み込む彼女の顔に、断られたらどうしよう、迷惑じゃないかな、でも引き受けてくれるかも、なんて心の声がありありと浮かんでいて断れなかった。生徒会の庶務として他の人に仕事を頼む時はそんな不安がった姿を見せることは滅多になかったのに。もしかして1人に頼む時だけはあんな頼り方するのだろうか。だとしたら彼女は、人の心の掴むのがうまい。
「まあ、他に会長立候補する人の噂もないし、なんとかなるんじゃない?」
「実はちょっとそれ思ってた」
「まあ、有紗に勝てる人なんていないよねー。成績よし。スポーツ出来るし、ピアノとかもめっちゃうまいし、人を纏めるの上手いし、そして可愛いし。完璧超人ってやつ?家も立派だもん」
「ほんと凄いよね。大和撫子ってああいう人を言うんだなって」
「それな!」
有紗についての会話を続けていくと教室のドアが開き、先生が入ってきた。
「おーし。授業始めるぞー」
「やばっ…予習やってきてないんだった。なんかあったら見せて貰っていい?」
「もーしょうがないな」
「ありがとう!」
授業が始まって助かった。さっきの会話で私は上手く笑って話せていただろうか。
有紗との付き合いは長い。小学校から高校2年生の今までずっと同じ学校だし、よく一緒に遊んできた。所謂、幼馴染と言える関係だろう。
いつから私は有紗を嫌いになってしまったのだろう。別に彼女に直接何かをされた訳ではないのだ。ただ成長するにつれて彼女に対して、嫌な気分になることは多くなった。
例えば、ピアノ発表会の時、練習をどんなに頑張ってもいつも表彰されるのはあの子だった。
例えば、中学校の合唱コンクールの時、あの子と違うクラスの学年では私が伴奏者だった。3年生ではあの子と同じクラスになり、伴奏者に選ばれたのは彼女だった。
例えば、高校一年生の時、私が好きになった男の子は彼女のことが好きだった。
例えば、親にテストの結果を見せる時、「ちょっと最近、点数下がってきたんじゃない?有紗ちゃんに教えて貰ったら?」
私が何をするにもいつも周りに有紗が付きまとう。有紗が努力していることは知っている。私よりもピアノを習ってる時間は長い。私と違って塾にも行っている。有紗は悪くない。分かっている、分かってはいるけど、心が上手く追いつかない。私はあの子と比べられたくない、私を見て欲しい!…何でも出来る彼女のことが嫌になる。
「早いけど今日はここまで。今日予習やってこなかったのいるけど、明日はちゃんとやってこいよー」
「ラッキー。今日当たんなかった!」
「今日は当たんなかったけど、ちゃんと明日はやって来なよね」
「うん。今日はやって来る。ドラマもないしね」
「テレビ見てやってなかったんかい」
「えへへ…今日も有紗の教室?行ってらっしゃい」
「うん。行ってくる」
高校に入ってからお昼は有紗と食べることになった。どっちかが片方の教室にお弁当を持って行って食べる。そういう風に気がついたらなっていた。今は有紗の席が窓際の1番後ろになっていて、一緒にご飯食べやすいから私が彼女の教室に行くことになっている。私は彼女の教室に入る前に深呼吸をする。そして彼女笑って近づくのだ。
「もうお腹ペコペコだよー」
「優、ちょっと待ってね机片付ける」
「ゆっくりでいいよ」
私は上手く笑えているだろうか。
選挙当日。
全校生徒を前にステージに立つ。真面目に話しを聞いている人はきっともっと少ないだろうが、何百人を前にだ。ピアノを弾く発表会と自分で壇上に立ち、話をすのは違う緊張がある。そんな中でも有紗は、爽やかに雄弁に、華麗だった。
次に話すのは私の番だ。先生にも文章は訂正して貰った。何回も練習した。時間もちゃんと測って練習した。だから大丈夫。
「…これで公示を終わります。2年3組 橘有紗」
有紗が公示を終えて礼をする。心なしか前の人より拍手が大きく聞こえる。次は私の番だ。これから私は有紗を推薦する。本心からは思ってもないことを言う。
「ありがとうございました。次に応援弁護の山本優さんお願いします」
「はい」
名前呼ばれ、返事をする。椅子から立って壇上へと向かう。生徒全員が見ている気がする。その目線に負けないように深く礼をして私は喋り始める。
「生徒会長に橘有紗さんを推薦します。橘さんは…」
公示も応援弁護も終わった。後は教室に戻るだけだ。そんな風に考えていたら有紗が駆け寄って来た。
「ありがとう!凄くかっこよかったよ!」
「そんなことないよ。有紗の方が凄かった。拍手も多かったでしょ」
まただ、やめて欲しい。そうだ。有紗の方が凄かった。
「ううん、私さっきの応援が凄く嬉しかった。ほら、原稿見せて貰えなかったから、何言うか分かんなくて、でも私のことを見ててくれて、応援してくれてるのが伝わって本当に嬉しかった。ありがとう。」
そういうと有紗は私の手を握る。
「有紗は頑張ってるからね。」
「ううん、私が頑張れるのも優のおかげ。さっきの言葉で私はもっと頑張れる」
その、さっきの言葉は私の本心じゃないのに。適当に書いたのに、やめて、喜ばないで。
「…無理しちゃダメだよ」
「うん!ありがとう!」
そして有紗は笑った。とても綺麗な笑顔だった。それは私に向けられていいものじゃなかった。本当は応援したくなかったのに、適当に書いた原稿なのに彼女は心から喜んでいた。わたしは彼女を騙しているのに、こんなにも喜んで、お礼する必要なんてないのに、彼女は素直に喜んでいる。
いっそ彼女のことを拒絶出来ればいいのに。罵倒出来ればいいのに。そうして彼女との付き合いが無くなればこんな思いしなくて済むのに。
私は彼女が嫌いだ。
それ以上に彼女を好きになれない私が嫌いだ。