チェリーナとウォルフと王国と
翌朝。
地下牢にいるはずのチェリーナが脱獄した。
時は既に遅かったが、国王は捜索隊を向かわせ、指名手配をかけた。
チェリーナは見つかることなく月日が流れた。
そうして、2か月後。
王城は占拠された。
青い旗を持った青年に。
名はウォルフ。
亡国メロニア王国の王子。
彼の手には、光り輝く美しい剣が。
一振りするだけで多くの敵を薙ぎ払う剣。
そして彼の隣には美しくたたずむチェリーナの姿が。
彼女は大地に愛されていた。
彼女が腕を上げれば水が暴れ、手を振り下ろせば風が吹き、指を鳴らすだけで火がともり、床に手を触れただけで壁ができ、声を出しただけで雷がこだまする。
彼女の力に圧倒された各国の王は、ウォルフの傘下に入った。
そして、ウォルフはエネット王国の王に虐げられた貴族にあった。
彼らから力を借り、この国の王城まで攻め込んだ。
後ろ手に縛られた王がウォルフとチェリーナの前に連れてこられた。
「こんなことをしてただで済むと思っているのか、チェリーナ!!」
国王が怒鳴った。
「・・・私の名前をご存知だったのですね」
「なんだと?」
「・・・いつも薄汚いとか、小娘、とか・・・名前を呼んでくださったことはありませんから。」
「何のつもりだ!!さっさとこの紐を解け!」
前のめりになる国王から、チェリーナを守るように前へ出た。
「お前はもう王ではない。殺戮を繰り返し、民を虐げたお前の罪は重い。お前とその家族は連座で処刑する。」
ウォルフが言うと、王が笑いだした。
「ああ!家族な!!では貴様の隣にいる女も私の娘だ!!」
「このような時だけ・・・」
ウォルフが呟き、近くにいた衛兵に合図を送る。
連れてこられたのは兄王子と弟皇子、そして妹王女と数多の側室であった。
妹王女がチェリーナを見ていぶかしげな顔をする。
じっと見つめたままチェリーナが微笑むと、顔を真っ赤にして叫びだした。
「あ、あんた!!よくもこの私に・・・!こんなことしてどう言うつもり!!離しなさいよ!!」
システィアが暴れだした。
衛兵たちによって抑えつけられる。
「いやー!いやー!侵されるうーー!!」
暴れ叫びながらも、衛兵たちは気にもせず取り押さえたまま。
懐妊中の側室が自分の娘を見てウォルフに涙ながらに訴える。
「どうか、娘をお助けください。娘は美しいでしょう。そんなみすぼらしい呪われた子なんかより、この子の方が美しくて優しくて完璧な王女ですわ」
「そうよ!!私のほうが美しくて優しくて!完璧なのに!なぜ私がこんな目に!」
すでに叫んでいる内容からして優しくはないが。
ウォルフが微笑んだ。
「・・・この娘が完璧な王女?」
そう呟いて大笑いし始めた。
「滑稽だな。国王よ。ここにいる子供たちの中で、果たしてお前の子は何人かな?」
ウォルフの言葉に子供の親である側室たちの顔色がわるくなる。
国王はいぶかしげな表情になっている。
「良いことを教えてやろう。ここにいるチェリーナは呪い子ではなく、“大地の愛し子”。そして、母君であった王妃も大地の愛し子だ。大地は王妃を愛していた。だからこそ、王妃を殺したお前を許さなかった。お前に子だねはない。第1王子は知らんが、その下の二人は確実に側室の不倫によってできた子供だ。」
ウォルフの言葉に国王は側室たちを振り返った。
側室たちは首を左右に振り、無実を訴えた。
しかし、彼女たちに虐げられてきた他の側室に庇う理由などなかった。
なにせ、殺される危険性があったのは国が国王のものだったから。
今は見知らぬ男に蹂躙されている。
彼女たちに側室を庇う利点はなかった。
「私は第2王子の実父を知っております。」
「私は第2王女と懐妊中の父を知っております」
四方八方から聞かされる事実。
顔面蒼白の国王。
ウォルフは衛兵に合図をして国王の縄をほどかせた。
国王は衛兵の懐から剣を抜き、側室を切っていく。
血が流れ、子供たちも震えて腰を抜かす。
王は側室を順番に切っていき、ウォルフへと向かう。
しかし、ウォルフの実力の足元にも及ぶはずもなく、簡単になぎ倒される。
「・・・私は王だ・・・呪いなんかに負けるはずがない。」
チェリーナはため息をついて皇帝の前に膝をついた。
「私は大地の愛し子。」
そう言うと、チェリーナの周りに水が集まる。
水が円を描き美しく光り輝く。
床に手を触れ土が集まり四方が壁になり、国王はそこに閉じ込められた。
パニックになり王は叫び続ける。
その日城の中に国王の絶叫が響いた。
その日の夜。
処刑を翌日の朝と決まり、国王とその子供たちは地下牢へと連れていかれた。
チェリーナは地下へ向かう。
ウォンバールとの契約を果たすために。
地下牢ではぶつぶつ何かを呟く兄王子、叫ぶ妹王女、何も言わず黙って座る弟王子、以前のチェリーナのように牢の隙間から星を眺める父王。
チェリーナがちょうど父の牢の前で止まった。
チェリーナの姿に気付いた父王は視線を黒ずくめのチェリーナに向けた。
「・・・なんだ・・・」
「ききたいことがありまして。」
「・・・!その声・・・!」
チェリーナは外套のフードを外す。
妹王女たちが何か叫んでいるがウォンバールによって彼女たちの声だけ遮断させた。
「・・・今朝見たチェリーナより・・・老けているな。」
「・・・なぜ私を憎んだのですか?」
「お前は呪われた子だ」
「・・・大地の子と呼ばれる存在に聞きました。各国の王だけには大地の子という存在は伝わっているそうです。大地を愛し、大切にするために。まあ、どの国も大切にできていないようですが。」
「だから呪われている。」
「あなたが、少しでも善政をしけばこのようなことにならなかったのでは?」
「偽善だけで国は守れない。お前もわかるだろう・・・この先。必ず国は誰かの犠牲と血で成り立つ。忘れるな・・・」
各国王は継承の際に一瞬だけその大地の子、つまりウォンバールと会うことができる。
そこで、国を愛し大地を守るよう言われるのだそうだ。
しかし、彼らはだれもがウォンバールの存在を消し去った。
そうして、大地は人間を見限った。
ウォンバールの願い。
どうか、人間に罰を。
牢の中で冷たい黒と赤の瞳が、生贄となる彼らの体の一部を奪った。
ある兄王子は腕を。
ある弟王子は足を。
ある王女は目と舌を。
ある王は心臓を。
翌朝血だらけで倒れている彼らは、ものすごい出血にも拘わらず全員無事であった。
そうして、予定通り国民の前で絞首刑にされた。
国民たちは石を投げ続けた。
彼らの怒りはとどまることはなかった。
新たに王となったウォルフを指導者として仰いだ貴族や国民は協力し合い、国を作りあげた。
多くの国の連合国となった国。
国王は漆黒の髪に青い瞳の青年。
そして隣には後に“精霊”と呼ばれる大地の子を従えた王妃、チェリーナがいた。
多くの国の王が大地を傷つけ蹂躙した結果、激怒した大地は自らに呪いをかけた。
そのせいで、寒冷の地と温暖の地ができてしまい、その土地から逃げる人が増えた。
しかし、呪いはそれを許さず、その土地から逃げた者に罰を与えた。
結局、その土地に住む者たちは知恵を振り絞り協力し合って暮らすようになった。
当時ウォルフとチェリーナが手に手を取って国を守り、大地に感謝したことでそれ以上大地を怒らせることがなかった。
国は、チェリーナとともにいた大地の子ウォンバールに因んで、そのままウォンバールと名付けられた。
現在では他国とも平和協定を結び、大陸の中でも押しも押されもせぬ国に成長している。
建国の王と王妃は後世まで物語として残る。
彼らを称える物語。
彼らの影で、暗躍した魔法使いの存在を知らされることのないまま。
遠い未来、多くの国を吸収したウォンバールの国王の隠された書棚には、吸収した各国の王の日記が置かれていた。
その中でエネット王国の最後の王の日記の中から、王妃への愛を綴った手紙が見つかった。
それは読んでいる方が恥ずかしくなるほどの恋文。
そして、たった一人の娘への愛も綴られていた。
そして涙の後も・・・