リアの本気
「シーツ?」
「そっ。臆病な泥棒は間もなく、この部屋に戻ってくる。そして部屋の中にある……そうだね……家具でも何でもいいから、そいつで窓を割って……ふふふっ……ホントにカギがかかっている訳じゃないから、素直に開けれはいいんだけどね。まあ、窓を割って表へ飛び出し、張り出した地上階の屋根をわたって地面に飛び降り、庭園を横切って……まあ、とにかく、屋敷の敷地内から外に逃走したい……と、こんな、ざっくりとした計算をしているんだろうけれど、そうはならない。予定通りにいくのは、この部屋に入って来るまでだ。後は私の『舞台演出』通りになる。いい? カヨは、泥棒の動きが止まったら、そのばで駆け足ステップ。同時に、いま渡したシーツで壁を叩く。なるべくバサバサって音が出るように。分かる? いや。分からなくていいから、そうして。できるでしょ?」
「う……うん?」
その場で大きく足踏みをして、シーツで壁を叩く。
やることはわかったけれど、なんだか、ずいぶんと間の抜けた動作に思える。
第一、それらの動きが何の役にたつとというのだろう?
「あ、あのう、リアさん。……これに何の……」
「あ。今、説明してる時間はない。ほら、もう足音が廊下の端まできてる。とにかく、あんたは一切、声を出さずに私の言った通りをしてくれたらいい。作業分担ね。OK?」
こうピシャリと言い切られては、カヨは頷くしかなかった。
そうこうするうち、泥棒は息をきらせながら最初に出て行った、この暗い部屋に戻ってきた。しかも、その予想通り、リアとカヨに無防備な背中を見せた状態で……である。
カッ……っと、故意に靴底で床を踏み鳴らし、泥棒の背後に迫ったリアは胸の内ポケットから取り出したさきほどのバナナを泥棒の背中に押し付けながら、ひどく凛々しい成人女性の声で、こう告げた。
「FBIよ! 武器を捨てて両手を床につけなさい! 早く! 今すぐに!」
……今度はお色気お姉さんの声え?
カヨは思わずふき出した。
しかし、冷静に考えると、シーツで壁を叩くことによって、その場に大勢の人がいるように聴こえるし、その場でしている足踏みも追ってに包囲されたかのように錯覚してしまうのは自分が目を閉じればわかる。
そこへ持ってきて、バナナの拳銃を感触として、背中に突きつけられれば、泥棒の心理には背後のリアがスーツ姿の金髪美人になってしまうし、一人しかいないリアは数人の屈強な警察官として脳内再生されてしまうだろう。
暗闇で聴く音は追い詰められた者には、唯一の身を守る情報であり、真実なのだ。
リアの謀略はそれを見事に逆手に取ったトリックであった。
カヨは「スゴイ……」と思わず呟いた。
犯人は、思わず凍り付き、キョロキョロと辺りを伺った。
「おいおい……お色気お姉さん探してんじゃないよ……」
リアは小声でツッコミを入れた。




