ボイスパイ
次の日の朝、ポストに宛名の無い封筒が入っていた。中身は地図だった。
「ふーん。思ったより近いんだ」
レンガ造りが印象的なビルの脇の階段を登ると「VS」と書かれた扉があった。
ショートカットに制服のようなブラウンの清楚なスーツ姿のカヨは深呼吸してノックをした。
扉からガチャリと音がすると中から背が高くて黒いスーツに身を包んだ女性がいた。
「いらっしゃい」
澄んだ凛々しい声で言われてカヨは胸が高鳴った。
入るとすぐに事務所だった。
女性は窓際にある大きなオフィスチェアに腰かける。
「依頼人の夢野カヨさんですね?」
リアのカヨの第一印象はもし、大学生なら、さぞや男子生徒にモテるだろうというものだった。女性のリアが思うほど、カヨは可憐な乙女に見えた。
「はい。『影月リア』さん……ですよね」
「夢野さんとは一度お話してます」
「いえ、今回が初めてのはず……」
「はい、こちらドキドキピザです!」
リアから電話で聴いた青年のハッキリとした声が発せられた。
「確かこんな声だったかな?」
カヨは茫然とした。
「すごい。知らない人から知ってる声がする」
「はは。面白い例えだね」
リアは青年の声のまま笑った。
「すごいですね。スパイ稼業だけでなく声優にもなれそうですよ」
カヨの純粋な感想にリアは下を向いて震え出した。
「……なんだよ」
「え?」
「声優なんだよ! こう見えて! ていうか、この仕事が副業なんだよ」
リアは元の声に戻り、目の幅涙を流しながら言った。
「え!? 普通、逆じゃないんですか」
リアの急な取り乱しはまるで子どものようで声も可愛らしい女の子っぽい声になっていた。
「私はまだ声優を諦めてないぞ!」
「こんなすごい技術なのにどうして副業なんて……」
「すごい技術を持っていても選ばれないときは選ばれないんだよ」
「なんか、すみません。声優の世界って大変ですね」
「ああ。スパイ業の方がまだマシだ」
「そうだ。それで今日依頼に来たんでした」
カヨは鞄から資料を出した。
「うう……。何々、巷を騒がす! 高速の泥棒?」
リアはまた洋画吹き替えのFBIの声のようになって資料を読み上げる。
「はい。高速の泥棒というのは文字通り、すばしっこいどろぼうです」
「そりゃ、泥棒だからすばしっこいでしょうね」
「そこでリアさんのお声をお借りしたいのです」
リアは一瞬考え込んで、すぐに納得した。
「なるほど……面白い。良いでしょう」
「ありがとうございます」
「犯人は怪盗気どりで犯行予告を送ったら必ず、日付と時間を守ります。そして、とにかく、足が速いです。しかも、音を立てずに」
「オッケーわかった」




