婚約破棄の裏側と王家の秘密
エンドール公爵家に有る日当たりの良い一室、自室で有るその部屋でアメリア・フォン・エンドールは幼い頃から仕えている従者フロイドと机を挟んで対峙していた。
本来ならば、主人と従者が同じ卓を囲む事などあり得ない事だ。
アメリアの父である公爵家の当主リカルド・フォン・エンドールがこの光景を見たのならば、フロイドは即刻追放されるだろう。
しかし、この場ではそれは問題にはならない。
主人であるアメリアが許可しているし、人払いがされている為咎める人も居ない。
「アメリア様、本当によろしいのですか?今ならまだ……」
「構わないわ」
「畏まりました」
真剣な顔で頷いたフロイドは、アメリアに一礼して部屋を後にした。
フロイドを通じてアメリアが雇った犯罪ギルドの殺し屋が、とある平民の娘の暗殺に失敗したとの報告が齎されたのは半月後、国王夫妻や国内の多くの貴族が出席する学園の卒業記念パーティーの前日の事だった。
多くの貴族や大商人が参加する学園の卒業記念パーティーは王宮で行われる。
貴族の卒業生の多くは婚約者をエスコートして参加し、平民の卒業生は学園でコネを作り雇って貰った貴族と共に居たり、参加している大商人に自分を売り込んで居る。
そんなパーティー会場に、アメリアは一番最後に入場した。
それは主役である卒業生の中で最高位の地位に居る事の証明である。
アメリアをエスコートしているのは、輝く様な金髪に王家の証である赤い目を持つ、常に爽やかな微笑みを絶やさないこのリスティアード王国の王太子テオドール・フォン・リスティアード。アメリアの婚約者である。
美しい銀髪と怜悧な青い瞳を持つアメリアとは対照的な容姿で、社交界では太陽と月に例えられるこの国で最も高貴なカップルであった。
しかし、いつもなら優しげな光を帯びている筈のテオドールの瞳には呆れや嫌悪の暗い闇が潜んで見え、アメリアをエスコートするその態度も、義務感以上の物は感じられない。
それを目にした貴族達の脳裏を過ぎるのは最近流れてきた噂話だ。
曰く、エンドール公爵令嬢は学園で権力を笠に横暴に振る舞い、テオドール殿下に少しでも近づいた令嬢には執拗に嫌がらせをしている、と言うのだ。
王太子妃ともなれば妬みや嫉みを一身に受ける事もあるだろう。
そう言った者達が流した根も葉も無い噂だと、聞き流していた貴族達もアメリアに対するテオドールの態度を見て、実は真実だったのではないかと疑い始めていた。
現に今もアメリアとのファーストダンスを無表情で踊った後、婚約者である筈のアメリアを放置して、学園の生徒会のメンバーと楽しそうに談笑を始めていた。
そんな冷めた王太子達の噂しながらパーティーが進んだ頃、楽団の演奏を遮る声が上がった。
「アメリア・フォン・エンドール!」
壇上に上がったテオドールが婚約者であるアメリアを呼ぶ。
「どうされたのですか、テオドール様」
「私は貴様との婚約を破棄する!」
テオドールの宣言にパーティー会場に居た者達は息を呑んだ。
「どう言う事でしょうか?私とテオドール様の婚約は王家と公爵家で決められた物の筈ですが」
「既に国王陛下の許可は頂いている」
「っ⁉︎」
「貴様が今までやって来た事を私が知らないとでも思っていたのか?」
その言葉でアメリアは美しい顔に怒りを浮かべてテオドールの背後に庇われる少女を睨みつけた。
「貴女ね、シンシア!」
その少女は平民でありながら生徒会に選ばれるほど優秀な生徒で、テオドールと共に生徒会に所属している、と言うだけの理由でアメリアから執拗な嫌がらせを受けているとの噂だ。
シンシアは生徒会の仲間達、宰相の息子であるサーリスや騎士団長の息子のレオナルドが守る様に囲んでいる。
「平民の分際で!」
「いい加減にしないか、アメリア」
激昂するアメリアを諫めたのはアメリアと同じ髪と瞳を持つ貴公子だ。
「お兄様……」
アメリアの兄である公爵家の後継アルトリウス・フォン・エンドールである。
「アメリア、自分の罪を認めるんだ」
「私のどこに罪が有ると言うのですか⁉︎」
アメリアの言葉にテオドールは不快感を隠す事なく告げる。
「救いようが無いな。貴様は犯罪ギルドを通じてシンシアを暗殺しようとした。
これは学園内での子供の悪戯とは訳が違う」
「な、私は……」
「言い訳は必要ない。証拠は全て揃っているからな。
殺人教唆は貴族でも許されない犯罪だ。
本来ならば公爵家にも相応の罰が有る物だが、貴様の兄であるアルトリウスは良識と誇りを持つ貴族だ。
貴様の罪を暴く為にも骨を折ってくれた。
その働きに免じて公爵家には当主の強制隠居だけを言い渡す」
「寛大な処置に感謝致します」
テオドールに頭を下げたアルトリウスは、衛兵にアメリアを捕らえる様に指示を出した。
「放しなさい無礼者!たかが平民1人を殺そうとしたのが何だと言うのよ!
私は王太子妃になるのよ、その私に逆らってただで済むと思っているの!」
「黙れ、アメリア。貴様は身分剥奪の上で王都からの追放処分とする。連れて行け!」
尚も暴れてシンシアに罵声を浴びせるアメリアは衛兵によって退場させられ、残ったテオドールはシンシアとの婚約を発表したのだった。
平民から王太子妃、そして王妃へとなったシンシアは誠実にテオドールを支え、平民と言う出自から民の目線に立った多くの政策を提案し、人々の生活を向上させた。
王となったテオドールはそんなシンシアの意見を柔軟に取り入れる事で、近年問題になっていた貴族と平民の軋轢を緩和し、稀代の名君として民に慕われる事になった。
一方で元公爵令嬢アメリアは、彼女の犯罪に深く関与していたとされる従者1人だけを連れて、その日の夜に闇に隠される様に滅多に使われないスラムの近くの門から王都を追放された。
その後の消息は分かっていない。
此処までが広く一般に知られている話である。
この時、本当は何が有ったのか。
衝撃的な追放劇が有った学園の卒業記念パーティーの日の深夜。
スラムに近い門の直ぐそばにある一軒の廃墟に2人分の人影が有った。
廃墟は元は教会だったらしく、砕けて殆ど残っていないステンドグラスから月の光が差し込んでいる。
そんな光を浴びて廃墟の中心に堂々と立って居るのは今朝より短くなった銀髪に、意志の強そうな青い瞳を持つ女性だ。
側には物静かな雰囲気の男が従者の様に立っている。
会話も無く廃墟に立つ2人の視線の先、元は祭壇だった場所の床板が動くと、隠し扉が開きフードで顔を隠した3人の人間が音も無く地上に現れた。
その中の1人がフードを取ったので、銀髪の女性……アメリアは声を掛けた。
「大丈夫なのですか?テオドール殿下」
「ああ、サーリスとレオナルドが時間を稼いでくれている。俺が城を抜け出した事はしばらくはバレないさ」
そう言ってテオドールは何処か悲しい顔でアメリアに笑い掛けた。
その横でもう1人、一番背の低い者もフードを外した。
「…………アメリア様」
「シア」
アメリアは目に涙を溜めたシンシアの頭を優しく撫でた。
「ごめんなさいね。貴女を囮にする様な事をして」
「いいえ、いいえ!謝らないで下さい。
私の事など……アメリア様は全てを失ってしまったのに私は……」
「これで良かったのよ。シアが囮になってくれたお陰で犯罪ギルドは壊滅出来るわ」
「でもその為にアメリア様は……」
「王太子の婚約者である公爵令嬢が犯罪ギルドを利用する。これだけ大きな騒ぎにしなければ此処まで大規模に騎士団を動かす事は出来なかったからね」
元々アメリアはテオドールと共に国に蔓延る犯罪組織や腐敗した権力者と戦っていた。
サーリスやレオナルドなど、信頼出来る仲間を徐々に集め、小さな情報を繋ぎ合わせて王国に巣食う犯罪ギルドの存在を突き止めたのだ。
シンシアに出会ったのも、犯罪ギルドを調べていた時だ。
シンシアは下町で起こった事件から独自に犯罪の裏にある巨大な存在を調べていた。
そしてアメリア達と協力する様になった。
だがアメリア達は、同時に犯罪ギルドの強大さも知る事になる。
コレを潰すとなると国家規模の作戦となるだろう。
王太子とその婚約者がこっそり行う世直しには限界が有ったのだ。
大規模に騎士団を動かすには相応の理由が必要だ。
いくら王太子でも鶴の一声で騎士団を動かす事は出来ない。
誰にも文句を言えない様な理由が必要だった。
犯罪ギルドに狙われない様に、学園では無関係を装いつつ、シンシアと共闘する日々を過ごす内に、テオドールとシンシアは互いに惹かれて行き、アメリアもそれを祝福した。
アメリアとテオドールは家が決めた婚約者であり、互いに愛情は持っている。
しかし、それは仲間や家族に対する愛情だ。
なのでアメリアはテオドールが真実の愛を見つけた事を我が事の様に喜んだ。
そして1つの作戦を思い付いた。
テオドールとの仲が険悪である、生徒会に入ったシンシアを目の敵にしていると噂を流した。そしてアメリアが犯罪ギルドを利用しシンシアを害そうとする事で無理矢理捜査の手を伸ばす。
当然、殺し屋に狙われるシンシアにも危険が有るが彼女は全てを承知で引き受けてくれた。
幸い殺し屋はテオドールが手配した護衛によって捕まり、犯罪ギルドを追い詰めるきっかけとなった。
そして国内の貴族や有力な平民が集まるパーティーで、平民に偏見を持つ公爵令嬢を王太子が断罪する事で、次代の王の公正さ、罪に対する厳格さを見せつける事で、貴族と平民の溝を埋める下地を作ると同時に、犯罪に加担している貴族を牽制したのだ。
全てはアメリアが描いたプラン通りである。
こうして作戦は実行された。
犯罪ギルドを壊滅させる為に…………ついでに1つだけ、アメリアの願いを叶える為に。
そう、この作戦はアメリアの望みを叶える為でも有るのだ。
その為、自らの恋心の所為でアメリアが身を引いたと気に病むシンシアをアメリアは優しく抱きしめて諭す。
「シア。貴女はこれから沢山の辛い経験をするわ。
平民である貴女が王太子妃として、王妃として認められるには並大抵の努力では足りない。でも貴女なら必ず出来ると私は信じてる。
どうかテオドール殿下を……私の大切な親友を支えてあげて」
「アメリア様」
シンシアは涙を拭うとその瞳に決意と覚悟の火を灯して頷いた。
そして最後の1人も既にフードを外している。
シンシアの肩を慈しむ様に抱いたテオドールは、シンシアを連れて数歩退がり、もう1人の男、アルトリウスの為に場所を開けた。
「最後にご迷惑をお掛けして申し訳有りません、お兄様」
「気にするな、妹に迷惑をかけられるのが兄の役目だ」
エンドール公爵であったアメリアとアルトリウスの父は犯罪ギルドに接触を持とうとしていた。
まだ未遂であったが、筆頭公爵であるエンドール公爵の立場では許される事ではない。
しかし、エンドール公爵家を取り潰してしまうと国政に影響が出る。
そこでアルトリウスに協力して貰い、怪しい動きをされる前に父から権力を奪ったのだ。
だがアメリアの件でもエンドール公爵家の立場は悪くなる。
その皺寄せは全てアルトリウスに行くのである。
「身体には気を付けるんだぞ」
だがアルトリウスはその事には触れる事なくアメリアの頭を軽く撫で、隣で影の様に立つフロイドに視線を向けた。
「フロイド。アメリアを頼む」
「はっ!この命に掛けて、生涯御守り致します」
アメリアはそう言って頭を下げたフロイドの手を握る。
そう、これがアメリアが叶えたかった願いだった。
テオドールとシンシアを結び付けると決めた後、アメリアは長年心の内に秘めていた想いをフロイドに告げた。
すると彼はアメリアに付いて来てくれると言ったのだ。
この作戦でアメリアも真実の愛を手に入れたのだ。
「では、そろそろ時間ですね」
「ああ、今までありがとう」
アメリアはテオドールが差し出した手をしっかりと握り返した。
「これからのテオドール殿下とシアの活躍を1人の民として楽しみにしているわ」
こうして元公爵令嬢アメリアは最愛の従者と共に真の自由を手に入れたのだった。
リスティアード王国の王城、その最奥にある人払いがされた王族のプライベートエリアの一室で、今日、この国の王太子になった第一王子エリオスと王太子妃マリアナは驚愕で目を見開いていた。
この国の貴族なら誰もが知る悪徳令嬢アメリアの真実を聞いて言葉も出なくなっていた。
「アメリア……様は、この国の為に地位も財産も全て捨てたと言うのですか?」
「そうだ。そして彼女は愛を手に入れて、この王都を去った」
王太子として発表された今日、エリオスとマリアナは父である国王テオドールと王妃シンシアに呼ばれてこの話を聞いた。王家の秘密だと。
エリオスとマリアナは急に自分が恥ずかしくなった。
つい先日、王太子として発表されると忙しくなるからと、毎年恒例の王都から離れた王家の別荘地に王と王妃、弟や妹と共に遊びに行っていた。
湖で泳ぎ、弟と狩を楽しみ、妹と花輪を作るマリアナに笑みを向け、お忍びで地元のカフェに行き顔馴染みの店主夫婦と談笑を楽しんだ。
かつて、国の為にそこまでの事をした令嬢がいた事も知らずに。
その令嬢が国一番の大悪党と呼ばれている事に同調していた。
自分に彼女程の覚悟が有るのだろうか。
「あの……アメリア様のその後は……」
マリアナが問い掛けると、テオドールとシンシアは苦笑の様な物を浮かべた。
「この間、王家の別荘地に行っただろう?」
「はい」
「あの時のケーキ、美味しかったわね」
意味深なテオドールとシンシアの言葉に、エリオスとマリアナは顔を見合わせた。
思い出されるのは顔馴染みのカフェの店主夫婦。
お忍びとは言え、当然、護衛を引き連れたテオドールやシンシアとも親しげに話していた夫婦。
エリオスも物心ついた時から毎年一度、別荘地に行った時には必ず会っていた。
数年前に女の子が生まれて、エリオスとマリアナも抱っこさせて貰った事もある。
優しげな夫婦だ。
再び目を見開くエリオスとマリアナに、テオドールとシンシアは同時に口を開いた。
「「秘密だよ」」
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