09
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夜が明けていく。
アカは屋根の上で日が昇り始める様子を見ていた。
シロといろいろと話しながら夜を過ごして今、朝日を迎えている。
眠れない夜はいつもシロと話をして過ごすのだ。
内容はいつも同じ。
世界について、勇者について、自分について。
いつもほとんど罵られるだけなのに、何故かアカはその会話のあとはまた歩く気力が起きていた。
今日もまた、そうやって過ごして歩く力を取り戻す。
そして、そんなアカだけが話す独り言を窓枠に寄りかかりながらずっと聞いていたのはやはり、アユリだった。
一人のときだけ素直に話しているアカの声すらもアユリは知っておきたかったのだ。
誰かがいる体で話しているそれは結局半分しかわからないので想像で補完するしかないのだが。
アユリはその会話で昨日の夕方の出来事を知る。
やはり自分がついていけばよかったと後悔した。
行ってどうなる、と聞かれても返答などできるわけもない。
ただ、そばにいてあげたいだけだった。
自己満足でしかないのかもしれない。
しかしそれでも、そばにいることで救われることもある。
自分にもできることがあるのだと、そう、信じたいだけだった。
アカが屋根から静かに降りてきた時にアユリはシャワールームに入る。
目を覚ますためと毎日朝にも浴びているため、聞いていたと一番ばれにくい方法。
不自然なところもないのでアカはそれに気付いていなかった。
毎度危なかった、と胸を撫で下ろしているくらいだ。
アユリも同じような気持ちだったりする。
そうして全員が起きてから宿の朝食をいただいて、事件に関する情報を得るために街を探索することとなった。
宿の主人にも聞いてみたが特にめぼしい情報が手に入らなかったのだ。
ただの勘違いかもしれない。
むしろそうであってほしいとさえアカとアユリは思っていた。
アカはあまり関わりたくないから。
アユリはアカに苦しんでほしくないから。
しかし、その願いは叶わなかった。
「森の行方不明、五人目だとよ」
「ついに五人かー。大事にならないうちに勇者さま来てほしいけどな」
「大事になったら困るしなぁ。うわさじゃ勇者さまはこっちに向かってるんじゃないかってことだけど」
「勇者さまの顔知ってるか?」
「いや、知らないが。美形の四人組らしいからすぐわかるんじゃないか?商人じゃない旅人は家族連れ以外未だにあんまり多くないしな」
路地の一本で聞こえてきた会話。
青い顔をしたアカの肩にアユリは手を置く。
撫でるでもなく引くわけでも押すわけでもない。ただ、やさしく置かれる手。
「話を聞いてみましょう。わたしたちはただの旅人です。事件に興味があるだけ、なのですよ」
そう言って、アユリは微笑みを浮かべた。
アカは少しだけ眉をしかめてうなずく。
「また隠すの?話した方が情報得やすいんじゃー?」
キョトンとしたリルハにアユリはため息を吐いた。
「話したら騒がれます。動きづらくなっても仕方がないでしょう?わたしたちも暇と言うわけではないのです。出来る限り知らない人々には知らせないままの方がいいんですよ」
「アユリはいつも難しい考え方をするからあたしよくわかんないよー……。魔王さんはもう倒したからいいような気がするんだけど~?」
「勇者の伝説として語られてはいますがわたしたちの姿はあまり多くの人に姿を知られてはいないのです。元々魔王の支配から解放を目的にしていましたから正体を隠した旅でしたしね」
しかし何故か勇者の伝説として実際にアカたちが歩んできた道は現在この世界のかなり多くの人に知られているわけだが。
魔王の配下たちにばれてしまうとまずかったため結構お忍びのような旅だった。
その中で数々の商人たちに助けられはしていたので恐らくは彼らによっていろいろと話が伝わってしまったのだろう。
秘密にしておいてくれと言い含めてあったのだがやはり自慢したくなってしまったといったところか。
今の情勢ならば仕方がないだろう。
もうばれてまずいと言う状況ではないはずなのだ。
魔王の配下なんてもういないし、彼ら勇者の本来の旅はもう終わった。
ウィスティリアルの酒場のようにあんな少し勇者の話をしただけであの盛り上がりようだ。
話したくなってしまうのも責めることなどできまい。
今更話されて困るだなんて思いもしないだろう。
「今私たちの姿を知られてしまえば今後、この街だけではなくどこへ行っても動きづらくなります。皆私たちを引き止めたがるでしょうしね」
「あー、うん。確かにそうなるだろうねー」
「面倒ごとはできるだけ避けたいんですよ」
「ん、わかったよ。秘密にしておくことにする」
「助かります」
本音はアカを守りたいだけだった。
注目を浴びれば浴びるほどアカは苦しむ。
それが目に見えているのに放っておくくらいなら世界など気にせず逃げる道を選ぼう、そうアユリは考えていた。
そのためならどんな口からでまかせでも仲間を騙してでも隠し通す。
アカがそれを望まなかろうと、アユリの独断で決めてしまえばいい。
決めてしまえばアカは逆らわないのだから。
アカが苦しまないようにするためならたとえ自分が嫌われてもやり通そうと思った。
「そこのあなたたち、少し、話を聞かせていただけないでしょうか?」
「は?アンタ誰?」
「家族で旅行をしているものです。王都からウィスティリアルを経由して少し観光をして帰る途中なのですが、今行方不明とか聞こえてしまって、少し心配になってしまったのです。詳しい起きてる場所とかがわかるようでしたらよろしければ教えていただけないでしょうか?避けて通りたいのです」
するするっとアユリの口から出てくる嘘に仲間たちは感心とも呆れともつかない視線を送る。
旅の最中彼女のこういった口からでまかせは本当に助かるものではあったが、普段真面目で嘘の嫌いな彼女がこうもするするっと嘘を吐けてしまうのは意外な姿でもあったのだ。
最初聞いたときは度肝を抜かれて声もあげられないままに交渉が進んでいったのだが今では少し笑ってしまう余裕が出てきていた。
確かに今の理由なら詳しく聞こうと思ってもおかしくない。
アユリを母、スフェンを父として見ると少し二人とも若い気がしないでもないが美人と言うのは年齢がわかりづらいものだし、アカとリルハが結構幼い外見なので無理はそれほどないように思えた。
王都からウィスティリアル、そしてオールドファルムを通る旅行はスタンダードとも言える。
北の方に住むものたちが旅行するとしたらそのルートはよく使われるのだ。
王都が南極に位置しており、そこから北西にキルトシェリル、北西の荒野シャンクスリルを抜けてウィスティリアル、そしてその西の森にオールドファルム、森を北に抜けるとまた大きな荒野フィオーネリアルがあり、そこから人の住む居住街がいくつも連なっている赤道周囲の居住地域、フィンティオルがあった。
つまり王都で城や栄えた街並みを見物、市場の集まりの街キルトシェリルで買い物、ウィスティリアルで新鮮な野菜を食べたり手に入れてオールドファルムで休憩する。
おいしい食べ物を食べて満足したら旅行を終えて居住街のフィンティオルに帰る、と言うルート。
魔王解放以降急増した王都観光客たちは大体このルートを通るらしい。
閑話休題。
「なるほどなー。まぁでもフィンティオルの方に向かうなら北西方向に抜けていけば大丈夫だ。北の方で起きてる事件だからな」
「そう心配しなくても襲われたりしないから大丈夫だぞ、坊主」
そう言って、男の一人はアカの頭にぽんと手を乗せる。
アカはそれを受けてはにかむように笑った。
男は満足げに笑って、アユリに向き直る。
「魔物とかじゃないから無差別には襲ってこねぇよ」
「魔物じゃ、ないんですか?」
「っと、そうらしいぜ?俺も見たわけじゃないから知らねぇが」
「無差別にではないならどんな方が襲われるんです?」
「さぁな」
「情報ありがとうございました。北西から抜けて行くことにします」
アユリが礼を言いながら笑みかけると男たちはだらしなく笑いながら去っていった。
「どう思います、アカ」
「ん、北で起きているのは間違いないのだと思うよ」
「そういう意味ではありません」
「たぶん、アユリの思っていることで合っていると思うよ。明らかにおかしい」
「そうですか。どういうことかは図りかねますが。……スフェン、少し頼みたいことがあります」
そして、アユリはスフェンに耳打ちし手に何かを握らせ、うなずいて彼は一人歩き出す。
それを見てリルハ一人、わけがわからないといった表情で首を傾げていた。
「どういうことなの?今の話でそんなに何かがわかるような情報があったー?あたしよくわかんなかったんだけど……」
「そのうちわかりますよ。アカがウィスティリアルで聞いた話では主がまた現れたかもしれないと言う話でしたし、恐らく夜に事件は起きるでしょう。それまでわたしたちはオールドファルム観光でもしていましょうか」
「スフェン行っちゃったけどいいの?」
「お酒を買うお金は渡しておきましたから」
「なるほどねー、それならだいじょーぶだ♪」
リルハがそれだけで納得してしまうほどに、スフェンと言う男は酒好きなのだ。
酒さえあればそれでいい、言外に背中で語り続ける男だった。
そうして彼らは夜までオールドファルムの街を食べ歩きながら楽しんでいく。
ひと時の休息。
アカの表情も少し軽くて、アユリはそれにほんの少し、満足しながら。