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自己嫌悪に沈んだアカが戻ってきたのを見てアユリは自分の愚かさを呪う。

何もできなかったとしてもそばにいればよかった、と。

アカはうまくごまかして笑っていたのだがアユリは見抜いてしまっていた。

この一年以上、ずっとアカを見続けてきていたアユリだからこそ。

リルハのようにアカに助けられて慕うようになったわけでもない。

スフェンのように守るためにそばにいるわけでもないのだ。

アユリは世界を救い出すと言う使命のもと、アカのそばにいた。


それは自分の意思かと言えば、即答できない。

世界を救うのはリンドオルムの賢者の務めだから。

たくさんの人に望まれたからこそ、遂行しなくてはならないとは思っていた。

しかし、それはアユリの意志ではないのだ。

確かに世界は救わなくてはならなかったと思う。

救われてよかったとも思っていたし、こうやって笑顔が満ち溢れる今は純粋にうれしい。


しかし、それをアカに背負わせてよかったのだろうか?

アカはやっぱり、勇者になんか、なりたくなかったのではないか。

いや、なりたくなんか、なかったのだろう。

そうでなければあんな顔にはならない。

こんな、幸せそうな世界の中、アカだけがあんなに辛そうな顔をしている。

あんな力のせいで。

アユリが世界を救ってほしいと、勇者になってほしいと願ってしまったが故に。

自分が苦しめてしまっているのだ。


そういう気持ちがあるから、アユリはずっと、アカを見てきた。

この世界に来たときの泣きじゃくるアカを見ていたのはアユリだけ。

だからこそ、アユリだけがアカの弱さを、苦しみを、臆病さを一番わかっている。

仲間たちも旅の間でそれはわかっていたけれど、アユリほどアカを見続けてはいなかったから。


アユリは直接戦闘を行うタイプではない。

だからこそ、戦闘に参加できず、自分の無力さにいつもこぶしを握り締めているアカを見ていた。

ずっと、ずっと隣にいて、見続けてきたアユリはこの世界の誰よりもアカのことを理解しているのだ。

それでも、アカのすべてを理解してあげられないことをアユリは苦しんでいる。

理解してあげたかった。すべてを受け止めてあげたかったのだ。

独りで苦しまないでほしい、独りで抱え込まないでほしい、自分を、もっと、頼ってほしかった。



そして今、再び自分の無力さにアユリは落ち込んでしまう。

アカに寄り添っていればよかった、と今更後悔した。

それほどまでにアカの苦しみを理解してしまったのだ。

笑顔の中の、自己嫌悪と、自己否定。

また勇者について何かを聞いたのではないかと考えた。

街の中でそういう話をしているのを聞く可能性は高いだろう。

雑踏の中で勇者の話など腐るほど聞こえてしまう。

ほんの少しのことでもアカは傷付いて、落ち込んで、それを隠して笑うのだ。


それはどれほどまでに辛いことだろうか。

誰にも理解してもらえずに、誰にも認めてもらえずに、それでもずっと笑顔を作り続ける。

周りにいるみんなのためすべてを隠して、笑って。

どうしたらいいのかわからなかった。

もしアユリが気付いていることを伝えればアカは隠してしまうだろう。

もっと、うまく隠そうとしてしまうに決まっている。

アカはそういう人なのだ。誰かに助けてもらうことなど、認めてもらうことなど、褒めてもらうことなど、望んでいない。


それはいったいどんな感覚なのだろうか?

アユリにとってそのことは理解しがたいほどのことだった。

何故理解してもらうことを望まないのか。

どうして、他人から助けられたり認めてもらったり褒めてもらうことを拒むのか、理解できない。

だって、うれしいはずなのだ。喜ぶだろう、普通。自分ならありがたいと思う。

なのに、アカはそれらをすべて拒む。首を振って否定してしまうのだ。


その感情が理解できないからアユリは何もできなかった。

何かをしても、それがまたアカを傷付けてしまったら、苦しめてしまったらなんの意味もない。

他のいろんなことはわかってあげることができても、そのことがどうしても理解できないのだ。

それだけでもうどうしたらいいのかわからなくなってしまう。


そばにいてあげたいけれど、それでアカは救われるだろうか?

いや、そもそも彼は救われることを望んでいるのだろうか?

独りでいるよりは誰かといた方が気持ちは楽になるはず。

しかし彼は普通ではないからもしかしたらそんなこと望んではいないかもしれない。

そんな風に思考がぐるぐると回転してしまい、動けなくなる。




結局その日はめぼしい情報も手に入れることができないまま宿に入ることになった。

リルハははしゃぎ疲れたようで一番にシャワーを浴びて寝てしまう。

スフェンはどこかに消えてしまっている。

そして今アカはシャワーを浴びていて、アユリは一人ベッドに腰掛けて空を見上げていた。

部屋の中にはアユリが灯した光がゆらゆらと揺らめいている。

宿の照明設備もあるのだが明るすぎるためリルハが寝る前に落としてあった。


アカがよく空を見上げて何かを思いはせているのを思い出してアユリも空を見上げてみるが星空が綺麗、と言う程度の感想しか抱けない。

アカはきっと何かを見ているわけではないのだろう。

何かを思い出しているのだとすればそれはアユリにはわかるわけもなかった。

理解したい、と思うがそれはどうしたって叶わないことだ。

人の気持ちはどうやったってのぞけない。魔法だってそんなに便利な力ではないし。


賢者だからと言って、ただ勉強ができるだけ。

頭が良くたって人の気持ちはわからないのだ。それが悔しい。

頭なんか良くなくたっていいから、アカの気持ちを理解してあげたかった。

アユリが頭が良くなければアカはここにはいないし無理な相談ではあるのだがそう願わずにはいられないのだ。


アカに平穏が訪れてほしい。本当の笑顔でいてほしい。もう、苦しまないでほしい。

いつからだろうか。そればかりを考えるようになっていた。

世界を救うことなんかより、魔王を打ち倒すことなんかより、ずっと、ずっと強く、そう思っていたのだ。

それは間違いなく、アユリの気持ちだった。

他の使命だとか勤めだとか、希望や願いなんかより、優先したくなるほどの気持ち。

それは叶え方がわからないから結局、表には出せないままの願いで。


シャワールームの方を見て、少しだけ思いはせる。

本当は旅なんか続けないで、どこかに逃げ出してしまった方がいいのではないかと思えていた。

もう世界は救われたのだ。自由にしていたって構わない。

誰かに願われたわけでもなく、ただ、アカがそうしたいと願ったから今も旅を続けている。

王にはなりたくないから、誰か他の人に任せて世界を見て回りたい、そう、彼は願ったのだ。

だからこそ、今もこうして旅を続けていた。


けれど、それがまだアカを苦しめているように思えて仕方がない。

旅をしていた頃とアカの表情になんら変わりがなかった。

ずっと笑顔のままだけどまだ、苦しそうな顔を続けている。辛そうな顔をしたまま。

むしろ、酷くなっているようにすら、思えるのだ。

旅をやめて隠居した方がいいのではないか、そんなことを本気で考えてしまうほどに。

アカが言い出したことではあるのだけど、本当にそれを望んでいたとは思えない。

もう、終わりにしてもいいのではないだろうか。




思考しているうちにアカがシャワールームから出てきて、アユリに譲る。

アユリがそのまま中に入り、アカはタオルで頭をくしゃくしゃと乱暴に拭いた。

暗い思考を払おうとしてやってみたがあまり意味はない。

夕方のことが忘れられず、ずっと気分が沈んでいた。

勇者と聞いた途端に身体が動かなくなっていた、あの時。

話を聞かなくてはならないはずだったのに、動けなくなって。

そのまま彼らは行ってしまった。

当分アカはそこで立ち尽くしてしまう。

勇者と言う言葉にすらもう、拒否反応が出るほどに自分が嫌だと思っていることに気付いた。


勇者なんて、言わないでほしい。

魔王を卑怯な手で倒して、殺すこともできずに、期待に応えられないまま幽閉している自分は、勇者なんかじゃなかった。

彼らが期待していたような、そんな光じゃないのだ。

ただの臆病者だった。

勇者と言えるとしたらきっと、仲間たちの方だろう。

自分以外のみんなは勇気があるし、強い。

彼らは勇者としてふさわしい人たちだ。


自分だけが、ふさわしくない。

勇者ご一行に、要らない存在なのだと、そんなことを思った。

誰も見ていない今、少しだけ、泣きたくなる。

アユリは結構シャワーが長いから、その間だけ。

その、ほんの少しの間だけ、泣いてもいいだろうか。


アカは考えつつ、結局、泣けないまま、夜は過ぎていった。

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