07
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ディガン洞窟の主はデマだったのか、洞窟内にはヴィアヴォルの痕跡すらなかった。
しかし、行方不明者が出ているのは確かな情報だったはずなのだが。
勇気を振り絞ってアカも中に入ったのだが拍子抜けな感じで、アカはほんの少し、安心していた。
アユリだけはそれに気付いていたが。
スフェン曰くこの辺りに血の匂いはしないということで、最近死者は出ていないはずだった。
盗賊が人攫いでもしているのだろうか?
だとしたらそれはそれでまた問題になってくるので早期解決が望まれるが。
宿の主曰く行方不明の情報源はオールドファルムから来た商人だったようなのでアカたちはとりあえず予定通りそのままオールドファルムに向かうことにする。
ウィスティリアルからこちら、どんどん森が深くなっていき、このままずっと進んでいけば森の中城壁に囲まれた街があるはずだった。
森は魔物がたくさん住んでいるので森の中に住むとしたら外壁か結界が必要不可欠なのだ。
外壁と結界と言う物理と魔法、二つの防壁によって守られた街がオールドファルムである。
オールドファルムへ向かいたい場合、結界の放出している魔力を検知する魔導具を用いればたどり着けるとのこと。
アユリは魔導具にも詳しいため、様々な旅に必要な道具をその場で組んでしまう。
おかげで今までいろいろな面で彼女のその知識と器用さに助けられてきた。
そういう他のメンバーの活躍を見る度アカは自分が情けなくて自己嫌悪に陥る。
彼にできるのは本当にセカイを壊す、それだけなのだから。
確かに魔王相手には役に立ったが普段から役に立つかと言えば、そんなことはない。
と言うか、アカが拒否するのだ。むやみに力を使いたくないから。
それ故に結局アカは何もできずにただ見ているだけになってしまうのだが。
そうして彼は自分の無力さを嘆く。
悪循環だがそれをどれだけアユリが説こうとアカは頑なに受け入れないのだ。
アカは無力なんかじゃない、今ではアユリは本気でそう思っている。
たとえ力がなかろうと、心の強さが誰よりも勝っている、そう思っていた。
そうでなければ普段から使うはずの言葉を、ずっと律することなどできるはずがない。
いったいどれだけの労力だと言うのか。どれだけの精神力だと言うのか。
身をもって思い知った彼女はアカのことをそれまで以上に大切にしようと思っていた。
少しでもその気持ちを楽にしてあげられるように。
自分のせいであれほどまでの重圧に耐え続けている、アカのことを想って。
アユリの作った魔導具はきちんと作動したらしく、外壁が見えてきていた。
外壁の高さは一〇mほどだろうか。ずいぶん高い壁に囲まれた街。
検問があるが人間だったら大体通れるくらいの非常に簡素な検問である。
盗賊が入ってしまうかもしれないじゃないかと思うかも知れないがそれは要らぬ心配だった。
何故ならこの街は料理の街。
来るもの拒まず去るものを追わない街なのだ。
まぁ当然、対価を払わなければそれ相応の対応が待っているわけだが。
腕っ節の確かなものが非常に多い町でもあるのだった。
そうでなければ生きていけないから、と言うこともある。
食い逃げなど言語道断、たとえ盗賊だろうとルールを守らない輩は街中から襲われてしまうのだ。
そういう、非常に団結力の高い街だった。
検問を通るときに時間を確認すると午後四時前後。
まだ晩ご飯には少し早いか、と言ったところ。
森の中は暗くて空が見えないので時間を感じられないため感覚が狂いがちである。
だからこそこんなに深い森の中ではしっかりとした指針を持って歩かなければ迷ってしまうことも多々あるだろう。
方角も時間も距離感も、すべて歩いているうちに見失ってしまいがちだから。
街の中へ入っていくとメインストリートが真ん中を突っ切っており、人が少なければ向こう側の外壁の門が離れた位置に見える。
メインストリートに見える様々な店はすべて料理やデザート、お菓子の類ばかりだった。
碁盤目状に道が張り巡らされ、全体は円形のこの街。
この調理済みのものを販売、提供を行っているファルムストリートと呼ばれるメインストリートが中心に置かれている。
そして、街の真ん中辺りから十字に横に走るオールドストリートはレシピを販売する道だった。
そして細い縦横の路地に各地から入荷した原材料や調味料、料理に必要な道具など様々なものが手に入るようになっているのだ。
ここに来るだけで世界中の食べ物を味わうことができると言っても過言ではない。
魔王の支配中も森の深さと魔力によって魔王に支配されることなくずっと営業し続けていた街。
それ故にこの街はお祭り騒ぎにはなっていないだろう、などとアカは考えていたのだが。
考えは甘かったと言わざるをえない。
この街も例外なく皆元気にはしゃいでいた。
他の街で見たものと同等の光景が繰り広げられている。
大混雑している街は向こう側の門などまったく見えないほどの状況だった。
それもそのはず、この街は料理を提供する街なのだ。
宴会する場所としてこれほどまでに最適な場所はなかなかないと言うほど。
何せどこよりも様々な料理をおいしく楽しめる場所なのだから。
魔王から解放され、街同士の交流も簡単になった今、この街は稼ぎ時とばかりに大盛り上がり、大繁盛の様相を見せていた。
この街の人間とてこれで今までよりもっと自由に世界中のレシピを集め、原材料を集めて新たなるレシピの開発なども行っていけるわけだから当然うれしいに決まっている。
よってアカの希望は空しく、むしろどこの街よりも騒いでいると言ってもいいほどに元気だった。
彼らは人の多そうで情報の集められそうな店に全員で入店する。とりあえず前回来た時とは違う店にしておいた。
あまり自分たちが勇者ご一行であると言うことを知られたくはない。
先日のこともあるし、アカは『魔王を打ち倒してくれた勇者』の伝説を聞くのを少し恐れている。
自分とのギャップにまた、否定されたらどうしよう、と考えてしまうのだ。
自分は期待には絶対に応えることが出来ない。もう、それはわかりきっていることだった。
勇者なんてそんなに素晴らしいものは自分のような臆病者なんかじゃないはずだとさえ思っている。
実はアカは魔王を打ち倒してなどいなくて、他の素晴らしい勇者が世界を救ってくれたのではないだろうか?
そんなバカなことを考えてしまうほどに、アカは思い悩んでいたのだ。
そんなアカをアユリはずっと後ろから見ている。自分の無力さを呪いながら。
しかし、リルハがまた楽しげにどんちゃん騒ぎをしている人々の群れに突っ込み、アユリはそれに引っ張られるように連れて行かれてしまう。
アカを独りにしたくないとは思うができることは結局何もない。
結局できることをやるしかないのか、とアユリは諦めてリルハと共に情報収集に入っていった。
そんな彼女たちをはた目に見つつアカはその日の宿としてよさそうな場所を店主に聞く。
ついでに例のヴィアヴォルについて聞いてみると彼はその事件は解決したと思っていた、と言っていた。
勇者さまが解決してくれたのではなかったのか、と。
情報の食い違いに店主と二人で少し戸惑う。
ウィスティリアルで聞いた話を彼に話してみるが心当たりはないとのことだった。
まぁ、全部の情報を知っているわけでもないから申し訳ないね、と彼は苦笑いして謝ってくれる。
それに対して「いえ、恐縮です」とアカは礼を言ってその場を離れた。
そばで飲んでいたスフェンのそばに行ってアカは考え込む。
どういうことなのだろうか、と。
ただの情報の行き違いとか店主が知らないだけだろうか?
それとも、何か別の理由があるのか。
あとはリルハたちに任せるしかないか、とため息を一つこぼして彼は一度店から出た。
宿屋の手配を済ませ、アカは店に戻ろうと路地を歩いていく。
少し離れた位置にあったため、何の気なしに街を見ながら歩いていた。
料理の街と言うだけあって、売っているものが本当にほとんどすべて料理関連である。
なんに使うんだかよくわからない道具などもあって、少し見ていて面白かった。
そんなアカの耳に飛び込んできた言葉に身体をびくりと反応させてそちらに耳を済ませる。
「また森で行方不明だってよー」
「これで四人目か。そろそろ騒がれ始めるんじゃないか?」
森で行方不明、四人目、騒がれ始める?アカは首をかしげた。
そんな情報はまだ手に入れてない。つまり、かなり最新の情報であるが故にまだ騒がれていないだけだったのか。
もっと犠牲者が出る前に止めなければ、そう決意して、その男たちに声をかけようとした。
「ま、きっとまた勇者さまがなんとかしてくれるさ。何せここは一度勇者さまが来てくださった街だしな」
心臓がどくん、と強く鼓動を打つ。
息が詰まって、身体が動かなくなった。
声をかけなければならない。
そして、情報を得なければならない、はずなのに。
アカの身体は『勇者』と言う単語を聞いて、震えてしまって動けなくなっていた。
怖かった。
自分がその勇者だと知られて、こんな貧相で弱々しい自分が勇者であると、知られてしまったら。
みんな、絶対に失望する。
そんなわけがないと否定するに決まっているだろう。
だって、きっと自分は、この世界のどこの誰よりもずっと、臆病で、臆病で、臆病で。
卑怯で、弱虫で、泣き虫で、力のない、勇者なんて名前がまったく似合わない存在なのだから。