05
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アカたちはウィスティリアルにたどり着いていた。
森の中にあり、農耕で栄えた街で住民のほとんどが農家である。
王都の食料源は半数以上がここから出荷される野菜だった。
故に農家だからと言って質素な暮らしをしているわけではない。
結構裕福なものの多い土地なのだ。
食肉用と乳製品用の大規模牧場を持っている北東のヴェスティオルと合わせて食料流通の中心となるこの町はかなり栄えている。
農業体験などのできる施設などもできてきており、観光客の受け入れも始まっていた。
魔王解放から一ヶ月ほど、かなり早い展開具合から言って恐らく元々用意だけはされていたのではないかとうわさされている。
魔王による圧政によってそういった娯楽と言うのはほとんど禁止されていた。
勇者が各地で快挙を上げる度人々の期待は高まり、希望を込めて色々なものが用意されていたのだろう。
解放された暁にはこんなことをやってやろう、と言うような感じで。
そして解放された今、各々思うままにやりたいことをやっている。
長くは続かないかもしれない。
しかし、それでもいいのだろう。
今はまだ解放への喜びから発散へと走っていることを誰も止めようとは思わない。
皆、うれしいのだ。自由と言う、仮初めであろうとやりたいことがやれる今が。
時刻としては午後六時前後。
太陽は沈みかけて赤々とした光を地上に降らせていた。
農業を終え、帰宅する時刻なのだろうか。
街中には人々があふれ、家の前にテーブルを出したりして隣家と共にバカ騒ぎをしている。
今やどこの街でも同じような光景が見られるだろう。
アカたちはその中を通りながら酒場と宿屋が一緒になった店へたどり着いていた。
その日腰を落ち着ける場所を探しつつ色々な情報を集めるためだ。
やはり酒場は最も情報流通が激しい。
そしてこの街一番の大きさと繁盛を誇る酒場がここだった。
中に入った途端に騒音に巻き込まれる。
アユリなんかは少しビクビクしてスフェンの方へ近寄っていた。
逆にリルハはわくわくした感じで方々を見やっている。
リルハはこういった場所が得意なのだ。
情報集めのためのおしゃべり、当然この中で一番おしゃべり好きなのはリルハ。
アカが宿の手配をしている内にもう喧騒の中の一組と仲良くなりつつあるリルハにアユリは呆れつつ一緒に保護者として同伴していた。
リルハのように天真爛漫でかわいらしい少女は当然のように大人たちに受けがよく、男女構わずとにかくみんなに好かれていく。
そしてアユリはクールビューティーと言った感じのタイプなので男性受けがよく、二人とも一気に場に取り込まれて行った。
スフェンは酒場の隅で一人で飲み始めていて、アカはやれやれとみんなを見回しながら宿の手配を済ませる。
宿の主人に現在のこの辺りの情勢などを軽く聞くのを忘れてはいない。
ここから西に森を進んでいくと出るディガン洞窟に再び主が現れた可能性があると言う。
ディガン洞窟はアカたちが魔王城へ向かう旅の途中で立ち寄り、中に住んでいた魔物の主を倒していた。
ヴィアヴォルというウルフの一種で二足歩行する狼。
黒い毛に紅い瞳の獰猛そうな魔物で、通りすがる旅人や商人などを群れで襲っては食い散らかすため恐れられていた。
そのためアカたちも立ち寄って退治して行ったのだが。
再び主が現れてしまったのだとすると危険かもしれない。
また立ち寄っていかなければならないかな、などと少し憂鬱になりつつ主人に礼を言ってリルハたちの方へ向かった。
「あ、アカさんアカさん、なんか面白いお話聞かせてくれるんだってー。聞いてみよー?」
「面白いお話?どんなお話なのかな?」
リルハに手招きされて男たちに囲まれていたリルハの隣に引っ張られる。
既に出来上がっているような雰囲気で彼らはずいぶん酔っているようだった。
「おぅおぅ、にーちゃん、いーところにきたなー。今からこのじょーちゃんたちにすっげー話を聞かせてやろーと思ってたんだよー。おめーさんもきーてくかぁ~?」
アカは思いっきり絡まれる。肩を組まれ、引き寄せられて顔をくっつけられて、アカは泣きそうな顔になっていた。
元々人間がかなり苦手なタイプなのである。
普段は平気な振りをしているだけで実際近くにいるだけですぐ逃げ出したくなるほどだった。
今も逃げたくて逃げたくてたまらない。
しかしリルハたちもいるし面白いお話しと言うのも興味があった。
どんな無駄な話であろうと、有益な情報がどこかに混ざっている可能性もある。
情報は命なのだ。たとえ空振りに終わろうとも、聞くことには価値がある。
しかし、そんなにくっつかないでほしい、アカはそう訴えるように彼から身を引くが抵抗空しく、彼はさらにアカを自分の方に引っ張った。
「西の森のむこーのよ、オールドファルムって知ってるか?」
「あ、はい、ぼくらはここの次はその街に向かう予定なのです」
「そーかそーか。それはいーこった。あそこはいー街だぜー?
なんてったって、料理がうまい!この街は野菜はすげぇんだが料理はどっかからもらってきたレシピか煮物しかねーからな。
あー、そんなのどーでもいーか、うん、どーでもいーな。
そこでよ、おもしれーやつらに出会ったんだよ。
あれだぜ、勇者さまにあったとかゆーやつがけっこーいんのよな」
勇者、と言う単語にびくりとアカを含めた三人が反応する。
しかし、自分の話に夢中な男はまったく気付かないで話を続けていった。
「勇者さまは魔王の城に行く前に凶暴な魔物がいるからっつってディガン洞窟のあれだよ、なんつったっけ?
犬っころだよ、犬っころ。ヴぇあヴぉるだかなんとかっつー。
まぁ、魔物なんだけどな、けっこー襲われてて困ってたとこに来てくれて、ぶったおしてくれたんだってよ。
その勇者さま、すっげーかっこよかったらしくてさ。話したんだってよ。
なんでもはきはきと丁寧な言葉を使う人でさ、四人組で旅してたらしーんだわ。
背が高くてイケメンで強そうな勇者さまと美人の賢者さま、プロポーション抜群の美少女闘士にめちゃめちゃ腕の立つかっこいい剣士とか。
洞窟の中じゃ魔物がうようよしててかなり危険な橋だったらしーんだけどよ。
魔法を使う賢者のねーちゃんが危なくなって、勇者さまがかっこよくかばってその上倒しちまったとか。
他の仲間じゃ太刀打ちできなかった主も勇者さまが一発でのしちまったんだってよ。
強すぎるよなぁ。この人たちなら世界を救ってくれるって確信したらしー。
そしたらこーやってマジで世界を救ってくれたんだぜ?すげーよな。
憧れるよなー。俺も生きてるうちに会ってみてーと思ったぜー」
周囲の人はその話を聞いてやんややんやとはやし立てる。
勇者の伝説は彼らにとってどんな話だろうと面白くて騒ぎ立てるようなものだと言うこと。
当然だろう。だって世界が魔王から解放されなかったら今のようなバカ騒ぎなどもってのほかだったのだ。
騒ぎ立てたくもなると言うもの。
しかし、その話を聞いてアカは顔をしかめて黙ってしまい、リルハやアユリもまた、黙ってしまう。
なんでそんな話になった?
魔王城の前にオールドファルムに立ち寄ったのは確かにアカたちだ。
そして、ヴィアヴォルを倒したのもアカたちである。
しかし、その中身が食い違っていた。
他の、それまで倒されてきた勇者たちのことなのかとアユリは思ったがしかし、ヴィアヴォルがはびこっていたのはずいぶん長い間の話だったはずなのだ。
そういう風に聞いていた。
アユリが勇者召喚を行うよりずっと、ずっと前から被害があったという話を聞いている。
だとしたら、別人ではないはずだ。
なのに、アカの外見もリルハの外見も明らかに違う。
アカの背は高い方ではないし、イケメンと言うよりはせいぜい中性的な美少年で、リルハはプロポーション抜群の美少女などではない。
勘違いで人が入れ替わっていると言うわけでもないだろう。
だって、アユリとスフェンは確かに間違っていないのだから。
外見だけではなく、洞窟の中の話も現実とずいぶん違ったのだ。
アカは何もしていない。何も、できなかった。
何せ、アカは中にすら入っていないのだ。
逃げ出して、戦っていなかった。
いや、それが正しいのだ。だって、アカは戦えない。
下手にうろうろされれば危険が及んで邪魔になる。
そう判断したわけではなく、ただ、怖くて逃げ出しただけなのだが。
そして、アユリをかばってヴィアヴォルの主を倒したのはスフェンである。
圧倒的戦闘能力で主を一撃のうちに伏せたのは彼だった。
しかし、そんな事実を誰かに話しても喜ぶことではない。
だからこそ何が起きたのかは誰にも話していなかったはずだ。
何故知られているのか、それに話が変わってしまっているのか、わからなかった。
正直なところそれは彼らにとって面白い話では、ない。
「な、面白かっただろ?おまえらもがんばって勇者さまたちみたいになってみろよー。
そしたらお前らに会ったって俺自慢できるしな」
大笑いしながらアカの肩をバンバンと遠慮なく叩かれるがアカは力なく笑うばかり。
内心では何故、と言う疑問ばかりが浮かぶ。
自分はそんなにかっこよくなんかない。
自分はそんなに勇敢なんかじゃない。
自分はそんなに強くなんかない。
自分はそんなに正しくなんか、ないのだ。
「……あなたはもし、勇者が臆病だったと知ったら、どう思います?」
「勇者さまが臆病?何バカなこと言ってんだよ。そんなわけがないだろー?そんなの勇者さまじゃないじゃないか。勇者さまはかっこよくて勇敢で強いんだよ。そして、やさしくて力の使い方をよく知ってんだ。だからこそ、みんな憧れるんじゃないか」
バカにするように、彼は笑う。
アカはそのままうつむいてしまった。
どうして、こんな風になってしまったんだろう?
自分は彼らの期待には絶対に応えることが出来ない。
だって、すべて自分の真逆なのだ。
一つも当てはまらない。
ぼくは、勇者なんかじゃない、アカは泣き出しそうな、声にならない声で、つぶやいた。