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暗闇の中でアカは自分の手を見つめていた。

その腕では満足に剣すら振るえないほどに細い。

力ないそれを疎ましく思ったとしても鍛えようと思ったこともなかった。

やりたくないことはやらない。

アカはずっとやりたいことだけをやってきた。

子供の頃からずっと、ずっと。


なら、魔王を打ち倒したのも自分がやりたかったことなのだろうか。

そう自問自答してみるが答えは出てこない。

アユリによってアカはこの世界に呼び出された。

いわゆる勇者の召喚と言うやつで。



魔王に支配され、この世界の誰一人として彼には敵わず、犠牲になった幾多の人々。

そして民衆の想いを受けて最果ての街リンドオルム、賢者の住まう永久不可侵の誰にも見えない結界の中で最高の賢者アユリは異世界からこの世界を救ってくれるものを求めて幾度となく召喚を試してきていた。

しかし彼女の想いは届かず、召喚された勇者たちはことごとく魔王やその配下によって殺されてしまう。

その数は十二人に上る。彼らと共に旅をした同行者を含めれば犠牲者は五十人を超えていた。




そして、最後の希望。この旅には自身が共に赴いて必ずや成功させると彼女は誓い、十三人目の勇者を召喚する。

呼び出されたのはうずくまって泣きじゃくる弱々しい少年だった。

ずっと謝り続けている。

お世辞にも勇者になど見えはしない。

アユリは途方に暮れてしまった。

彼に世界など到底救えるとは思えない。

そもそも、動けるかどうか、言葉が通じるかどうかすらわからないほどに彼は心を閉ざしていたのだ。


それまで呼び出してきた勇者たちは誰もが世界を救う意志を持ったものたちだった。

どこから来たのか、それはアユリ自身にもわかっていないけれど、彼らは皆一様に勇敢で。

腕の立つ戦士ばかり訪れたのだ。

だからこそアユリはその召喚がいつか真の勇者を呼び出せるのだと信じていたし、他の人々も希望を抱いていた。

しかし、アカを見た瞬間にそれは間違いなのではないかと思えてしまう。

それほどまでに彼は弱々しかった。


それでもアユリはアカに世界を救ってほしいと願い出る。

そして、それはあなたにしかできないことなのだ、と。

根拠はなかった。

アユリは信じたかったのだ。自分が最後と決めた彼が世界を救ってくれるのだと、信じたかった。

アカは泣きじゃくりながらも、自分に本当に世界を救うことができるのか、問う。

アユリは力強くそれにうなずいて、彼らの旅は始まったのだ。



リンドオルムの宿屋の娘、リルハを助けたときにアユリはアカならば本当に世界を救えるかもしれないと、本当に希望を抱いた。

アカのセカイを壊す力、その一端を覗いたのだ。

ただの一端である。普通の人に対するただの人格否定。

それだけでアカの言葉は響いてしまう。


誰でも発することのできるようななんでもない言葉。

それが響いて相手の精神を打ち崩す。

強い信念など持っていない相手ですらそれを聞いた瞬間に腰を抜かして失禁した。

そして、怯えたまま逃げ出したのだ。

アカはその力をセカイを壊す力だと説明する。

人の心を壊す、忌まわしき力だと。

それ故に緊急時でなければ使いたくない。

もしリルハが殺されそうになっていなければ自分はその力を使わなかっただろう、と。


アカはその力を嫌っていた。

だからこそ、彼はあんなにも正しい言葉を使っているのだ。間違えることのないように。

けれど、誰かを助けるため、どうしようもないなら使う。

そう言われ、アユリはアカに魔王を打ち倒すためにその力を使ってほしいと頼んだ。

その力ならきっと、魔王を倒せる。それ以外の手段はないとさえ思えていた。

彼は本当に自分たちの最後の希望なのだ、と。

この世界を唯一救えるのはアカなのだと確信して、彼らは旅を続けていったのだ。

そうして本当に世界は救われた。

アカと言う、誰よりも臆病で弱々しい勇者によって。




これは自分が望んだ未来だろうか。

アカは思い悩む。そうだとはっきり肯定など到底できなかった。

勇者になどなりたくなかったし、世界を救う気もない。救うことができたとも思えなかった。

確かに世界は今安定して見える。

魔王に支配されていた頃に比べてみんな自由で笑っていた。

けれど、その一方で魔王の敷こうとしていた管理社会も別に悪いものではないようにアカには思えるのだ。

貧富の差がなくなり、争いの起きない社会。

それの何が間違っているのだろうか、と。


競争になれば負けるものが必ず現れる。

勝てるものはいいけれど、負けたものはすべてを失ってしまうことだってあるのだ。

それによって死を選ぶしかなくなってしまったら、どうすればいいのか。

自分に責任など負えない。

誰かが幸せになれる代わりに誰かが不幸になる世界。

それが本当に正しいのか。

アカにはわからなかった。


『どうせみんないつか死んじゃうんだから別にどちらだって構わないではないの』

クスクスと隣からの声にアカはうつむく。

「……それでも、今は生きている」

『世界中全員が幸せになれるなんてありえないこと』

「わかっているよ」

『今更後悔しても時間は戻ったりしないの。今のこの世界もあなたの責任でしょ』

「すべて、ぼくの責任だと重々承知しているよ」

アカは顔を上げることすらできないまま、シロの言葉に返し続けていた。

『だから、旅を続けるの?』

「ぼくは王になるべきではないから」

『ふーん』

くすりと、アカのそんな様子を見てシロが笑う。

とても、おかしそうに笑った。


『あなたはいったい何がしたいの?』

「ぼくは……、何がしたいのだろうか」

『自分でもわかってないの?なんなのそれ、おかしい』

バカバカしい、とばかりにシロは大笑いし始める。

アカの耳の近くで、息がかかるほどの距離で、笑う彼女にアカは顔をしかめることもなく、ただ顔を上げて受け止めていた。


『あなたって本当にあたしを飽きさせない人ね』

「お褒めにあずかって光栄だよ」

『バカにしているの』

「そうだろうね」

『みっともなく誰かに泣きついてみたらどう?そしたら答えが見つかるかもしれない』

「そんなものはぼくの答えではないよ」

『変なところで真面目ぶるのはやめたら?』

「君はぼくに何を求めているんだい?」

『無様に転ぶのが見たいだけ』

「すでに転んでいるよ」

『それもそうね』

再びクスクスと笑い始めるシロを見てアカは再び顔を伏せる。

その顔に表情はなかった。ただただ浮かぶのは疲労。

肉体的な疲労ではなく、精神的な疲労だろう。


「君はぼくに世界を救えると思っているかい?」

『無理ね』

「即答だね」

『この世界の魔王にも無理。人間に世界なんて救えるわけがないわ』

「救いようのない世界、なんだね」

『今まで生きてきてそれに気付いていないのだとすればあなたはよっぽど楽観的なのかただのおバカかどちらかよ』

「それもそうだね」


『まだ信じていたの?』

「そんなことはないよ」

『彼らが信じていたからそれを守りたかった?』

「そういうことになるのかな」

『本当にあなたはバカね』

「よくわかっているよ」

『どうせあとで現実を知って絶望するだけなのに』

「せめてそれまでは笑っていても構わないのではないかな」

『本気で言っているの?』

「三パーセントくらいは本気だよ」

『それってほとんど嘘じゃない』


「もう諦めているのかもしれない」

『ならなんでやめないの?』

「怖いからだと思うよ」

『裏切るのが怖い?』

「そう」

『絶望を見るのが怖い?』

「そう」

『彼らが諦めてしまうのを見るのが怖い?』

「……そう」

『そのためにあがくの?』

「最後までそうするつもりだよ」

『愉快ね、実に愉快。やっぱりあなたは面白いわ』

「そばにいてくれるかい?」

『あなたほどくだらなくて面白い人はいないもの』

「それはよかった」

その声は泣きそうなほど小さくて。それでも、シロはそれを聞いて満足げに笑う。

アカは寝静まった仲間たちを見回して一度だけ、深いため息を吐いた。

自分は本当にここにいていいのか、未だ、見極められぬままに。

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