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北極に位置する最果ての街、賢者の住まう場所、リンドオルム。
そこはぱっと見の外観はただの田舎である。
事実古き良き田舎と言った雰囲気で街中の人々が全員仲が良いほどだった。
みんな人懐っこく、初めて見る顔でも気さくに話しかける。
そんな街で育ったリルハはその雰囲気をよく映し出している女の子だったのだ。
アユリは賢者であり、北極点にあるリンドオルムの中心、賢者宮に住んでいた。
賢者宮は一般の人間はあまり寄り付かない場所である。
賢者はみんなから尊敬されており、世界のために日々研究を続けている賢者の邪魔をしたくないと言う気持ちからのことだった。
おかげでアユリはリンドオルムの人々の影響をあまり受けておらず、人見知りの激しい無愛想で素直になれない少女に育っていたのだ。
スフェンは街の外の人間である。出自は不明だし何故アカを守るために旅についてきたのかもわからない。
フェイルハイム開放の辺りからいつの間にか一緒にいたのだ。
アユリは最初警戒していたのだが何度か助けられるうちに好きになってしまった。
スフェンがアユリを助けていたのはアカに頼まれていたからなのだがその辺り未だにアユリは気付いていないようだ。
結局魔王を倒した今になってもアカのそばにいる理由はよくわかっていなかった。
アカは二人きりのときに尋ねてみたりしたのだが『俺には俺の目的がある』ということらしい。
目的がなんなのかは聞き出せなかったが今のところそれはまだ叶っていないと言うことがわかっている。
アカはできれば協力したいと思ったがスフェンには断られてしまった。
街の中に入るとアカたちは歓迎ムードで迎えられ、リルハの家であるリンドオルム唯一の宿にして居酒屋に連れ込まれる。
アカはリルハの両親と挨拶を交わしつついろいろな話をしていった。
その間にもリルハもリンドオルムの人々に旅の話を聞かせていく。
途中からアカも話をやめ、リルハの話をみんなで聞くようになった。
楽しそうに旅の話をしていくリルハに街の人々はやんややんやとはやし立てながら軽いお祭り騒ぎになって酒も交わされていくようになる。
皆一様に晴れ晴れとした表情で、アカは安心とうれしさを覚えた。
そんなアカを見てアユリは微笑みを浮かべる。
ようやくこれで終わりだ。
ついに旅は終わり、もう戦う必要もない。
誰かを傷付ける必要もなくなった。
そしてこの街のやさしい人々ならばアカは傷付けられないだろう。
今のように本当に安心した顔でいてくれる。
もう苦しまなくていいのだ。辛い想いはしなくていい。我慢する必要もないから。
ようやく休めるだろう。心からの休息。
きっと、なんだかんだでこれまでずっとアカは気を張っていたはずだ。
けれど、もうがんばらなくてよくなった。
安心して休んでいいのだ。
アユリは肩の荷が降りた気分だった。
そうして気付く。
自分もずっと気を張っていたのだと。
アユリは賢者の一族の家に生まれ、子供の頃から勉強尽くしで育った。
勉強は好きだったし、両親や祖父などに褒めてもらえるのがうれしくてどんどん勉強していく。
そうして一族で歴代最高位とまで言われるほどまでにその実力を認められることとなった。
アユリはいわゆる天才と言われるほどの頭脳を持っていたのだ。
若干八歳にして世界最高の賢者となっていた。
しかし、賢者の仕事をこなしていくにはさすがにまだ若すぎると判断され、祖父が引き続き賢者として仕事を行っていく。
アユリはその補助で仕事を覚えていった。
そうしていつか祖父を継ぐためがんばろうとしていた矢先、アユリが九歳の時のことである。
アユリの両親が賢者として勇者を呼び出して共に旅について行っていた。
きっと成功するだろう、そう思えるほどに強い勇者だったのだ。
しかし、旅は失敗に終わる。
その頃世界はアルトシャングを王都とする連合王国とフィンティオルを中心とする人民共和国間で戦争が起こっており、世界は困窮を深めて行っていた。
そのため世界を統合し、人々を一つにまとめ上げる勇者が賢者たちの間で求められていたのだ。
そうして呼び出された勇者だったのだがその度の途中で突然現れた新勢力によって殺されてしまったらしい。
その新勢力が魔王軍である。
その頃現れた魔王が勇者一行を打ち倒して力を誇示し、最強としか言いようがないほど圧倒的な力を以って世界を征服してしまった。
わずか数ヶ月の間に世界は魔王によってまとめ上げられ、徹底的な管理によって世界はすべての人に平等になるように作り変えられる。
完全な平等はやはり難しいが魔王の完全支配の中に置かれたアルトシャングやフィンティオルを始めとした主要な街はほとんどの人に平等な生活が与えられた。
そのやり方は力による完全なる管理社会であり、正しいとは言いがたいものである。
しかし、平和を望んだが故のやり方だった。
魔王の理想、願いはアユリにもアカにも否定しがたいものだったのだ。
間違っているだなんて言えなかった。
他にどうすればいいかと言えば思い付かない。
だからと言って現状がいいとも思えず、結局魔王を打ち倒すこととなってしまったが魔王を恨むことはできなかった。
両親を殺したのは仕方がないことだったのかもしれない。
それ自体は許せることではなかった。
仕方がないで済まされる命なんてない。
しかし、それでも彼のやりたかったことの前には勇者と言う存在は邪魔だったのだろう。
仲間に引き込めずに殺すしかなかった。
自分でも同じ結論に至ってしまうような気がする。
どうしようもない犠牲を否定するほどアユリは理想主義者ではない。
どちらかと言えば現実主義者だった。
そんな彼を倒すことが正しいのか。
アカがずっと悩んでいた問題。
アユリもきっと、心の中でずっと悩んでいたのだろう。
自分では気付いていなかったけれど。
そうやってずっと気を張り続けていた。
ようやく自分の家に帰れるのだ。
今日はゆっくりと休もう。
もう気にする必要のある案件もなかった。
あとはこれからの日々、アカたちと共にのんびりと過ごしていければいい。
そんな風に考えてアユリは元気に騒ぐ人々を眺める。
眠るのは遅くなるかもしれない。
少しだけため息を吐いて。
それでも、その唇には少しだけ笑みが浮かんでいた。
今日くらいはこうやって騒がしい中にいるのもいいだろう。
自分も楽しんで笑うのもきっと、許される。
珍しく騒いでお酒まで飲んだアユリが飲み潰れてアカに絡みまくったのはまた、別の話。
そんなアユリを背負ってアカは宿屋をあとにする。
リルハが名残惜しそうに二人を見送っていた。
けれど、アカがまた明日ね、そう言って笑うとうれしそうに手を振る。
その明日がもう二度と訪れないなどと、誰も気付くことはないままに。




