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フェイルハイムは漁業が盛んに行われており、日中はほとんど人がいない。
おかげでリンドオルム行きの船を出してくれる主人も仕事中で夜に頼むしかないようだった。
アカたちがフェイルハイムにたどり着いたのは正午くらいだったので半日近く待たなければならない。
しかも元々この街は港以外の役割のなかった街であり、現在そうであるように日中で歩く人がほとんどいないのだ。
当然街には店というようなものが存在していなかった。
民家以外は漁船ごとの集会所と漁業組合くらいしかない。
リンドオルム行きの船の主人宅にお邪魔させてもらって待つことになっていた。
奥さんの好意でお邪魔させてもらうことになったのだ。
家の中では五歳ほどになる男の子と三歳の妹がいた。
子供に懐かれやすいアユリと年下にやさしいリルハが子守をしている。
スフェンはどこかに消えてしまっていた。
アカは奥さんと世間話をしながらアユリたちを見つめる。
奥さんによるとフェイルハイムはお祭り騒ぎとまでは行かなかったものの、皆浮き足立っているような様子だと言うことだった。
フェイルハイムに初めて訪れて魔王の部下から街を開放した時にアカたちは街のほとんどの人々に顔を見られてしまっている。
そのためこの街ではアカたちが世界を救ってくれたとわかった瞬間祝砲を上げられたらしい。
男たちの雄たけびが巻き起こり、アカたちへの感謝の気持ちでいっぱいになった、と。
何度も奥さんからお礼を言われ、アカは萎縮してしまう。
知り合いでない人にも礼を言われるだけで萎縮してしまうのだ。
仲が良かった奥さんのような人に礼を言われると困惑すら浮かんでしまっていた。
そんなに大したことはできていないのに、そんな風に思うけれどそれを否定することもできずただただ眉をしかめて困惑の表情を浮かべる。
言葉を発することもできない。なんと返していいのかわからないのだ。
主人が帰ってきてその日は泊めてもらうことになる。
翌日出港しようと言ってくれた主人にアカたちは頭を下げた。
仕事もあるだろうにもう勇者としての役目を負えた自分たちを送り届けてくれるなんて本当にありがたい。
アカがそう言うと主人は笑って言う。
「世界を救ってくれた勇者である君たちには感謝しているし、そうでなくとも君たちは私の友人だから気にしなくていいんだよ」
その言葉にアカは泣いてしまった。
そんな風に考えてくれる人はこれまで一人もいなかったのだ。
そんなことを言ってくれる、それだけでアカは救われた気持ちになる。
勇者でなくてもいい、そう言ってもらえたようで気が楽になった。
たとえそれが社交辞令だったとしても、それほどまでにうれしかったのだ。
明けて翌日、主人の船に乗組員四名と共に乗り込んでリンドオルムに出発する。
一週間程度船の上で生活することになるため、荷物をしっかり用意し、乗組員もベテランを集めてくれていた。
万全の状態でフェイルハイムを発つ。
港には街の人々が見送りのためたくさんの人々が集まっていた。
ほとんど街に住む人全員来ているのではないかというほどの人数に見送られて港から離れていく。
アユリはもう二度と訪れることはないのかもしれないと思うと寂しくなるくらい名残惜しくなっていた。
しかし、リンドオルムにたどり着けばもう旅は終わりである。
海路は現在こうやってベテランがそろえられている通りそうそう簡単に越えられるものではない。
しっかりとした船さえ手配できればできるだろうがかなりの金額が必要となることだろう。
賢者として研究等に打ち込んでいけばお金自体は手に入るが大体次の研究につぎ込んでしまうため手元にはあまり残らないものなのだ。
恐らくもうリンドオルムを離れることはなくなる。
とは言え、アカが望むなら叶えようとは思っていた。
アカは昨夜のことを考えても彼らのことをとても大切に思っているはずだ。
また会いたくなることもあるかもしれない。
そうなったら協力は惜しまないつもりだった。
船の長旅はなかなか厳しいもので、アカなどは船の上にいる間いつも調子が悪そうで、たまに吐いているほど。
アユリもあまり船は得意ではないようで、吐くほどではないが気分は悪くなっていた。
リルハは船の中の雑用などを買って出るほど元気に駆け回っている。
アユリはそれを羨ましげに見ながら吐いているアカの背中をさすったりしていた。
自分も吐きそうになりながら。
主人に何故乗組員やリルハが平気なのか尋ねてみたのだが乗組員もやはり最初は吐くものもいるらしい。
慣れなどが大きいようだった。
そして体質もかなり大きな理由になるようで、リルハや主人のように最初から船がまったく平気と言う人もいるのだとか。
一週間の航海生活はアカにとってはうんざりするほど長く、リルハにとっては楽しくて短い時間だった。
北極大陸であるリンドオルムに予定通り一週間後の夕方にたどり着く。
リンドオルムにたどり着いたとは言えまだ街に着いたわけではなくここからそれなりに歩かないとたどり着くことはできないため、今日はこれから野宿の用意をしなくてはならない。
主人たちに丁寧に礼を言うと、彼らは快く笑ってまた会おうと言ってくれる。
また海を渡るときはぜひ呼んでくれ、と。
君たちならばいつでも駆けつけるから、そう言ってくれた主人の言葉にアカは再び泣いてしまう。
感謝しても仕切れないほどで、アユリとリルハも涙をこらえているようだった。
アカたちは強い感謝の気持ちを抱いて彼ら全員と握手をして別れる。
船が見えなくなるまで手を振って、その後海から離れた位置にテントなどを用意して行き、休息の準備を整えていった。
このメンバーで過ごす旅路の最後の夜が始まる。




