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アカたちはロンドクラインと呼ばれる世界最大級のクレーターを迂回中だった。

フィンティオルから出て既に三週間が過ぎている。

これまでスコールに十一度襲われていた。

その度に対応しなければならず、毎度毎度魔法を使わなければならなかったアユリはかなり消耗してしまっている。

明らかに余裕がなくなっているアユリをさすがのリルハもからかうことなく気遣って大人しくしていた。


魔法は結局のところかなりの頭脳労働になるため無限に使い続けることのできる力ではないのだ。

まともに休むこともままならないスコールの続く荒野の中では心が休まることもなく、いくら精神力の強いアユリでも厳しいようだった。

休ませて上げたいところだがオルベリオンにいる限りそれも敵わない。

一刻も早く抜けるべきだろう、そう判断して彼らは歩みを進めていく。



ロンドクラインの中は闇が沈んでいた。

アカは一度だけ覗き込んでみたが中には本当に闇が液体になって沈んでいるように見えるほどに底が見えない。

この中に落ちたらきっと、もう二度と戻って来ることはできないだろう。


これまで通り過ぎてきたクレーターも決して小さいことはなく、底は見えないものばかりだった。

太陽が出ているのに不思議と底まで光が届かないのだ。

この世界のクレーターのそうした不可思議な性質からクレーターに神秘を感じ、神聖視するものもいる。

とは言え実際にクレーターを見たものは少ないのだが。


厳しい環境のオルベリオンは一般の人間が訪れてもまず越えるどころか中に入っても進むことがままならないほどだった。

数々の賢者たちが研究のために訪れたが中には途中で亡くなってしまったり行方不明になってしまったものも少なくはない。

賢者全員が魔法を使えるわけではないし、使えたとしても完璧にこなし続けるのは非常に難しいのだ。

その上リンドオルム最高の賢者、アユリですら消耗してしまうほどなのである。

疲弊に耐え切れずに魔法が使えなくなってしまってもおかしくない。


そうなればスコールを越えることなど不可能だった。

通常の道具を駆使してもスコールに耐え切ることのできるような道具はない。

じかにスコールを受ければ軽いものでも砂嵐に襲われてかなり危険な目に合う。

強いものが来たらもう諦めるほかなかった。

最大瞬間風速三〇〇ノットを超えると言えばわかるだろうか。

竜巻で巻き起こる風速に匹敵する。

今のところスコールで済んでいるが前回ロンドクラインを通過中にスーパーセルが発生し、甚大な影響を受けた。


その時に今回度々使用している強固なテントをアユリがとっさに思いついて使うようになったのだ。

アユリほどの魔法の使い手でなければ乗り越えることはできなかっただろう。

アユリには本当に何度も何度もアカたちは助けられていた。

彼女がいなければきっと魔王のもとへたどり着けずにこの旅は終わってしまっていた可能性が高い。

助けられる度アカはアユリに感謝していた。


旅のことはともかくとしてアカはアユリのおかげで今でもここにいられる。

そのことに関しては本当に感謝しているのだ。

支えてくれていたこともずっとわかっていた。

言い出せないだけで、どれだけ言葉を重ねても伝え切れないほどに感謝している。



アカは前を行くアユリの背中を見つめた。

空や周囲を気にしながらも少しだけアカのことを気遣う気配を感じる。

いつもやさしく、時に厳しく自分のことを支え続けてくれたアユリ。

心も身体もすべてアユリに支えてもらっていた。

リルハやスフェンにももちろん守られていると思っているがアユリとは一線を画している。


アユリはアカをこの世界に呼び寄せた存在なのだ。

だからこそこうして自分のことを気にかけてくれるのかもしれない。

責任を感じているのだろう。呼び出された時にアカは完全に衰弱していたのだから。

それでも旅に誘ったがそれ故に苦しんでしまうことに気付いてしまったやさしい人。

彼女のせいでアカはこの世界に訪れ、苦しんだ。

いろんなことを悩んで、苛まれて、それでもそれを我慢しようとしていた。

アユリがすべての原因ではないし、むしろ彼女は助けてくれたし守ってくれたのだ。

感謝こそすれ、恨んだり嫌ったりなどできるわけもない。


そんなアユリにはこれ以上自分のことは気にせず、世界のことももう忘れて普通に暮らしてほしかった。

アユリほどの頭脳を持つ賢者ならばきっと、他にやりたいことがあるだろう。

自分の人生を自分の思うままに使ってほしい。



だから、アカはリンドオルムに着いたら旅を終える宣言をするつもりだった。

旅を終えればみんな自分の人生に戻ることができる。

アカのいる場所はもうなくなるがそれでもいいと思っていた。

仲間たちが後悔のないように自分たちの人生をまっとうできればいい。

そして、笑ってそれぞれの最後を迎えることができればいい、そう思っていた。


自分と共に過ごして閉じてしまう運命など一つもなくていいのだと。

勇者と魔王なんて、最初からなくていい世界。

この世界がそんな風に変わってくれることを祈りながら、アカは最後の旅を決意をする。


勇者と魔王をなかったことにする旅へ。

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