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フィンティオルに着いたのはオールドファルムを出てから二十日後のことだった。

地平線の先まで並ぶ街並みは荘厳を通り越して異様ですらある。

この世界には赤道周辺に豊かな水源があるためこうやって荒野から突然線を引かれたように街並みが広がっているのだ。

理由を知っているアカたちでも驚きを隠せない。

王都側から来てもリンドオルム側から来ても荒野の先に広がる赤道周辺の街並みと言うのは本当に圧倒される。

赤道をぐるりと一周、すべて居住空間となっているのだから。


フィンティオルを越えると今度は北側最大の荒野オルベリオンがあり、機械の街オルガイオルを越えて行けば港町フェイルハイムにたどり着くことができる。

そこから先はこの世界で唯一の海、リンカオウム。

そして最後にたどり着くのが北極に位置する街、最果てのリンドオルムだった。

最短距離で移動すると寄り道なしでも大体六十日程度かかる。


この世界の外周は約四八〇〇km。

地球の大体十分の一くらいと言うことになるのだ。

世界人口は六十万人程度。

そのほとんどがここフィンティオルに住んでいる。

約四十万人と言われているフィンティオルの人口。

他の街は数百人とか多くても千人程度の小さな集落が多かった。

王都ですらその人口は八千人と言われている。

リンドオルムにいたっては人口百人に満たない極小の街。

旅人が訪れることもほとんどない。


フェイルハイムも港町とは言えほとんど漁港と言う意味合いでしかない。

連絡船のようなものはなかった。

見合うだけのお金を払ってくれた場合にのみ動かすだけ、と主人は嘯いていたほどである。

勇者さまたちは別だけどな、そんな風ににやりと笑いながら。

人力で渡れるような距離ではないのでその船はかなり特殊な技術を取り入れられて作られているらしい。

そのため本当にそうほいほいと人を乗せられるようなものではないとのことだった。




赤道周辺居住地域はまとめてフィンティオルなどと呼ばれるが広大すぎるため区画ごとで街を分けている。

アカたちがたどり着いたのは第七居住地域。

フィンティオルは魔王支配状況下でもっとも管理が厳しく敷かれていた場所だった。

王都ももちろん厳しかったがやはり人数の多いフィンティオルは管理しておかなくてはならない拠点であるのは間違いないだろう。

いくら力があろうと一度に何十万と言う人間を相手にはできないに決まっている。


そんなフィンティオル解放ももちろんアカたちが行った。

だからこそこの地域ではアカたちは顔を知られている人が結構いる。

騒がれたくはないがここでは隠しようがないだろうとアユリが判断して隠し立てせずに堂々と彼らはフィンティオルに入った。


まだ昼下がりだと言うのに街は騒がしく、ここもまたお祭り騒ぎ状態が続いていることが街に入ってすぐわかる。

騒ぎのおかげで彼らは注目を浴びないで済んでいる状態だった。

向かいの店の主人同士で店先での見合っていたりする光景すら見受けられる。

いったいいつまで騒ぐのでしょうかね、アユリは少し呆れていた。

アカは苦笑いして、リルハは楽しいからいいじゃん、などと笑う。

お気楽なリルハのセリフにアユリはため息を吐いて歩みを進めていった。

解放されてうれしいのはわかるがそれにしてもちょっと気が緩みすぎではないだろうか。

そんなことを考えながら。




昼食を取るため情報収集もできそうな飲食店を探す。

そしてアユリが何気なく目に留めた店からひょっこりと少女の顔が


「あー!!」


出てきて叫び声を上げた。

声の大きさにびくりと驚いたアユリとキョトンとしてしまうアカとリルハ。


「「あ」」

アカとリルハが声を合わせて気付く。その顔には見覚えがあったのだ。

「アユリちゃんだぁー!ひっさしぶりーっ!元気してたー?」

名前を呼びながらアユリに飛びついた少女。

元気いっぱい、と言う様子がリルハと被るようでもあるが、ずいぶんベクトルが違うように思える。

リルハが子供らしい明るさだとすれば、この少女はバカっぽい明るさ。

あまり良い意味ではない。


「……ユミナ、久しぶりね」

その少女ユミナの出現にげんなりとした表情のアユリがその身体を引き剥がした。

「あ、アカっちとリルちゃんもおっひさー!スフェンは相変わらず酒臭いじゃんねー」

ユミナはこの街を救ったときに出会った少女である。

飲食店の看板娘だったのだが何も考えないで行動するため魔王の部下たちに逆らって襲われていたところをアユリが助けて、それ以来アユリにべったりだった。

惚れたと言い張る。アユリはうんざりした様子で蔑むような視線をユミナに送るがアカをぺたぺた触り始めて気付いていなかった。


「こんなよわっちそうな格好でよく魔王さん倒せたねぃ?めちゃくちゃ強いんじゃなかったん?」

「アカをバカにしないでもらえますか?」

苛立った様子のアユリがアカから引き剥がして間に入る。

そして思いっきりにらみつけていた。

アカは苦笑いを浮かべるばかり。

「いいんだよ、事実なのだからね」

「わたしが許せないんです。他の誰がそう思っていようがわたしはそれを許さないだけなのです」

「アユリちゃんアユリちゃん、別にバカになんてしてないよん?疑問に思っただけじゃんね」

ケラケラ笑いながらアカを指差してツンツン突付こうとしていた。

アユリはその間に入ってその指をアカに届かないようにする。

顔が完全に不機嫌ですと言う表情に染まっていた。

ユミナの態度はバカにしているようにも受け取れるがこれが彼女の通常応対である。

人格的に問題があるとしか思えないレベルだった。


「力なんてないし前来た時だってアカっちって何もしないで見てただけじゃんね?ユミナさん思うのです。アカっちはぜんぜん勇者じゃないと思うのです!」

「黙りなさい」

「だって勇者って強くてかっこいいってうわさだし、やっぱり世界を救ってくれたのって違う勇者さんなのかなーとか思うじゃんね?」

「ユミナ!!」

アユリの叫び声にユミナだけではなく周辺の道行く人々もびくりと視線をアユリに向ける。

「そうだよ」

しかし、そのアユリの肩に手を置いて、アカはそんなことを言う。


「世界を救ってくれたのはぼくらとは違う勇者さまだよ」


「アカ!?」

「ちょ、アカさん!?」

「あー、やっぱそうじゃんねー?アユリちゃんとかリルちゃん、スフェンさんはまだわかるけどアカっちって勇者とか世界を救うとかそんなたまじゃないじゃんねー」

ケラケラと笑うユミナに微笑むアカ。


そのアカの表情にアユリは怖くなった。

アカは何か大切なものを閉じてしまった気がする。

隠してはいけないものを完全に隠してしまった。

そのせいで今のアカの表情は本当にただ普通に微笑んでいるようにしか見えなくなっているのだ。


「ぼくは異世界から迷子になってしまった旅人でアユリに助けてもらって家に帰る方法を探しているだけなんだよ」

「アカ、何を言っているんですか」

「アカっち、それまた妄想?空想上の女の子と会話したり異世界から来たりアカっちは忙しいじゃんねー?」

「ユミナ、それ以上言うならわたしはあなたを敵とみなしますよ」

「ちょっと、アユリちゃんいきなりどうしたのん?普通に話してただけじゃんねー?」

「アユリ、大丈夫だよ」

アユリはその大丈夫と言う言葉が気持ち悪く感じる。

どこが大丈夫なのだろうか。どう見たら大丈夫に見える?いつもそんなことを考えていた。

なのに、今は本当に平気そうにアカは笑う。


それが、気持ち悪い。

笑顔がまったく笑顔に見えなかった。

いや、何も悩んではいない笑顔にしか見えないのだが。

おかしい、何かがおかしい。

アカはこんなに屈託なく笑うだろうか?今までこんな風に笑っていただろうか?

答えは明確だった。


そんなわけがない。


そんなわけがなかった。

こんな仮面みたいな笑顔はしていない。

いや仮面なんかじゃない、うますぎて笑顔に見える。うまく隠せてしまっているのだ。

そのせいですべてがわからなくなってしまった。

いつもなら眉をわずかにしかめて笑うところで、普通の人が普通に雑談しているときのように笑う。

アカが普段あれほどまでに暗い人間だとわかっているアユリから見たらこれは異常としか思えない。



ユミナはそのあとすぐ店の方に呼ばれて戻っていき、アユリたちはその場を離れた。

アカとリルハが普通に雑談している。その背中をずっと見ていた。

普通に見える。

しかし、それではおかしい。

アユリには少なくとも今まで見ていれば感情がわかった。

今は曇りガラスを隔てたように、もうほとんど何もわからない。


けれど、明らかに今の会話で何かが決定的に変わってしまったような気がしていた。

あの無神経な少女によって否定されて、今までずっと溜まってきた辛さが一気に押し寄せてでも来たんだろうか。

それに耐え切れなくなったアカは大切なな何かを閉じてしまった。


それは、痛みとか、感情とか、想いとか、そういったものを感じるところ。

心の扉と言う、世界と人間が関わるためになくてはならない、大切なもの。

閉じてしまえばもう何も感じないし何も想わない。

辛くも痛くも苦しくもないかもしれないのだ。

逃げでしかないのだろう。

それでもアカは自分を守るために、迷惑をかけないために、もう、閉じてしまった気がした。


そうならないようになんでもしようと思っていたのに。

自分がそばにいたと言うのにまた、自分は一度も助けられないままなのか。


もう、リルハを送り届けたらアカと誰もいないところへ行ってしまおうか。

そうすればアカは苦しまないで、辛い想いをしないで、本当の気持ちを話せるようにはなってもらえないだろうか。


アユリは自分で考えてバカげてるとわかっていた。

自分がいるだけでもアカは気を使ってしまうから。

今だってきっと、それだからこそ、アカは誰にも迷惑をかけないように閉じてしまったのだろう。


この人が勇者じゃないだって?

冗談じゃない。

彼ほど強い人間などこの世界にいるだろうか?

いるわけがない、アユリはそう思った。


いったい、他の誰が他人のためだけにこれほどまでに自分を律して抑えて殺して、黙って笑ってしまえる人がいるだろうか?

あの魔王にだってきっと、できるわけがない。

彼は行動に移すタイプだからきっと、何か行動を起こすのだろう。

アカのようにずっと、ずっと、ずっと我慢し続けられる人なんているわけがないのだ。


だって、痛いじゃないか。辛いのだ。苦しくて仕方がない。

そんな状況で誰が、声をあげないことを選べる?

心配をかけないために、みんなが笑顔でいるため。


彼ほど勇者と言う名がふさわしいものなどいない、アユリは強く、強くそう思った。

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