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一週間以上荒野にいるとだんだん時間や距離の感覚がわからなくなっていく。
おかげでアカは今自分たちがどの辺りにいるのかわからなくなっていた。
先に街なども見えず、地平線ばかりが見えるせいで景色がまったく変わらない。
気が滅入ってくるのも仕方のないことだろう。
アユリの結界の中のテントで今日もまた夜を過ごす。
テントとは言え四人が寝転がって余裕がある程度の広さはあった。
支柱はアユリが作り出す金属棒を使用するためいつもは布部分だけをスフェンが袋に入れて持っているのだ。
それだけでも十分重いのでスフェンでなければ運べないためである。
夜になると冷え込むので毛布に包まりながらみんなで雑魚寝していた。
入り口側にスフェン、その隣にリルハ、アカ、アユリと言う順で並んでいる。
最も早く動けるスフェンが入り口を守り、いざと言うときに一気に逃げる手段を持つアユリが一番奥。
緊急脱出用の移動手段を用意してあるのだ。
毛布でリルハとアカを包み込んで硬化させ、テントを筒状に変化させて大砲のように遠方へ一気に撃ち出す。
危険な上どこへたどり着けるかもわからないので本当に緊急時のみの脱出方法だった。
今のところ使ったことはないので使えるかどうかはわからない。
運次第と言う恐ろしい手段ではあるが何があるかわからないので対処だけは先にしているのだ。
使わないに越したことはないが。
既に皆が寝静まった頃、アカはまた静かに闇を見つめていた。
アカ自身の姿は闇の中でもその白さ故にか浮かび上がって見える。
そして、その隣にぼんやりとしたアカと同様に浮かび上がって見える少女がいた。
『快適な生活に戻りたいの?』
他の誰にも届かないその声。
しかし、アカにだけは届く。
アカにだけは存在を感じることのできる少女、シロだった。
「そんなことはないよ。彼らと旅をしていくのは楽しいと思うからね」
『嘘ね』
切り捨てるような強い口調。
高く美しいその声は冷たい色をたたえてアカに突き刺さる。
闇の中紅く煌めく視線と同様、アカの心の中に光を与える言葉。
どれだけ厳しい言葉だとしても、この世界でもっともアカのことを理解し、率直な言葉を遠慮なく放ってくれるのはシロだけなのだ。
それはきっと、アカにとって救いだった。
「嘘ではないよ。確かにこうやってずっと歩き続けるのは辛いけれど」
『軟弱ね』
「わかっているよ。シロは辛くないかい?」
『あたしはあなたとは違うわ』
「それはわかっているけれど」
『地面に足を着いて足を動かして進むなんてバカげているわ』
シロはずっと浮いているのだ。
そのため地面に足を着くこともなく、アカの左肩に手をかけたりひじをついたりしてくっついている。
その姿は他人が見ることができたら背後霊などに見えるかもしれない。
見ることはできないので実際そんな感想を抱くものはいないだろうが。
「ぼくたち人間は空を飛ぶことなんてできないよ」
『あたしは人間ではないのだからどの道歩き続けても疲れたりしないわ』
「そう。それならよかった」
『あなたが安心する理由がわからないわ』
「君が辛いのを我慢するのは許容できないんだよ」
『そういうときはあなたを罵って解消するから大丈夫よ』
「要らぬ心配だったかな」
『余計なお世話と言うやつよ』
「容赦がないね」
『あなた相手にあたしが容赦も遠慮もするわけがないでしょう?』
「それもそうだね」
アカは少しだけ微笑みながらうなずいていた。
その笑みはほんの少しの安心感すらある。
シロと話しているときだけは自分に戻れるような気がしていた。
シロ自身がそうであるように、アカも気を使うことなく自分の想いを話せる。
他の誰かと話すように自分を律する必要がないと言うのはどれだけ気楽なことだろう。
『言い返す気はないの?』
「そんなことに意味があるのかい?」
『ないわ』
「そうだろうね」
『あなたの力が効かないのはこの世界ではあたしだけなのにね』
「だからと言って君に反発するつもりはないよ」
『つまらないわね』
「全部思い通りに行っても君は面白くないでしょう?」
『生意気よ』
「それはどうも」
ほんの少しの冗談。
それすら他の誰かには言えないアカはやはり、窮屈な想いをしているのかもしれない。
誰にも言わないし、表すことなどありえないが。
『あなたは何をしたいの?』
「前にも同じことを聞かれたね」
『わからないと言っていたわね』
「今もわかっていないよ」
『なら何故まだここで続けるの?』
「流されているだけなんだよ」
『それを選んだのはあなたでしょう?』
「選んだのは確かにぼくだよ」
『そこにあなたの理由はないの?』
「まだ、終わらせたくなかっただけなんだ」
『本当にあなたは愚かね』
「つまらないかい?」
『いいえ、まだわからないわ』
「そう。それならもう少し付き合ってもらえるかな」
『あたしが何を言おうとまだ続くのでしょう?』
「そうだね、まだもう少し続けるよ」
『最後には諦めるのかしらね』
「最後まで諦めはしないよ」
『好きにすればいいわ』
「最後まで君は付き合ってくれるかい?」
『付き合わないと思うのかしら?』
「思いたくはないね」
『なら付き合わない、と言いたいところだけれど』
「君は本当に意地悪だね」
『知らなかったの?』
「よく知っているよ」
『あなたが消えるまで隣で笑ってあげるわ』
「滑稽だと笑うのかい?」
『道化が真面目にあがくのよ?滑稽以外の何ものでもないわ』
「それもそうだね」
『実に面白いわ』
「それはよかった」
『だからこそ、あたしはあなたをここへ連れてきたの』
「……必ず君の期待に応えるつもりだよ」
『あなたならあたしの想像以上に面白いことをしてくれそうだから』
シロの笑顔にアカは複雑そうな笑顔でうなずいた。
それでいいのだと思っている。
シロさえよければそれでいいとアカは思っていた。
それ以外なんてどうせ、願ったって叶うわけがない。
自分にできることなんて結局、何もないから。
祈ってはいるけれど、願うほど強い想いではない。
無理だろうけど、もしかしたら、きっと、その程度だった。
アカはもう世界にほとんど期待していない。
もう終わりは遠くないのだろう。
自分はそう遠くないうちに消える。
用済みの勇者がいつまでもここにいていいわけがない。
使命が終わったら消えるのが当たり前のことなのだ。
それはとても怖いけれど、その時みんなが笑っていてくれたらいいと思った。
自分を忘れてくれたっていい。
いや、むしろその方が幸せなことだ。
そうすれば悲しむことはないだろう。
アユリもリルハも何故か自分のことを心配してしまうから。
気にしないでほしかった。忘れてしまってくれたら、ずっと、気楽で。
きっと、その儚い願いは夢のようにあぶくとなって消えてしまう。
どうしようもないことなのだろう。
そんなに簡単にできていない。
世界とは、そういうものなのだから。
思った通りになど、行きっこないのだ。




