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アユリの希望で二日ほどオールドファルムで様子を見ながら過ごしてみたが結局特にうわさなどが立つこともなく時間だけが過ぎていった。
男たちは我に返って反省したのかもしれない。
リルハに引っ張りまわされたりアユリに連れ出されたりしてアカは二日間ほとんど考え込むこともなく遊んで疲れて眠って、を繰り返した。
リルハはとにかく遊びたいが故に、アユリはアカを悩ませないために。
おかげでアカは久々に考え込むことのない時間を過ごす。
振り回されている感はあるが概ね楽しそうにしていた。
そして次の日の朝オールドファルムを出て森の中の道を歩いていく。
もちろん北西に向かう道。森を出てフィンティオルの方へ向かっていくのだ。
しかし彼らにアユリが言ったのは嘘なので彼らの旅はフィンティオルで終わりではない。
現在最果ての街リンドオルムへ向かっているのだ。
リンドオルムの宿屋の娘、リルハを街へ送り届けるためである。
元々世界を救う旅が終わったら必ず帰ると言う約束で旅に出たリルハ。
無事に送り届けなければならなかった。
リルハは帰りたくないと言うがそういうわけにも行かない。
年端も行かぬ娘を困難な旅に同行を許可してくれた両親だってやはり親なのだ。
心配に決まっている。
そういうわけで彼らは最短ルートでリンドオルムに向かっているのだった。
その間にリルハと街の外で過ごせる最後かもしれないから、と多少の寄り道は甘く見ている。
おかげでアカは度々付き合わされる羽目になるのだが。
リルハはアカのお嫁さんになりたいなどと言ったりするほどアカに懐いているがアカは苦笑いするばかりだった。
リルハの願いを大体なんでも聞いてしまうアカにアユリは嫌なことは断った方がいいですよ、と忠告したりもするのだが大丈夫だからとアカはいつもがんばって応えてしまう。
リルハが子供らしい子供だからこそあまり変なお願いはないのが救いか。
赤道南下に広がる広大な荒野フィオーネリアルには肉食の魔物が多数存在している。
体毛が鋭く硬いチーターのようなキルフィや、大きな牙を生やした体長が4mを超える巨大なライオンのようなインボルス、体内に電気を溜め込んで放電現象を起こして相手を麻痺させて喰らう蛇オルト、小さくかわいい外見だが何万匹と言う群れを成してどんな相手でも喰らい尽くしてしまうネズミのようなアリュキスなどなど。
すべてを退治しなければ人の住める環境ではないため現在のところこの世界で最も広いと言われている未開の荒野だった。
キルトシェリルの北西の荒野、シャンクスリルとは危険度も広さも比べ物にならない。
シャンクスリルに現れる魔物は人に対して多少恐怖を持っているためなわばりに入らなければいきなり襲われることはめったになかった。
しかしフィオーネリアルに現れる魔物たちは獰猛で見境がない。
そのため旅行客や商人なんかは結構高いお金を払って移動庭園と言うフィオーネリアルの空を飛んでいる庭園に乗せてもらって移動する。
それが一番安全に旅する方法だった。
ただ、値段が高すぎることと、庭園は移動速度がとても遅い上、どういう軌道をしているのかわからず、いつ訪れていつ目的地に着けるかわからない。
商人はそのうち庭園内で商売を始めさせてもらったりしていたし、旅行客はそこでの買い物や庭園見学で結構時間が潰れるのでいいのだろうがアカたちは目的のある旅なのであまり確実性の低い手は使いたくなかった。
危険ではあるが彼らは戦うことができるのだから確実性の高い陸路を選んだのだ。
そうして現在魔物を狩りつつ食料として手に入れ、アユリが魔法で結界を作ってテントを張って休憩に入っている。
お昼の休憩でもテントを開くのは日よけの意味合いがあった。
荒野は日を防ぐものが一切ない。
そのため赤道に近付くにつれてどんどん日差しが厳しくなっていく。
暑いまま休憩してもなかなか体力は回復しないので休憩の際テントを開くようにしていたのだ。
リルハの料理を食べながら水分補給し、会話をしながら身体を休める。
身体のあまり強くないアカなどは戦闘に参加していないのに結構消耗していて目に見えて疲れていた。
自分の体力のなさをアカは呪う。
そのせいでみんなに迷惑を掛けるのが嫌だった。
こんなだから先日も疑われてしまったのだろう。
会話が途切れた瞬間にアカは一気に思考があの自作自演行方不明事件へと飛んだ。
まず見た瞬間に疑われるほどの外見。
子供、だった。自分でもわかっているほどに幼い外見で。
勇者の証がなければ誰も信じてくれない。
魔王のもとへたどり着くまでもそうだった。
誰一人として自分が勇者だなんて思ってもみなかった、と言う反応しかないのだ。
それは当然とも言える。
身長は決して高くない、と言うよりは男性としては明らかに低い。
そして顔も童顔で、上に見てもせいぜい十三かそこらにしか見えないだろう。
性別すらわかりづらいほどだった。
華奢でろくに重いものすら運べないような身体つき、実際力はない。
どれほど外を旅して歩いていても一向に焼けていく気配のない真っ白な肌。
何より自信のなさそうな弱々しいその笑顔。
どれをとってもまったく強そうになど見えないし、勇者だなんて想像できないほどか弱い少年だった。
アカ自身も自覚している。
だからこそ自己嫌悪に走ってしまうのだ。
自分は勇者になんてふさわしくない。
彼らの言う通り、偽ものなのだ、と。
何が起きても全員を助けるだなんて言えない。言えるわけがなかった。
世界だって結局、救えてなんかいない。
魔王を幽閉しただけなのだ。
まだ生きている彼が再び何かをしないとは限らない。
そうなった時に自分に何かができるとは到底思えなかった。
魔王は警戒してくるだろうし、しゃべる前にアカ自身を攻撃されてしまえばもうどうしようもなくなってしまう。
だってアカは戦えないのだ。
そしてこの世界にいる誰一人として魔王には敵わない。
初見にだけ通じる卑怯な技。
それがアカのセカイを壊す力なのだから。
だからこそ、魔王は殺さなくてはならなかったのだろう。
けれど、アカはそれを許容できなかった。
魔王の理想が間違っているとは思えなかったのだ。
魔王だって結局のところ世界の平和を願ってそれを実行していた。
すべての人に平等な世界。
そんな世界を望んだ彼をアカは殺していいと思えなかったのだ。
その命を奪う責任を背負うことができなかった。
もしかしたら勇者とさえ言えるかもしれない彼を殺すことなんてできない。
やり方が違っただけの現実主義者の抱いた理想。
それが今の自分と何が違うのだろうか?
むしろ明確な目標も抱かずにこんなことをしてしまった自分の方が悪とさえ思える。
彼は現実的に遂行するだけのプランがあった。
だからこそ世界を征服したのだ。そしてすべてを管理することで平等を作り出す。
その崇高な在り方と今の惨めな自分、いったいどちらの方が勇者にふさわしいだろう。
考えるまでもなくアカにとっては魔王の方がふさわしいと思えていた。
彼が今の自分の立場にいた方がよかったのではないか?
前とは違うプランで世界を平和に導いてもらった方がはるかに素晴らしい世界になる。
よほどうまく立ち回ってまとめ上げてくれそうに思えた。
彼が勇者だったらよかったのに。
自分が魔王で彼が訪れて殺してくれればよかったのに。
アカはそんなことを本気で考えていた。
そうすればきっと、世界は本当に救われたのではないだろうか。
いずれ終わってしまう世界でも、みんな、幸せになれたのではないだろうか。
そんなことを思いはせながら、アカはコップの水に映った自分とシロを、じっと見つめていた。




