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日が暮れて町の喧騒は一層高まっていく。
夕飯時がやはりお酒を飲みやすい時間だからかもっともにぎやかになるのだ。
そんな様子を尻目にアカたちは森へ入っていく。
北へ抜けていく道が森を抜けるのにもっとも長く複雑な道のため旅行客にはあまり使われることがない。
しかし、北の道を進んでいくとアルカイム神殿と言う古い神殿があるはずだった。
年に一度オールドファルムの繁栄を祈願して祈りを捧げる神殿。
街を護ってくれる、商売繁盛の神様が宿っていると言われている。
個人でも祈りを捧げることができるように一般解放されている神殿のため、街の人々はたまに祈りに行くものもいるとのことだった。
明かりのない道を歩いていく。
「ねぇ、アユリ、こっち神殿だよね?そんなトコで行方不明者出るの?」
「事件はこちらで起きているんですよ」
その答えにリルハは首をかしげた。
言い回しが少しおかしな感じに聞こえたのだ。
「もしかしてもう何が起きてるのかわかっちゃってるの?」
「何が起きているのかはほとんどわかっています。しかし、何故起きたのかはわかりません」
「まぁわかってるなら原因ぶっ飛ばしていつものように即座に解決、だね♪」
そううまく行くとは思えませんが、アユリは小さくつぶやきながらため息を吐く。
アカは二人に挟まれながら腰に差した剣を弄んでいた。
役に立たない剣。振るわれることはほとんどなく、ただ持っているだけ。
力は使いよう。どんなに優れた力を持っていようとも、使わなければ意味がないし、使い方が悪ければただの悪にしかならないのだ。
力などなくてもいい、アカはずっとそう思っていた。
けれど、仲間たちだけに戦わせ続けて自分はずっと下がって見ているしかないのは情けない。
何かしたくても、結局できなくて。
だからこそ、勇者なんて呼ばれるのがふさわしくないように思えていた。
剣を振るえればよかったんだろうか?
力が強ければもっと自信を持って仲間と共にいられただろうか。
正直なところ、そんなものあったって変わらない気がする。
きっと、同じだ。
力なんてあったところでアカは変われない。
シロの言う通り、アカに世界なんて救えるわけがなかったのだ。
魔王から世界が解放されたのも結局アユリによって流され続けた結果。
だから、アカという武器をアユリが使った、それだけなのだ。
勇者はアユリだと思った。アユリこそがふさわしい。
今だってアユリがいるからこそほとんどの事態が進んでいく。
自分はここにいなくてもいい存在だった。
魔王を倒した今、もう自分がここにいる理由はまったくない。
誰にも望まれてなどいないのだから、もう消えてしまった方がいいのではないだろうか?
そんなことを考えて、アカはまた自己嫌悪に走る。
勝手にうらやんで仲間に責任を押し付けていることに気付いた。
流されたとかなんとか言いながら結局、選んだのは自分なのだ。
その責任をアユリに押し付けようとしているだけ。
そんなこと許されるわけがない。
これは自分の責任なのだ、アカは自分に言い聞かせる。
自分が背負わなきゃならない重みを他人に押し付けていいわけがない。
柄を握り締め、前を向いたアカの目に明かりが飛び込んできた。
「どうやらたどり着いたようですよ」
「明かりってことは人間?盗賊とかかな?どうするのー?先手必勝?」
「正面から話しに行こう」
二人の肩を叩いて、アカが前に出る。
その表情は少し強い意志を灯していた。
「話しにって、通じるの?応じるとは思えないんだけどなぁ」
「いえ、今回はそれが正しいと思いますよ」
「えー?どういうことー?って言うかつまりアカさんもわかってるの?わかんないのあたしだけー?」
「リルハはわかっていなくていいのです。その方が安心ですから」
「何それ子ども扱い?」
「ふふふっ」
少し楽しげに笑うアユリにむっとしたリルハ、そんな二人に微笑むアカ。
「それじゃ、行こうか」
「そうですね」
「よくわかんないけど、ま、いっか。じゃ、れっつごー!」
明かりのもとはアルカイム神殿だった。
神殿の中から数人の男性の声が聞こえる。
酒を飲んでいるのか、少し騒ぐような雰囲気すらあった。
リルハが少し緊張した様子になる。
盗賊などは夜、ねぐらで酒を飲んで騒いでいることがあるのだ。
それを思い出しているのだろう。
その頭をアカが微笑みながら撫でる。
リルハはキョトンとしてアカを見つめた。
その表情の意味がよくわからない。
戦わなければならない時、アカはたとえ盗賊相手でもつらそうな顔をする。
戦いたくないと言う気持ちがありありと伝わってくる表情。
なのに、今はそれがない。
今から行方不明事件を解決するのではないのだろうか?
リルハにはわからなくなっていた。
「こんばんは、皆さん」
アカが大仰に丁寧なお辞儀をしてその扉の中へ入る。
そして、アユリも同じくお辞儀をした。
わけもわからないままリルハもそれに倣う。
そして、顔を上げて大体の事情を理解した。
そこにはうろたえた男たちが酒を酌み交わしている。
彼らの格好は間違いなくオールドファルムの住人だった。
コックや店のエプロンをしたままの男など、八人もの男たちが集まっている。
彼らの視線は一度アカの腰に差してある剣に行き、もう一度、顔へ。
「あん、たが、勇者、さま?」
「こんな子供が?」
「そんなバカな」
「幼すぎるだろ」
「いやでもあの剣」
「間違いないだろ」
「じゃあ本当に勇者さまだってのか」
立ち上がりながら口々に出る疑問と否定。
彼らがアカのことを勇者と認識した理由、それはアカの腰に差してある剣だった。
それはただの剣ではない。
装飾剣サイフィオス、この世界に伝わる『勇者の証』。
普段は布に包んで隠して所持している剣。
勇者であるということを誇示して戦う場合にのみアカが持つ。
「あなた方のご期待に沿えず申し訳ありませんがぼくが勇者です。行方不明事件を解決に参りました」
「あぁ、勇者さま、期待に沿わないなんてことはございません。ようこそおいでくださいました!」
「そうですよ、あ、どうぞ、料理でもお持ちいたしましょうか?」
騒ぎ始めた彼らを制するように、アカが手を掲げた。
そして、アカは彼らを見回す。
目的の人物たちを探し出し、彼らに近付いた。
「朝はどうも教えていただいてありがとうございます」
「あ、いや、勇者さまだとは知りませんでしたし」
そう応えたのは昨日の夕方アカが一人で見かけ、今朝アユリが話を聞いた二人の男たち。
「どういうことなのか説明していただいて構いませんか?」
「……」
彼らは黙って仲間たちを見回す。
全員罰の悪そうな顔をしていた。
それもそのはず。
行方不明事件は彼らの自作自演だったのだから。
「魔王解放の話が届いてからやっぱりみんな浮かれていたのもあると思うのですがこの街に前勇者さまたちが訪れていたと言う話を聞いて、ぜひ俺たちも会いたいと思ったのです。
しかし、勇者さまたちも忙しい身でしょうし会いたいと言ったからといって会えるものではないだろう、そう考えていました。
また訪れていただければいいなぁと言う程度の気持ちだったんです、最初は。
そうしてここで俺たち二人ががそんな話をしながら酒を飲んでいたらたまたまお祈りに来た一人を仲間に加えてちょっとデマを流してみないかと言う話になりまして。
事件が起きた、なんて話しが広がれば勇者さまたちが来てくれるんじゃないかと思ったんですよ。
しかし、あんまり大事になってもまずいんで仲間内で話してるだけで小さい輪のうわさを作り始めたんです。
そしたらそれを聞いて少しずつ仲間が増えていって、そのメンバーが行方不明になっている、と言う体でさらにうわさを広げていこうとしたんです。
ちょうど向こうの森には昔から主がいて襲われた事件もありましたし、それが復活したとか言ってみれば信憑性も高いでしょう。
そうやって勇者さまに来てもらおうと思っていたんです。
本当に来てくれるだなんて、思ってもみなかったですけどね」
ところどころ笑いながら話す彼にアカは表情を崩さないまま微笑みを浮かべて聞いていた。
しかしアユリはそうは行かず、顔を紅潮させながらアカと並んで言葉を放つ。
「何を、へらへら笑っているのです!?あなたたちは何を考えているんですか!?
会いたいから?訪れてくれればいいから?だから行方不明のデマを流した!?
そのことでわたしたちがどれだけ心配してここに来たのだと思ってるんです!?
勇者がどれだけ心を病んだと思うのですか!?
自分たちのせいでまた事件が起きてしまったのかもしれない、そう考えていたのですよ!
冗談では済まされないんです!
本当にそんな事件がもし同時に二つ以上で起きたとしたらこんなことをしたあなたたちの街と他の街、どちらかを優先しなければならないと考えたらこちらは切り捨てられてしまうようになる可能性だってあるんですよ!?
嘘である可能性があると思ってしまうに決まっているでしょう?
あなたたちの一存で勝手にそんなことをしたせいでそうなってしまったらどうするんですか!?
ここに住んでいるのはあなたたちだけじゃないんですよ!?
この世界はまだ安全とは言えないんですよ!
好奇心のために他人を巻き添えにしないでください!
もういい歳した大人なんですから現実と妄想の区別くらいつけてください!!」
その場にいた全員が呆然となってアユリを見つめていた。
アカだけがアユリを横目に見ながら表情を変えない。
「そ、そんな風に言わなくたっていいじゃないか!別に今誰かに迷惑をかけたわけでもないだろ!?」
「そ、そうだぞ!別に責められなきゃいけないほどのことでもないだろ!?」
「そうだそうだ!なんだよ、勇者さまご一行ってのはその程度も受け入れられないほど狭量な連中なのか!?」
「もう世界は救われたんだから安全だろ!何言ってんだよ?」
「二つ以上同時に起きること事態ねぇだろうが!それにそうだとしても勇者さまなら助けてくれんだろ?だって世界だって救えたんじゃないか!」
「この程度で怒るなんておかしいだろ!ただの悪ふざけじゃないか!」
「あぁ、そうだよ、こいつら偽ものなんだろ。だっておかしいじゃねぇか。勇者がこんな子供なわけないだろ?あの剣だってどうせ偽ものだよ」
「そうだな、そうに決まってる」
「あぁ、そういや人数も合ってねぇしな。三人しかいねぇじゃねぇか?」
「勇者さまは確か背の高いイケメンな勇者さまだっけか?ぜんぜんちがうじゃないかこいつ!」
「闘士も剣士もいないぞ。賢者のねーちゃんはそれっぽいけどもう一人ちっさい子供だしな」
「オイ、お前ら、こいつら俺らをバカにしたよな」
「そうだな」
「名誉を踏みにじられたらやり返しても構わないよなぁ?」
そうして彼らは嫌らしく、笑う。
アカはため息を吐いた。
「気に触ったのでしたら謝ります。申し訳ありませんでした。ぼくが彼女を制御することができませんでしたのでお詫び申し上げます」
そうして、頭を深々と下げる。
「しかし、彼女たちをバカにすることだけは許しません。もしあなたたちがここで退かないのならば、ぼくらはあなたたちと戦わなくてはならなくなります。どうしますか?」
そうして、剣の柄に片手を乗せてアカは止まった。
「何粋がってんだこいつ?」
「勇者ごっこはもう終わりにしろって言ってんだろ。てかお前に謝られても気が晴れねぇっての」
「そっちのねーちゃんが謝れよ」
「口ばっか達者でどうせなんにもできないんだろ、お前ら」
「ちびどもには興味ねぇし賢者っぽいねーちゃん差し出せばお前らは見逃してやるよ」
「それがいいな、そうしとけ」
「ねーちゃんもその方がいいだろ?」
ぴくりと眉を吊り上げたアユリの前にアカが手を掲げる。
「それで、スフェンはいつまでこの茶番を続けさせるつもりなのかな?」
一人だけ立ち上がりもせずに酒を飲み続けていた男がようやく立ち上がった。
「あまりうまい肴ではない」
「そうだろうね」
くすりとアカは笑う。
アユリもようやく怒りを治めたようで、スフェンの登場と共にアカの後ろまで下がっていた。
「あれ?お前誰だ?」
男たちの一人が初めて気付いたかのように疑問をぶつける。
「こんなやついたっけ?」
スフェンは目を細めて彼らを見渡した。
びくりと全員が一歩ずつ後ろに下がる。
頭一個分くらい飛び出た彼を見て初めて男たちは危機感を覚えているようだ。
「スフェン、怪我させてはダメだよ」
「了承した」
数秒後には全員が昏倒していると言う状態になり、ようやくアカたちは一息ついた。
「アカ、あまり無茶しない方がよかったのではないですか?」
そうアユリが心配するのもわかるほどにアカは顔面蒼白になっている。
気を張りすぎて疲れてしまったらしい。
彼ら全員の意識が途切れるまではがんばっていたようだがその瞬間にへたり込んでしまった。
アカはそれほど精神力が強くないのだ。
かなり虚勢を張ってあれだけ話していた。
しかしおかげで場は収拾できたようである。
朝アユリがスフェンに頼んでいたのはここに潜入してもらうために彼らをつけてくれ、というもの。
酒を持って彼らの中に行けば恐らく入れてくれるだろうとお金を渡して。
入れてくれなかったとしてもスフェンなら中に侵入して見張る程度はできる。
アカを守るためだと言い含めると簡単に彼は了承してくれたのだ。
そうして夜になって全員が集まったところを一網打尽にする、と言う計画だった。
アユリが正論で論破して戦力を失わせるつもりだったのだが少し熱くなりすぎたことと、外見で完全になめられてしまったことで失敗に終わってしまい、最終手段の実力行使。
この先どうしようかとアユリは頭を抱え込んだ。
彼らは自分たちのことをどう思うだろうか。
勇者は実はかなり酷いやつらだった、などとうわさが立てられたらどうしよう。
この先の旅が厄介になるようなうわさは勘弁願いたかった。
「どうしましょう、できれば実力行使はしたくなかったのですが……。保険程度の意味合いだったのにまさか言い含められないとは。まだまだわたしは甘いと言うことでしょうかね」
「んー、アユリはよくがんばってたと思うよー?あれはあの人たちがいけないと思う。それとね、あんまり心配しなくていいと思う」
「リル、楽観的になれるような状況ではないのですよ……。怪我はさせていないとは言え勇者と名乗った上で暴力で解決してしまったのです。正直最悪ですよ」
「だーかーらー、だいじょーぶだって。だってね、みんな勇者さまのこと信じてるんだよ?」
リルハはどんよりとしたアユリの肩をつかんでブンブンと前後に振る。
「あー、あー、やーめーなーさーいってば、リルー!」
「アユリはわかってないかもしれないけど、世界を救った勇者さまって、ものすごく信頼されてるの。だから、あんな人たちが悪口言ったって誰も信じないよ」
「……確かに言われてみればそうですね」
「だから、だいじょーぶなの」
「楽観的過ぎる感もしますが概ね納得できます。彼らよりわたしたちの方が間違いなく信頼されていますからね」
「うんうん。だからむずかしー顔はやめて、笑うのっ」
「ふふふ、ホント、リルってばそういうのだけは得意なのですね」
「えっへへー、笑顔が一番なのです♪」
「そうですね。あ、アカは大丈夫ですか?」
思い出したようにアカを振り返ると、スフェンがアカを抱きかかえていた。
無表情のスフェンがアカの顔を見ている。
アユリとリルハが覗き込むと、そこには安らかな表情で眠るアカの姿があった――




