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01

挿絵(By みてみん)

01


その世界は魔王によって征服されていた。

力を持ってすべてを抑えつけ、圧政によって誰一人逆らうことができないように。


しかし、そんな世界に希望が現れたのは一年ほど前で。

その一年後の今、希望たる少年は勇者と崇められ世界を魔王から救い出していた。

圧政はなくなり、祝砲が上げられ、みんなに笑顔が戻っていく。


誰もが望んだハッピーエンド。

そうして世界には平和が戻りましたとさ。

めでたしめでたし。



めでたし、めでたし……?


そんな御伽噺のようなことが実際に起きてしまったとは言え、それでは終わらないのが現実と言うものなのだ。

エンドマークが打たれたとしても、この世界は終わったりしない。


その先も人々の営みは、続いていく。

世界は生き続けるのだ。当然のことだった。

当然勇者たちにもまだまだ人生がある。


これは、そんなお話。

エンディングのあとの、ただの現実ってやつなのだ。


そこには夢も希望もない。



ただただ広がっているのは、未知という名の先の見えない展望だけだった。









少年は窓辺に出て夜風を受けながら空を見上げる。

空には美しい星が輝いていた。

それに向かって何を思うでもなく、手を伸ばす。

そうして、少しだけそのままの姿勢で止まった。

自分の手に星がつかめるのだろうか。

そんなことをなんでもなく、思って。


「シャワー浴びたあとに風に当たりすぎると風邪を引きますよ、アカ」

「うん、心配してくれてありがとうアユリ」

アカと呼ばれた少年は少しだけ弱々しく笑って、窓を閉める。

室内の明かりに照らされて、銀の髪が光を帯びた。

反射する光でまるで光の粒子が舞うような、美しい虹彩を放つ。

アカの顔はいつも何かに悩んでいるような表情をしていた。

思い詰めているようにも見える。

とても勇者などと呼ばれるようには見えなかった。


ふとすれば少女のようにすら見えるほど幼く、かわいいとも言える顔。

十六歳ほどのはずなのだが華奢であまり大きいとは言えない矮躯。

筋肉もあまりついていないように見受けられる。

魔物に襲われでもしたらひとたまりもないように見えた。

実際、襲われれば彼は太刀打ちすらできないだろう。


何故なら、勇者とは言え彼には一切と言っていいほどに戦闘能力が欠けていた。

その上顔の通り勇敢さなど持ち合わせておらず、臆病で何かあるとすぐに逃げ出そうとする。

つまり、逃げ癖があるのだ。


そんなアカに比べると今彼に声をかけた、アユリと言う少女の方がはるかに勇者らしい。

若干十九歳と言う年齢ながら彼女は身体つきもしっかりとしており、身長も高かった。

女性的にも魅力的なほどにはプロポーションもいい。

顔立ちももう少女と言うよりは女性といってもいいほどに成熟している。

知的そうな雰囲気を持った顔は釣り目のせいか、少しきつめに見えるがそれでも美人といって差し支えないだろう。

シャワーを浴びてきたばかりの彼女は水色の髪をタオルで巻いてベッドに腰掛けてくつろいでいた。


アカは彼女から視線をもう一人の男のほうへ移す。

闇のように黒く、重い雰囲気をした男だった。年齢を感じさせない姿。

名をスフェンと言う。いかにも傭兵といった出で立ちの彼はその場にいる誰よりも熟練した剣士だった。

剣だけではなく銃火器も使いこなし、こと戦闘にかけては素晴らしい能力を発揮する。

しかし、それ以外はめっきりだったが。

コミュニケーション能力に欠ける彼はそもそも言葉と言うものをほとんど発することがない。

故にアカも一年ほど付き合ってきたが未だに距離感がつかめないでいた。


「コーヒーを飲むけれど、アユリもいる?」

「もらいます」

「ん」

現在この世界の中心とも言える都市、現在では王都と呼ばれるアルトシャングから少し北西に離れた街、キルトシェリルにある宿に彼らは宿泊している。

魔王から世界を救った彼らは信用できるものたちに国の復興や政治などを任せ、世界全土を見回りながら救済や支援などを行うため旅を続けていた。

世界は平和を取り戻してきている。

人々の顔には笑顔と活気があふれ、王都は毎夜宴が開かれていたほどだった。

魔王によって征服されていた頃では考えられない光景。

それにアカたちは少しばかりの満足を覚えながら巡り歩いている。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

アユリにブラックのコーヒーを渡し、自分は砂糖とミルクを入れてベッドに腰掛けた。

スフェンはウィスキーのボトルをあおっている。

コーヒーより酒の方がいいようだった。

アカにはあまり酒のよさがわからず、少し眉をしかめる。

通常ならば判断力が鈍るだけだと思うのだがこのスフェンという男は酒をいくら飲んでいても酩酊状態にはならず、動きも普段と変わらなかった。

いや、そもそも普段から酒を飲んでいるのだが。まるで水のように酒を飲むのだ。


この街は王都ほどではないにしろ、今だ魔王からの解放によるお祭り騒ぎが外では続いている。

太鼓を叩く音や金管楽器の鳴り響く音、爆竹の破裂音、人々の喧騒。

そういったものがごちゃ混ぜになって、夜だと言うことを忘れさせるほどに騒がしい。


「ぼくらは正しかったのかな」

「まだ悩んでいるのですか?」

「やっぱり、悩んでしまうよ」

「もしわたしがここで正しいと言ったところで、アカは納得できるのですか?」

「たぶん、できない」

「でしょうね。それでも、わたしは、わたしたちはあなたに希望を抱いたのです。願ったのです。彼を、打ち倒してほしいと。あなたはそれを叶えてくれた」

「あんなの、叶えたって言えるのかな」

「彼はもう、戦うことができないのですから。あなたは自身を誇ってもいいのです」

「そっか。ありがとう、アユリ」

「わたしたちはあなたを否定したりしませんよ。だから、大丈夫です」

アユリの微笑みをアカは弱々しく受け止めて、笑う。










アカは魔王を打ち倒した。

世界最強と謳われ、精神、肉体共に強固であるが故にこの世界では誰一人として彼には敵わないと言われていた魔王。

王都から遠く離れた最果ての街、リンドオルム最高の賢者アユリに懇願され、勇者となった彼はまったく戦闘能力を持たない代わりに、この世界で唯一魔王を倒せる力を持っていた。

どれだけ強い力を持っていようと、どれだけ強い思想を持っていようと、それが故に必ず倒せてしまう、力。



それは『セカイを壊す』という力だった。



セカイと言うのは言うなれば人の心の中に持つ、自身のすべて。

自身の想い、進むための強い気持ち、思想、そう言ったものが強ければ強いほどこの力は強く響き渡る。

アカはただ、否定するだけで、相手のセカイを壊してしまう。

魔王は強い理想と強い信念と強い思想を持って世界を征服し、一つにまとめ上げようとした。

すべてにおいて本当に、最強の男。

だからこそ、彼には誰よりも強く、アカの言葉が響いた。

そうして彼はセカイを壊され、今は元魔王城であり、現在王都の中心にそびえ立つ世界の中心、アルトシャング王城の地下牢に幽閉されている。


アカは魔王を殺せなかった。

殺す勇気が出せず、幽閉と言う道を選んだのだ。

しかし民衆はそれを知らず、魔王はもう殺されたのだと思っているようだった。

それがどうしても、裏切りのように感じてアカはいつもうつむいてしまう。

自分がもっとしっかりしていれば、強ければ、彼らの祈りも叶えて上げられたかもしれない。

そんな風に、いつも後悔している。

その度に仲間たちに励まされて、それがまたアカの惨めさを助長していた。





「やっはー、でったよーん♪」

「おかえり、リルハ」

シャワールームから出てきた少女はばばーんと元気にポーズを取ってアカの方を見ている。

くすりとアカが笑ったのを見て、満足そうにアカの隣に座った。

十三歳と言う年齢に見合う程度にはかわいらしく、天真爛漫な少女。童女と言ってもいいほどにはまだまだ幼さを残している。

濃いピンクの髪を後ろで一つに束ねており、それを腰下まで伸ばしていた。

それがリルハのかわいらしい顔によく似合っていて、満面の笑みを惹き立てている。


彼女は見た目に似合わず闘士、肉弾戦を得意としていた。

筋肉がついているようには見えない華奢な矮躯から生み出される独学で編み出した不可思議な軌道の誰にも予測不能な動きで相手を翻弄して打ちのめす。

彼女のおかげで切り抜けられた死線も少なくはなかった。


「アカさん、あとでお祭り見に行こー?」

「いいけれど、あまり遅くなると明日の移動に響くよ」

「だいじょーぶだいじょーぶ、あたしがアカさんの荷物も持ったげるし!」

「いや、それはあまりにも情けないので自分で持つけれどね?と言うか、リルハが辛くないのかな、と思うのだけど」

「あたしは楽しいことをすると元気になるんだよっ♪」

「そっか。それじゃ、少しだけ、遊んでいこうか」

微笑んだアカに、やったーとうれしそうに抱きつくリルハ。

微笑ましい光景で、アユリも頬を少し緩めて笑っていた。


勇者が救った世界は今日も概ね、平和に過ぎていく――

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