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お約束の過去話(前編)

時間は色々なものを流してくれる。

けれども、心の川底に残留する想い出だって確かにある。

普段は砂底に隠れているかもしれないが、小さな魚が尾鰭を振るっただけで、それは舞い上がる粒子の中から顔を出す。


なじみの居酒屋のカウンターで日本酒をちびちびと舐めながら、私――卓球部副部長の国府涼子はしみじみと思った。


お花見の日、久しぶりに会った2人の表情で、私は彼らの川底に沈みこんでいる何かを垣間見たような気がした。

それが黄金色の「何か」なのか、くすんだ灰色の「何か」なのかは、私にはわからない。


でも私は思う。


たとえくすんだ灰色だったとしても、流水によって磨き上げられる事でまばゆい光沢をもつ場合もあるのではないだろうかと。

そしてそれは、黄金色と等しいくらい、美しいのではないかと。


あの子――桐原加奈との想い出は、2人の中でどんな色を湛えているのだろうか。


加奈は子猫みたいに小さくて、丸い目をした女の子だった。

その守ってあげたくなるような儚さを、長身で「女の子らしいかわいらしさ」に欠ける私はすごく羨ましく感じていたのを覚えている。


でも加奈自身は自分の小ささ、弱々しさを克服すべきものとして捉えていたようだった。


なんとなく2人でつるむようになって数週間で、あの子のそんな一面が見えてきた。

出された食事は絶対に残さないとか、高いところのものをとる時も人に頼まないとか、フェミニンな服装はしないとか、男の人に絶対に奢ってもらわない(むしろ奢ってやりたい)とか、ひとつひとつは小さなことだけれども、確固たる意志をもってそれらを実行していた。


だから加奈が「軽音楽部に入りたい」と言った時も、それほど不思議には思わなかった。

ロック音楽の反社会的なスタイルがあの子の琴線に触れたのだろう。


しかし軽音楽部と加奈は全く反りが合わなかった。


うちの大学は新設大学だから、現在の3年生が第1期生にあたる。

だから今の軽音部部長は1年生の時点ですでに部長だった。

そんな環境の中、自分を「女性」として扱ってくる軽音部部長の態度があの子は気に食わなかったんだと思う。

あの軽音部部長にはそういう露骨に気障なところがある。対する加奈は見てくれは可愛らしいのに中身は私なんかよりよっぽど男前だ。軽音部部長に甘い言葉を囁かれ鳥肌を立てているあの子の姿が思い浮かぶ。


「部長が言ったんだ『君みたいな可愛らしい小鳥ちゃんは楽器なんか弾けなくたっていいんだ。俺たちのギターの音色を追い風にしてステージを舞い、美しい囀りを響かせてくれればいいんだ』とかなんとか、気持ち悪いことを――」


その言葉は純粋に楽器を始めたいと思っていた加奈の気持ちを踏みにじるものだった。


それが決定打となって、加奈は軽音部に対し完全に反発するようになる。


でもそんなところが、同じく軽音部のつまはじきものだった2人――杉田くんとごっちんと共振したのだろう。


ごっちんはギターがうまかった。

おそらく他の軽音部員の中でも断トツでうまかった。そのくせあの性格だから、誰とも馴染もうとせずいつも一人でギターを弾いていたたらしい。彼自身に協調性が足りないというのも確かにあるだろうけど、うちの軽音部が持つ「ノリ」みたいなのについていけなかった、というかついていく気が起きなかったといったところなのだろう。

そんな部の異物であるにもかかわらずギターだけはものすごくうまい。

だから当然、他の部員から尊敬される。

それが、軽音部部長は気に食わなかった。


杉田くんはどうかというと、楽器は全く弾けずただ「モテたい」という不純な動機で軽音楽部に入部したらしい。ただこちらもあの性格だから、必要以上に偉そうな軽音部部長と合うはずもなく、何かにつけて衝突していた。

ポテチを食べた手でギターに触るなとか、部室でマンガを読むなとか、全面的に杉田くんに非がある場合がほとんどだったようだけど、そういうのに縛られるのが大嫌いな杉田くんが素直に聞くはずもなく、言われれば言われるほど天邪鬼になって反発した。

杉田くんは子供みたいなところがある。

でも、杉田くんは自由だ。

誰にも縛られたりはしない。


自分が勝手に作り上げた「自分」という鎖に縛られている私とは全然違う。


軽音楽部から疎外された3人は、自然と団結することになった。

ギターを真剣に学びたかった加奈はごっちんが講師をしているギター教室に通うようになり、暇を持て余していた杉田くんもそこに通うようになる。


そして加奈の友人として私が3人に加わり、それからしばらくは4人で会うことが多くなった。


この居酒屋も、私たち4人でよく飲みに来た場所だ。


杉田くんとごっちんが競い合うようにビールを飲み、お酒に弱いはずの加奈も負けじとそれに加わろうとする。私はそれを見て笑いながら女子力高めのカクテルをちびちび飲む。


時には夜の大学の中庭でギターの音色を響かせた。

たどたどしい加奈と杉田くんの演奏を、ごっちんの綺麗な旋律がからめとり夜空へと響かせる。

私は中庭に作られたよくわからないオブジェに座ってそれに聞き入る。


加奈と杉田くんのギターの腕前が十分演奏で通用するレベルになった夏の初め、加奈が「弾き語り部門を作ろう」と言い出した。

3人が自分の好きなスタイルで音楽を奏でられる空間を作りたいと、加奈は常々考えていたようだった。

軽音部部長に相談したところ渋々ながら承諾を得る事が出来た。

かわいい加奈にされたお願いを断りにくいという気持ちが半分、目障りな男2人を部から隔離しておくのに好都合と考えたのが半分、といったところだろう。


こうして軽音楽部弾き語り部門が誕生した。


多分、私たち4人が一番楽しかった頃だ――


それにしても、昔を思い出しているといろいろムカムカしてくる。


男はバカだ。


なぜ自分に向けられる視線の機微を感じる事が出来ない。


特に杉田くん、あーなんであの人はあんなに鈍感なのだろうか。


好きな子が、その好きな人に向ける視線には変に敏感なくせに、自分に向けられるものにはなんで気付くことが出来ないんだろう。


ほんとバカだ。


でも、バカなのは、自分の気持ちをいまだに鎖で縛りつけている私も同じだ。


日本酒をぐいっと飲み干した。

喉の奥が熱くなる。


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