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学祭(過去と)

 二度と上る事はない、そう覚悟を決めてこの道を下った2年前の私。


 最寄の無人駅を降りて、線路脇の路地を進み、小高い丘から覗く白い建屋を見上げた時ーー鼻の奥の方をチクチクとくすぐる記憶の残滓が、私ーー桐原加奈きりはらかなにあの日の感情を呼び起こさせる。


 けれどもあの日感じた寂しさや悔しさ、ほんの少しの後悔は、今更私の胸を締め付ける事はない。ただぼんやりとした輪郭を保ったまま、記憶のスープの中でゆらゆらと揺れている。


 あるのは、ただ純粋な懐かしさ。


 今の私はほんの少し首を回して、過ぎ去った日々を横目で眺めているだけなのだと、そう自分に言い聞かせていた。

 いずれ鈍い首筋の痛みを感じ、またいつも通り前を向くことになる。そこに、今の自分の生きるべき道が見えているのだから。

 ただ、私の滲んだ視界の端が、このパステルカラーの日々を映している間は、少しだけその淡い色合いに目を細めていたい。


 坂を上る。


 喧騒が次第に大きくある。


 ああ、あの日の続きが、ここにある。




第44話「学祭(過去と)」




『どうもみなさんこんにちは〜、軽音楽部 弾き語り部門と申します〜』

 

 ギターを爪弾きながら、背の高い糸目の友人が皆に向かって深々と頭を下げた。


 夜の一部を切り取り貼り付けた様な体育館の一画。しかし其処にひしめく人々の息遣いは、誰もが静かに眠りにつくであろう本物の夜には程遠い。

 視界という知覚器官の欠落を、他の器官が補うという話を聞いたことがあるけれど、やけに大袈裟に響いてくる人々の気配も、それに起因するのだろうか。


 強制的に視覚を奪われたのち、急にスポットライトが正面のステージを照らし出す。


 復活した視力が、光を求める。


 皆の視線を一心に受け、6人の学生がステージ上で深々と頭を下げた。


 私は、声を上げそうになる。


 みんな、私もここに来ているよ、ってステージ上の旧友二人に手を振りたくなる。


 しかし、それは場違いな行動だ。

 今目の前にいる弾き語り部門は、私のいた、私達が築き上げた弾き語り部門とはきっと違うものになっている。子供の頃来ていたお気に入りの服も、やがて袖を通すことが出来なくなる様に、今の弾き語り部門は私の身体に馴染む事はない。


 それは悲しい。


 悲しいけれど、失望するような事ではない。


 歩む道が分かれても、お互いが自信を持って今を生きているのなら、私は胸を張ってあの頃の自分を肯定できるし、これからの自分に希望を見出すことが出来る。


 過去、今、未来、それらは繋がっている。

 

 今の私を形作り、未来の可能性を生み出してくれる『あの頃』は、確かに私の中で生きている。

そうだよね?


 確信を求めたくて、誰ともなしに問いかける。


 杉田君

 

 ごっちん

 

 メガネの男の子

 

 容姿の整った男の子

 

 長い黒髪の小柄な女の子

 

 茶髪で長身の女の子


 みんな、弾き語り部門を繋げてくれて、ありがとう。


 ギター2本が旋律を奏でる。

 ごっちんのギブソンがリズムを刻み、杉田君のマーチンがメロディーを浮き上がらせる。

 

 杉田君、あの頃よりも更に上手くなっている。マーチンも、私の腕の中で鳴いていた頃と同じように気持ち良さそうな声で鳴っている。

 杉田君は努力家なんだ。周りにそういう素振りを見せないから、そう思われないかもしれないけれど、やると決めた時の杉田君は本当にすごいんだ。多分、私とごっちんと、涼子だけが知ってる。


 そしてごっちんは、今も抜群の腕前だ。

 あの頃の私は、多分ごっちんに恋をしていて、ギターに対する気持ちと、ごっちんに対する気持ちが、ごちゃ混ぜになっていたと思う。でもその事を後悔はしていない。それを含めた今なのだと、そう言える自分になれた気がするから。ありがとう私の先生、私の初恋の人。


 周りを見渡す。

 誰もが二人の奏でる繊細なメロディーに息を呑んでいるのがわかる。


 どうだ、すごいだろう、弾き語り部門は!


「懐かしいね」


 一曲目が終わり、ほんの少し生まれた喧騒の合間に、聞き知った声が私の耳を撫でた。


「この場所で、この4人が、同じ音楽に耳を傾けてる」涼子がそう言って私の顔を覗き込む「来てくれてありがとう、加奈」


「ありがとうと言いたいのはこっち。こんなに立派になったんだね、弾き語り部門」


「一生懸命練習してたから」其処で涼子は苦笑い「卓球部部室は常に占領されているし」


「まだ間借りしてたんだ、どーもすみません」戯けた調子で頭を下げてみる。


「いえいえ、大丈夫ですよ」調子を合わせて涼子も頭を下げ「それで、あの頃の空気を保管できているなら‥‥ね」心底嬉しそうに笑った。


「あ、2曲目が始まる」涼子の言葉で、私もステージに顔を戻す。


「えー、次の曲は『永遠』って曲です。多分どっかで聴いているであろう、ある友人に向けて作りました」


 杉田君が言う。


 きょとんとした私の二の腕を、涼子が小突く。


「私達3年はこの学祭で最後です。でもこれから演奏する後輩たちが、弾き語り部門を始めた『3人』の意思を、きっと引き継いでいってくれると信じてます」


 急な語りに、皆困惑したと思う。一度静まろうとしていた会場に、再び喧騒が生まれ始める。


 しかしそんな事はお構いなしと言った様子で、杉田君は声高らかに叫ぶ。


「弾き語り部門は、永遠に不滅!!」


 冗談かと思ったか、会場に笑いが起きる。 

 いいぞー! 熱いぞー! という叫び声の中で、満足そうな杉田君とごっちん。


 私は涙が溢れた。

 あの頃は、生き続けている。


 曲が始まった。


 皆、再び耳を傾ける。


 二人のリフレインは続く。


 永遠が、存在するかのうように。


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