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さくら

 大学から車で10分程度の距離にあるこの公園は、4月も半ばになると数十本のソメイヨシノが一斉に咲乱れる地元民御用達の桜の名所だ。 


 休日ともなると大勢の花見客が桜と、桜の下で食べるお弁当を楽しみにやってくる。


 桜といえば、日本のミュージシャンの多分半数以上は「桜」に関連する曲を歌っているのではないだろうか。ストレートに「桜」という名の曲だけでも、ぱっと思いつくだけで数曲は挙げられる。それだけ日本人にとって桜は特別な花なのだろう。


 この春という季節が生み出す数々の出会いや別れ。踏み出した一歩やあるいは踏み出せなかった一歩。眼前に広がる新しい世界を前にして揺れ動く僕たちの心の片隅には、いつもこの花が白く、時に暖かな桃色を湛えてながら咲き誇っている。


 春は桜と共に花開き、桜の花びらと共に流れていく。


 そんなこんなで僕たち弾き語り部門の面々も日本男児の嗜みとして桜が咲くこの公園へとやってきた。

 しかし着いてからものの数分で、桜を散らすような強い風が僕らの心に吹き込んだ。


 桜の下で愛を語らうカップル。


 レジャーシートを広げ盛り上がる男女のグループ。


「リア充の巣窟じゃないか!」堅あげポテトとビールが入ったコンビニ袋を片手に、杉田先輩が絶叫した「目の前の女じゃなくてもっと桜を楽しめ、桜を!」


「仕方ないですよ、この時期一番のロマンチックスポットなんですから……」そうは言ったものの僕だって悲しいのだ。


「彼女欲しいっすね」正方寺がしんみりと呟く。


「……」五智先輩は無言で頭上の桜を見上げている。


 糸目だが色白ですらっとした杉田先輩も、三白眼だが色黒で細マッチョな五智先輩も、傍から見る分にはそこそこモテそうな気がするんだが、なんでこんなにも女に飢えているのだろう。


「よしごっちん、ホモのカップルごっこをしてカップルをドン引きさせようぜ」


「や、やめろ、変なとこ触るな」


 多分こういう事を人目もはばからずやってしまうからモテないのだろう。


 正方寺はいわゆるジャニーズ系の顔立ちをしているからモテそうなのだが、こいつが女の子に対して見ていて哀しくなるくらい奥手なことは、一年の付き合いで十分理解している。


 ちなみに僕は会った直後に顔を忘れられるくらい特徴のない顔立ちをしているらしく言わずもがな。


 特に目当ての場所もないので、公園を一周して良さそうなところで落ち着こうか、という流れになった。


 しばらく歩くと、杉田先輩の目が輝く。


「お、いいカモはっけーん」


 先輩が向かう先には十数人のグループがレジャーシートに座り桜を観ていた。その内の何人かには見覚えがある。あれは、卓球部の面々だ。


「おーい、美味しそうなの食べてるね、俺にもちょっと分けてよ」その中で一際ガタイのいい卓球部部長に、いつものようにタカリにいく杉内先輩。


「おい、やめろよ」五智先輩がやれやれと止めに入ろうとした時、卓球部の一人が立ち上がった。


 やけに線が細く、長身の女性だった。長い髪を後ろで一つに結わえている。女性はニコニコしながら杉田先輩の肩に手をやると、なにやら親しげに話しかけている。


「杉田くん、相変わらず堅あげポテトばっか食べてるんだ」


「お前にはやらんぞ」


「いいもんね。ならこっちのお弁当もお前にはやらんぞ」杉田先輩の口調を真似て一人ケラケラと笑っている。


「誰っすかあの人?」正方寺が五智先輩に尋ねる。


「卓球部副部長の国府だ」そう言った五智先輩の表情には、単に間借りしている部の副部長に対するものとは違う、何か別の複雑な心情が貼り付いているような気がした。


「お、ごっちんもいるんだ。元気?」


 少し離れたところに立っている僕たちに気付き、手招きをする。


「元気だが」五智先輩は不機嫌そうにいう「お前ほどじゃあない」


「まぁ、あたしは元気だけが取り柄だから」国府先輩は五智先輩に歩み寄りその肩をポンポン叩く「相変わらずいい体してるねー。あ、この二人は弾き語り部門の後輩だね。あ、この子超かわいい。イケメンさんだぁ」


 国富先輩に歩み寄られ、正方寺は数歩後ずさる。


「ごめんごめん、驚かせちゃったね。お姉さんは優しいから恐くないよー」


「いや、その猫なで声が恐えよ」杉田先輩が言う。


「同感だ」五智先輩が頷く。


「えーヒドイ」国府先輩がしょんぼりと頭を垂れる。


 そんな先輩たち3人の掛け合いを僕は不思議な気持ちで見ていた。


 部員以外とバカ話をしている2人の先輩――ちょっと思い出した限りではあまり見ない光景だ。


 杉田先輩も五智先輩も弾き語り部門の部室以外ではどこかよそよそしいと言うか、同じ三年生に対してすら友好的に話しているような印象があまりない。無口な五智先輩は当然としても、いつもはうるさいくらいの杉田先輩までもがガラス越しのような会話に終始しているのは、今思うとかなり不自然ではあるまいか。


 そう言えば僕は、この先輩たちの事をよく知らない。


 僕が入部するまでの一年間、先輩たちはどんな大学生活を送っていたのだろうか。


「でも良かった、弾き語り部門楽しんでるみたいで。2人のかわいい後輩もいるしね」国府先輩が目を細める。


「別にかわいくねーし」杉田先輩は頭をぼりぼりと掻く。


「あの子のこと、まだ気に病んでるのかもって思ってたけど――ほんと良かったよ」


 杉田先輩と五智先輩の表情が変わった。


あの子って?


「つまねー話すんなよ」杉田先輩が国府先輩の目を見ずに言う「ほら、ごっちんションボリしちゃったじゃん」


「してないが」


「ごめんごめん」国府先輩が困ったように笑う「お詫びにほら、うちのご馳走摘まんでってもいいから」


「おお、さんきゅー。おい平ちゃん、ほーじくん、食い物を手に入れたぞ!」さっきの表情は春の風にさらわれ、いつもどおり飄々とした杉田先輩が居た。


 卓球部の面々(もちろん女子も)と並んでおにぎりを食べながらも、開き切った花びらの白が零れ落ち、緑のがく片が見え始めるように、僕の心の中にも小さな薄黒い疑問がぽつぽつと生まれていた。


 しかし、それについては問い質すべきではないような気がした。


 日々はいつも通り流れ、小さな疑問なんて時と共に消え去って行くだろう。


 この桜がいずれ散って行くように。


 杉田先輩が食べようとしていた唐揚げを、横から奪い取って一気に頬張る。


 睨みつける先輩の顔を見て、僕は笑った。

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