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散らかった過去の後片付け(前編)

「ありがとうごっちん‥」


 杉田君は本日何度目になるかわからない感謝の言葉を繰り返した。


 私ーー国府涼子こくふりょうこと杉田君、ごっちんの三人は、杉田君の運転する車で隣県で行われるとあるイベント会場に向かっていた。


 日本お菓子合戦〜秋の陣〜

 

 ごっちんが入場チケットを3枚ゲットしてきたそのイベントは、杉田君曰くどうやら「堅あげポテトファンの間では幻のイベント」らしい。過去の期間限定フレーバーや、発売未定の試作フレーバーなど、様々なレア味を一挙に堪能できる、年一回のお菓子祭りとのこと。


 なぜそんなイベントのチケットを入手してきたのか、そしてなぜ当然のように私が巻き込まれているのか、そんな沸き起こって然るべき疑問に対し、納得のいく答えを追求しても無駄だということは、この2人と付き合っていれば嫌でも身に染みてしまう。


 しかし一つ不自然な点があるとすれば、この遠征の発端が唯我独尊の杉田君ではなく、基本的に杉田君に巻き込まれるポジションのはずのごっちんだということだ。チケットを手渡され、渋々参加を了承した時にごっちんが垣間見せたあの何かを企んでそうな目、それがどーしても引っかかる。


 海沿いのサービスエリアで早めの昼食をとった。まだ11時前ということもあり、食堂は3席だけ家族連れで埋まっていて、あとは空席が小島みたいに浮いている。


「お菓子のために胃を空けておくように!」


 すっかりノリノリの杉田君である。

 昼食後、土産物売り場でご当地スナックを物色する杉田君をほっといて、海を眺めているごっちんの隣に並んだ。


「なにか、企んでるでしょ」


「なんの話だ?」


 海を見たままそう答えるごっちんの横顔は、その返答とは裏腹に、脆く儚いシャボン玉に手を伸ばすような緊張感を帯びていた。何かをしようとしている、それはわかる。

そしてそれは、ごっちんの生真面目な性格からして悪意からくるものではない。


 海は広かった。


 遠くの方に見えるほんの少しの隆起が、岸に近づくに連れて白波へと変わり弾ける。


 その繰り返しは、やがて岩肌を削り落としていく。


 より強靭な、イシだけを残して。


 心の表面の脆く柔らかな部分は時間が削り落としてくけれど、未だ残っているイシがあるのなら、彼らはそれに向き合わねばならない。


 そう考えて、なんとなくだけれど、ごっちんの意図が読めた気がした。


「おい見ろよこれ! ヨーグルト味の堅あげポテトだってさ!」


 そう言って買い物袋の中身を見せびらかしている杉田くんは、多分そんなごっちんの思惑に気づいていない。



  * * * * * * * * *



 企業のイメージキャラクターのコスプレをした女性と並んで写真を撮りながら、杉田くんは満面の笑みを浮かべている。


 子供じゃあるまいしとため息をつき、コスプレ女性のスカートが極端に短い事に気付き、それを眺めながら鼻の下を伸ばしている杉田くんの間抜け面苛立ちを覚えつつも、私はイベントをそこそこ満喫していた。


 各社が今後の社運をかけて(?)売り出し予定の商品群に囲まれていると、お菓子のオタクの杉田くんのでなくとも心踊るものだ。


 商品パッケージで彩られた施設内には高校生くらいの女の子達の集団も多い。動物を模した可愛らしいマスコットキャラのストラップを手に取りはしゃいでいる様子を目の当たりにすると、若さだねぇなんて呟きたくなる。


 新商品のチョコレートを摘んでいると、大学生くらいの男2人女2人グループが目に入った。ダブルデートってやつかと思いきや、そういう感じでも無さそうだ。


 お互いが微妙な距離感を保ちそれぞれ好きなように場を楽しみながらも、根底ではどこか繋がっているような、そんな距離感。


 その姿に、私達の過去が重なった。


 戻れるのだろうか。


 あの頃に。


 イベントが終わって、お菓子がいっぱいに詰まった紙袋とともに私達は車に乗り込んだ。


「では、さっそく…」とお菓子袋に手を合わせる杉田君を制して、ごっちんは近くのファミレスへ車を誘導した。


「なんなんだよ、早く味わいたいんだけど」不機嫌そうな杉田くんだったが、ごっちんの「フライドポテトおごってやる」の一言に「たらこマヨ付きの大盛りな」で返した。


 ちゃらんぽらんな杉田君と、堅物なごっちん。


 この2人も性格は正反対なのにどこかで繋がっているのだろう。


 その根底にあるものはやっぱり弾き語り部門であり、その歴史なんだと思う。

 そこにはいつまでも浸かっていたい心地よい過去もあるだろうし、皮膚に張り付くような冷たさを持った過去もある。

 でもどんな冷たい過去でも、心の中で温めておけばぬるま湯くらいにはなるのかもしれないし、触れられるくらいの温度を蓄えることが出来たら、その時はそっと掬ってあげたほうがいい。


 その色を、香りを、忘れないために。

 

 そして今がその時なんだろうな。


 そういうことでしょ、ごっちん。


 杉田君とごっちんが並んで座っている。

 テーブルを挟んで私が座っている。

 入口の方を見ていたごっちんが顔を上げた。その微妙な視線の変化に気付いた私は後ろを振り返る。


 小さな女の子がこっちを見ていた。

 

 仕事帰りなのか、白いシャツの上に紺のカーディガンを羽織っている。


 たまにメールで連絡は取っていた。でもなんとなく会えなかったのは、もう私と彼女の住む世界が違ってしまったと思っていたからだ。


 でも違った。

 

 そこに立つ彼女は、服装は違えど、お化粧の仕方が変われど、あの頃の彼女だった。


「加奈」


 私の声で、ポテトを睨みつけていた杉田君が顔を上げる。


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