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様々な表情を

 どうやったら俺たちの音楽を、より深みのあるものに変えられるか。

 俺――正方寺陽介せいほうじようすけは、常にそんな事を考えている。


 平の作る曲は素直にいい曲だと思う。

 ただ、いい曲だからこそ、2人の声と平のギターだけで音楽の形にすることは、かなりもったいない事のように思う。

 ならばいっそのこと、色んな楽器の仲間を集めバンド形式の音楽にすればいいんじゃないか、俺も最初はそう思った。でも平はそれが苦手らしい。

 平がもともと、あまり大勢の仲間とワイワイやれるような社交性を持ち合わせていないことも、理由の一つではあると思う。

 でももっと根本的な理由は別にある。

 音楽は『好きなときに好きな場所で弾く事が出来る』もの。

 平にはそういう拘りがあるからだ。


 特別な機材や、メンバーや、場所が確保されていなくとも、その身とギター一つで表現できる音楽、それが平にとっての音楽。

 アコースティックギターだけを相棒に、自宅の部屋で一人歌を唄っている音楽少年の姿が、あいつの根底にあるのだろう。

 そんな平がデュオという形式を選び、俺をその相方として選んだ。それはあいつにとって大きく踏み出した一歩であり、勇気と覚悟の決断なんだろうなと俺は思う。あくまで俺の予想だけど。

 だとしたら俺は、その覚悟に応えたい。

 

 この『2人』という形式で、平の曲を最大限に表現したい。


 なら、俺はどうしたらいい?

 

 それを色々と考えて、一つの結論に至った。


 歌を唄うときに空いているこの両手。この両手で色々な楽器が弾ければ、それだけ音楽の幅は広がる。

 考え抜いた挙句がこんな単純な結論だなんて、我ながら自分の馬鹿さ加減に笑えてくる。でもシンプルだからこそ、当たらずとも遠からずといった回答だと思う。


 一つの楽器を極めなくてもいい。


 ただ、その場にあるいろいろな楽器をほんの少しでも弾ける技術があれば、それだけで音楽の幅は広がってくる。そしてそれは平の望む『好きなときに好きな場所で弾く事が出来る音楽』にも合致する。


 手始めにタンバリンを叩いてみた。カスタネットやトライアングルを鳴らした事もある。歌の合間に鍵盤ハーモニカを弾いてみる事もあった。


 そのどれもが、曲に新たな表情を生み出してくれた。

 

 そして、今度の学祭では、鍵盤楽器――キーボードに挑戦してみようと思った。


 困難の先にある、2人の音楽の新たな表情を見たいから。


「俺に、ピアノを教えて欲しい」


 そう切り出した時、清里さんは呆気にとられた顔で「ピアノを教える?」とオウム返しに聞き返した。


「ああ、ほんの少しでいい、ピアノを、って言うか学祭でキーボードを弾きたいんだ」


 そう言って俺は自分の考えを伝えた。

 黙って聴いていた清里さんだったが、俺が話し終えると頬を緩めて「そういうことか、なるほどねー」と頷いた。


「みんな忙しい時期に悪いんだけどさ」


「ううん、いーよいーよ、あたしはさほど練習しなくても大丈夫だし、ギターやってるひまりに比べて暇っちゃ暇だから。まかせといて」


 そう言って強く胸を叩く。派手な柄のTシャツに隠れた自称巨乳が揺れて、俺はなんだか目のやり場に困った。


「でもさ」


 清里さんの目が急に鋭くなる。

 それは今まで見たことのない、真剣な表情だった。


「生半可な気持ちでやってたら、学祭までにピアノを弾けるようには絶対になれないからね」


 俺の背筋に電流が流れた。


 自然と姿勢を正す。


「正方寺くんの考えにあたしも賛成だから全然協力するよ。でも弾けるようになるならないは正方寺くんの努力次第だから。普通に考えて一ヶ月の練習じゃ到底人に聴かせられるレベルにはならないよ。ピアノは両手を別々に動かすんだから、最初はその感覚に慣れるだけでも時間が掛かるし」


 清里さんの言葉は胸に突き刺さった。


 俺は自分の浅はかさを感じた。清里さんや金谷さんがいとも容易くピアノを弾いているから、頑張れば何とかなるのではないかと心のどこかで思っていた。


 でも、そんなわけがない。


 彼女は、ガキだった俺が友達とゲームや鬼ごっこで遊んでいた頃から、ずっとピアノを弾いていたのだから。


 積み重ねてきたものが違いすぎる。


 そして自分の発言は、そんな彼女たちの積み重ねを軽視した発言だったのかもしれない。


 後悔の念で、清里さんを見ていた視線がテーブルへと落ちていく。

 空になったティーカップと皿が並んでいた。


「あ、別に怒ってるとかそんなんじゃないから、勘違いしないでね! あたし正方寺くんを応援したいし! この前の合宿の時だってその――」


 清里さんの大声で俺は顔を上げる。彼女は音のしそうなほどの勢いで被りを振ったあと、大げさな笑顔を作り、すぐに視線を逸らして照れた表情を浮かべる。


「あたし、正方寺くんに勇気付けられたから、そのお礼もしたいし」


 ころころ表情が変わるな、と俺は思った。

 そして女性ってこんなに表情を変える生き物なのだと初めて気付いた。

 

 俺の知っている女性は常に笑顔で、でも目は全く笑っていなくて、いかに周りから抜きん出ようかを考えている。皆一様にそんな顔をしていた。


 真面目な顔、笑った顔、照れた顔。


 目の前の女性は、そいつらと比べて、本当に色んな表情を見せてくれる。


「いや、こっちも軽い気持ちでお願いしちゃったかもしれない。でも、心を入れ替えるよ。本気で弾けるようになりたいから、改めて、教えてほしい」


 俺は頭を下げた。


 自分の中にある甘い見通しを破り捨てて、その上で真剣にピアノが弾ける事を望んだ。


「わわわ、わかったって、頭上げてよ、別に怒ってないっていったじゃん!」清里さんは慌てた様子で両手を前に出しぶんぶんと振る「でも、珠美センセイは厳しいからね」そう言ってわざとらしく偉そうな顔をした。


 また、新しい表情を見れた。


 俺がピアノを学ぶ事で、俺と平の音楽は新たな表情を見せるだろう。

 そんな期待に俺の胸は高鳴った。


 それと同時に、目の前でドヤ顔をしている女性の新たな表情が見れるんじゃないか――それを期待し願っている自分に気付いて、なんだかなぁって気分になる。


 俺も、平を心配してる場合じゃないのかもしれない。


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