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新入生歓迎会

 暗幕の影で相棒の第3弦を爪弾く。


 小さな音がボディを振るわせた。いつもと変わらないその音色に不思議な安心感を覚えつつ、隣に立つもう一人の相棒に目をやった。


 彼は片手を目の前に伸ばし開いた手を強く握っている。そこに漂っている「成功」の二文字を掴み取るかのように。


「やってやろう正方寺」ギターのボディを軽く叩いて僕は言う「僕たちのステージ、見せてやろう」


「ああ、見せてやろうじゃないか!」正方寺が片手を上げる。


「よっしゃぁ!」僕はその手を叩いた。


『次は軽音楽部弾き語り部門の発表です』


「いくぜえええ!」


「おうよ!」


 勢いに任せて僕たちはステージに飛び出した。

 会場の視線がこちらに向けられる。


「俺たちは弾き語り部門だ!」正方寺が叫ぶ「俺たちのステージを見てくれぇ!カモン、平!」


 その掛け声にあわせて僕はギターをかき鳴らす。その激しいストロークに促され、夢と希望のカクテルに酔った新入生数組が「ういーっ!」と拳を突き上げる。


 6本の弦が暴れまわる。

 その悲鳴にも似た響きをかき消すようにして僕は叫ぶ!


「うおおおおおおおおおおおおおお! 漫才やりまーす」


「って歌わないんかーい」


 会場は一気に凍りついた。



 * * * * * *


 

 それは1週間前の事だった。


「漫才にしようぜ!」新入生歓迎会の演目を決める席で杉田先輩が言い出した「普通に演奏したんじゃつまらないじゃん」


「いやいや、普通に演奏すべきですよ」僕は言う「だって弾き語り部門ですもの」


「没個性的だな平ちゃんは」杉田先輩は両手を広げてやれやれのポーズ「そんなんじゃ誰の記憶にも残らないよ? 記憶に残ってこその新入生勧誘だよ? そう思わない、ほーじくん」


「確かに…」正方寺は一人納得させられてしまった。


「そもそも誰がやるんですか。杉田先輩と五智先輩でやります?」


「私は、嫌だ」五智先輩がボソッと言う。


「だよな、ごっちん。俺だって嫌だよ。2年の二人でやってよ。台本は俺が書くからさ」杉田先輩が口を尖らせる。


「僕たちだって嫌ですよ。なぁ正方寺」


「俺、部のためならがんばりますよ!」


「やめてよがんばらないでよ僕が巻き添え食うから」


いつも通りグダグダしている弾き語り部門


「相変わらずグダクダだな、弾き語り部門の諸君」


 いつの間にか入り口の扉が開け放たれ、金髪の男が不敵な笑みを浮かべながら立っていた。軽音楽部の部長だ。周辺には取り巻きのサブカル系女子とロック系女子が数人、コバンザメみたいに貼り付いている。


「なんか用?」杉田先輩が言う。


「部長として、お前らの様子を見に来たのさ」腕を組んで扉の枠にもたれかかりながら上目遣いに僕たちを睨む。ちょっとした仕草がいちいちわざとらしいくらい決まっている「予想通り、ダサい発想の武道館ライブだぜ」しかし言っている意味はわからない。


 多分、バカにしに来ただけなのだろう。


「そんなこと言うなら、俺たちの発表も軽音楽部と一緒にしてくれたらいいじゃないですか」正方寺がもっともな意見を出す。


「そこの二人が勝手な真似をしなけりゃ、俺だってそうしているぜ」軽音楽部として発表した昨年、出番のなかった杉田先輩と五智先輩はステージの外で盛大な乳首相撲を繰り広げ、新入生の失笑をかっていた。

 恐らく今年の別発表は『え、弾き語り部? 何それ知らないよ? 勝手にやったんじゃない?』と真っ向から白を切るための布石なのだろう。


「まぁともかく」軽音楽部部長の咳払いで閑話休題「俺たちという美麗な花の香りに誘われて飛び立つであろうかわいらしい蝶達を、お前らのダサくて古臭い臭いで惑わせて欲しくないのさ」


「気をつけるよ」杉田先輩がニヤリと笑う。


「まぁ締め出されない程度に適当にやってくれたまえ」軽音楽部部長は踵を返す――と思いきやクルリとこちらを向く


「正方寺くん、君はここにいちゃいけない人間だ。気が向いたらいつでも軽音楽部に来てくれ」


「絶対いかないですよ」


 部長は困った顔で肩をすくめると扉を閉めた。


「で、何の話でしたっけ?」僕はため息をついて三人を見渡す。


「新入生歓迎会は、漫才に決定だ」ソファーに体を埋めた杉田先輩が組んだ手のひらを見つめている「なーに、悪いようにはしないさ。みんな、俺を信じろ!」


 珍しく気合の入った杉田先輩の言葉に、僕たち三人はただ頷くことしか出来なかった。



 * * * * * *



 ――信じなければよかった。


 僕と正方寺が放つ漫才という名の凍てつく波動が会場を包む。


 その氷点下の空気の中、新入生たちは肩を寄せ合い小さく震えながら、風雪のように吹き付ける言葉の天災を耐え忍んでいる。


 ある者はその場に崩れ落ち、かろうじて動ける者は静かにその場を立ち去った。


 彼らが自らの運命を呪い、ヒトに与えられし不可避なる原罪を絶望しはじめたころ、僕たちの漫才の幕が下りた。


 誰もが疲れ果てた顔をしていた。


 ただ一人、杉田先輩を除いては。


「いや、よかったと思う、私は、うん」部室に戻った僕たちを五智先輩が不器用な言葉で慰める「面白かった」


「いいですよ、もう……」僕は泣きたくなった。


「お役に立てず申し訳ないっす……」正方寺も肩を落としていた。


「いやいや、大成功だったよ!」杉田先輩が大げさな音をたてて堅あげポテトの袋を開けた「予想以上に破壊力だった!」


「下手な慰めはよしてください」僕は杉田先輩を睨む「全然盛り上がらなかったじゃないですか」


「いや、それがいいんだよ。それが」堅あげポテトをぼりぼりと咀嚼する「次に発表した部のやつら、氷点下まで落ち込んだ空気を盛り上げようとして、見事にスベってたもんね。あれは見ものだった」


「申し訳なかったです」正方寺がため息を吐く。


「あれじゃ、かわいいちょうちょも冬眠しちゃったんじゃない?」


「そうですね……ん、ちょうちょ?」


 僕は真面目に目を通してなかった歓迎会のプログラムを見る。弾き語り部門の次の発表は一組だけ。


『軽音楽部』


「あ――」僕は口をあんぐりと開けた。僕たちはこの為だけに、あの茶番劇を演じさせられたというのか?


「軽音部部長のスベってる姿、見たい?」杉田先輩がスマホを取り出しニヤリと笑う「イエーイとか叫んでるのに誰もノのってくれないの。お葬式にロックバンドが乱入したみたいな不自然さだったよ。あいたたたたー」


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