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限りある未来を

 熱せられたアスファルトに降り注ぐ夕立の匂いを纏った夏が、この町の空気や水、国道わきの緑地帯や水草が繁茂する小川や人の住んでいない寂れた民家の庭先にもゆっくりと染み入っていく。

 アパートに隣接する個人商店の外に据えられた自動販売機でオレンジジュースを買い、その場でプルタブを開けて一口飲み込むと、爽やかな酸味が夏の鮮やかな太陽と重なった。


 Tシャツにジャージ姿の僕は汗でずれる眼鏡を人差し指で持ち上げると、エアコンの設定温度を3℃下げた。数か月前は炬燵だった机の上には大学ノートが広げられている。


 新しい曲が作れそうな気がした。


 今まで作ってきたどの曲をも凌駕する、素晴らしくて最高の名曲が――


 僕は自分の中に潜んでいる感情と対話する。今自分が一体何を感じ、何に強く心を動かされているのか――霧の夜道を懐中電灯で照らすように模索していく。現在のことや将来のこと、先輩たちへの尊敬の気持ち、正方寺に対する親愛の気持ち、清里珠美さんは――よくわからない。

 そして、金谷ひまりさんへのこの気持ちは、一体何と言い現わしたらいいのだろうか。


 一言で言い現わせないからこそ、僕は詞を作り、曲を作る。

 遠く離れた親しい相手に手紙を書き綴るように、いくつもの言葉の集合体で一つの感情を形作ろうとする。

 それは心を作り上げるのと同じことだ。

 僕の中にある一つの感情を依代に、一つの心を形作っていく。それは一つの生命を作ることであり、一つの物語を作る事とも同義だと思う。

 遥か昔に神様と呼ばれる存在が行った事を、規模の違いはあれど僕は大学ノートの上で行っている。

 不思議な充実感がある。

 この世界を作り上げたといわれている存在も、こんな気持ちだったのだろうか。


 スマホの着信音が鳴る。


清里珠美『今夜どっか食べに行こうよ』

 

 会話アプリのグループトークに書き込みがされている。この前のライブの後、珠美さんに強引に勧められて登録したものだ。本来は正方寺を誘う事が目的だったみたいだけど、正方寺とひまりさんの勧めで最終的には僕を含む4人のグループになった。


正方寺『暇だし、いいよ』返信が吹き出しで表示される。


清里珠美『えー二人っきり?(ハート)』即座に返信がある。


金谷ひまり『残念、私も行くよ』浮かれ出した友人をたしなめる様にひまりさんの書き込みが続く。


平均『更に残念、僕も行くよ』僕はそう返信した。


 スマホをソファーの上に放り投げてふと思う。

 僕たちがこんな風な時間をすごせるのは、あと一体どれくらいの間なのだろうか。

 今という時間が無限ではなく有限であることを、僕たちはたまに忘れてしまいそうになる。

 夏休みの初日は夏がいつまでも続くような気がしていた。しかし夏休みの最終日にそれは幻想だと思い知る。

 そんな事を何度も何度も繰り返しているはずなのに、どうして僕たちは自分の存在が有限である事実を心に刻み込む事が出来ないのだろうか。


 セミの鳴き声が聴こえる。


 次々と地面から這い出しては一周間で死んでいくセミの姿に、僕は夏が永遠ではなく断続的な瞬間の積み重ねであることを実感する。


 セミの声が一つ止まった時、一つの夏が終わる。


 楽しまなくてはいけないな、そう思った。

 後悔を残してはいけないな、そうも思った。


 この限りある未来を――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言葉にならないから形にする。 言葉にできないから音にする。 そんなものかもしれませんね。 [気になる点] 1つだけ。 前回のやわらかな文体から、いきなりの難しい比喩表現。 ちょっとついてい…
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