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赤い春に君は泣く

作者: 青海老ハルヤ


 新たな延命者の出現について


 篝真奈かがりまな To自分




新たな延命者の出現が川越市にて確認された。

延命者は井黒康介(いぐろこうすけ)。男性57歲。職業その他の情報は添付した資料にて。


井黒康介(いぐろこうすけ) 男性 生年月日1963年8月25日

元仁井田証券の社員。12月に懲戒解雇される。現在は無職。

住所 埼玉県川越市脇田本町8-5。

現在一人暮らし。飼っていた犬は先日死んだ。左利き。


 今回も既に警察に届けを出してはいるが、一般人に見られないことには細心の注意をはらうこと。知っての通り万が一見られた場合、マニュアルに則って行動するように。

 近年確立された新たな癌の治療薬によって延命者の数が増加傾向にあることは承知のことだと思う。よって迅速に、かつ確実に延命者を殺するように。

 また、例によってこのメールを破棄し、他言も無用と銘記せよ。


ー〜ー



 ドスッ




 目の前で起きてることを私の脳は理解出来なかった。少なくとも、目の前の人間が死んだということしか分からなかった。



「佐々木、血はついてないし、家に帰った方がいい。もうすぐ警察が来る。その時までに帰らないなら殺すしかない。誰にも言わないでね」



 クラスメイトの探菜凛(さぐなりん)が話していることを少し遅れて理解した。だが立てない。



「腰が抜けたのか、まあそりゃそうだよな」



 手を取られて何とか立ち上がった。まだ足がガクガクする。



「ちょっと遠いけど、公園に行くぞ。どうせ警察があとはやってくれるし」




〜ー〜



 今までで一番長い時間をかけて公園に行った。ベンチに座ると凛が温かいお茶を買ってきてくれた。すすりながら心が落ち着くのを待った。


「本当ならな、俺は佐々木を殺さなきゃならない、でも無関係の人は殺したくないんだよ。それにクラスメイトだし」


 ダメだ。まだ理解できない。凛はそれを分かって話している。私が理解できないように。


「死にたくないだろ。俺も嫌だから」


 今まで勉強してこなかった自分を呪った。もっと私が頭良ければ今何をすべきなのか分かるのに。


「まあとりあえず、誰にも言わないでくれたら殺さないから。俺はもう帰るよ」


「待っ」


 もう凛はいなかった。その後しばらく私は動けなかった。



〜ー〜



 そこから、どうやって家に帰ったのか、全く覚えていない。家に帰ると、お母さんが台所から飛び出してきた。


「あぁ優奈ー良かったー大丈夫だったー」


「…なんかあったの?」


「いやね、さっきパトカーの音がしたと思ったら不審者が出たんですって。包丁持ってフラフラ歩いていたそうよ」


 背中がすうっと冷えた。確かあの男も。


「もうパトカーの音しないから捕まったのかしらね」


「…どうだろうね」


「もう本当に怖かったわよ全く。もし優奈が刺されたなんて言ったら」


「お母さんやめて──」


 遮るようにして言う。もし凛が来なかったら、



──私が死んでた。


「お風呂湧いてる? 入ってくる」


「……湧いてるわよ。ゆっくりしておいで」


 背中に聞きながら階段をかけ登った。少しでも止まればもう震えで動けなくなりそうだ。



ー〜ー



 お風呂に入ると、まだ続いていた微かな震えも収まってきた。

 やっぱり日本人だからかなーと呑気なこと考えて気を紛らわし、頭までお湯を被る。

 とりあえず状況の整理をすることにした。このまま分からないままはそれこそ怖い。どうせ忘れることなんか出来やしないのだ。


 私は塾の帰りに歩いていた。確かに暗い道ではあったが、人の通りも少ない訳ではなく、中学校の時には比較的安全だと思われる道として認識していた。人がいなくても不信感を覚えるほどでも無かったが。

 その途中で小太りの男が歩いていた。その時は不審者とは全く思わなかった。本当に普通の雰囲気だったからだ。

 すれ違った時、ちらっと見られた気がしたがそこも大したことないと思った。そんなこといちいち気にしてられない。

 そうして普通に通りすぎた直後、ドスッという音が聞こえてきた。振り向くと、その男はこちらを向いていて、左手に包丁を持っていた。だが、その時はそれ以上に衝撃があったため気にすることは出来なかった。

 後ろから刺されたらしい。血はほとんどこちらに飛んでこなかった。悲鳴のような声を少しだけあげるとすぐに倒れた。心臓でもやったのかほとんど一瞬のことだった。



 まずい。吐き気。やばい。これトラウマってやつだ。急いで湯船から上がり、冷たいシャワーを浴びた。まるで水でなにかかが洗い流されたように一瞬で正気に戻った。夏とはいえ体がすぐに冷えきり、だがそのまま浴び続ける。



「……ハァ……ハァ、ハー……」


 いつの間にか息も荒くなっていたようだ。深呼吸してふたたび湯船に浸かる。暖かいお湯はまた私をゆっくり温め始めた。


 男は私の方に倒れてきた。腰が抜けた私から見ると、倒れたその後ろから凛が現れた。その直前まではいなかったはずなのに。その手にはこれで本当に人を殺せるのか、何も知らない私でも疑問に思うほど小さな刃物が握られていた。そのあと凛に連れられ公園に行ったのだ。


 あれは、私を守るために殺したのか。いや違う。あとは警察があとはやってくれるし。と凛は言った。つまり、警察に殺しを容認されているということなのか。


 そろそろのぼせてきた。普段はあまり使わない脳をフル回転させているせいか、1度体を冷やしたというのに頭がクラクラする。トラウマも少しあるのかもしれない。とりあえず上がろう。そしてもう寝よう。今までの人生で1番疲れた。この日私は初めて薬を飲むのを忘れてしまった。



〜ー〜



 次の日、私はトラウマに早くも苦しめられていた。

 凛と話せない。そもそも顔を見れない。そんなこと恋以外にあるのか、と他人の話だったら突っ込んでいるかもしれない。

 とにかく怖い。もし下手なこと言ったら殺されるかもしれない。知らないことは罪だなんて冗談じゃない。知ることこそ罪だ、あまりにも辛い。今までの純粋がどれだけ幸せだったのか、嫌という程思い知った。大人が子供に戻りたい理由を少しわかった気がして、その夜は眠れなかった。


 ある日、授業中に泣き出してしまった。自分では気づかなかったが、普段落ち着いてる先生がすごい慌てた顔で、「どうした佐々木ぃ!」という声に、え? となり、初めて自分が泣いているのに気づいた。結局その日は早退し、次の日も休んだ。



〜ー〜



「優奈ぁ。ご飯何食べたいー?」



「……なんでもいい」


「分かったー」


 くっそ。お母さん優しすぎか、聞きたいことは沢山あるだろうに。思わず少しだけ涙が出た。涙脆くなってるのかもしれない。



「そういやあんた、こないだの不審者が殺されてたってやつ。あのー田中さんちのお子さん警察官じゃん。その人から聞いたんだけど、まだ犯人捕まってないんだってー。怖いねぇ」


「こないだの事件って?」


 言ってる途中に思い出した。凛に殺された、ということだけを重要視してきたから、不審者って言うことを忘れていた。


「あれよあれ。あのーあれよ。あれがやられたってやつ」


「……うん。何言ってるのか分かんないけど思い出したわ」


「あはははそりゃ伝わんないわよねぇ。あれだけじゃねぇ」


 思わず笑ったが、良く考えればそれは、警察もその存在を知らないっていうことだ。そして、警察をも欺くほど凛の手口は巧妙だということ。なんだそれ。もっと多くの人も殺しているのか。


 いつの間にか静かになっている私に、お母さんは「なんかあったら言ってね」とだけ言って笑った。


〜ー〜


 ご飯を食べ終わったら今までの事を全部ノートに書くことにした。もし私が死んだら警察に凛を調べてもらうために。死にたくないからの保険でもある。それを書き終えたら軽く調べ物をしてそれも書き加える。今どき本当にスマホは便利だ。薬を飲んで、制服の準備。もう午後だし今から行ったら確実に6時間目も終わる。ホームルームが終わるまでに着くか。


「お母さん! ちょっと学校行ってくる!」


「あらー大丈夫なの?まあなんか大丈夫そうだけど」


 うーんそれは心配してないってことなのかな? それとも信頼してるってことなのかな? とどうでもいいこと考えながら自転車に乗り込む。今までで1番早く風が後ろに流れていった気がした。



〜ー〜


 部活始まる前に着いた。凛は部活入ってないからもう帰ってしまったかもしれない。ダッシュで自分のクラスに突っ込む。


「おっ佐々木! 大丈夫なのか?」


「大丈夫です! それより凛はいますか!?」


「なんで探菜? まあいいや。確か漢検の申し込みで職員室行くって言ってたぞ。今日他にもいるだろうから、多分まだいるんじゃないか?」


「ありがとうございます!」


 ダッシュで階段を降りる。降りる時の2段飛ばしはちょっと怖いが、それよりも凛だ。早く聞かないと。


 職員室前はすごい列が出来ていた。うちの学校はこういうのに熱心で、毎回すごい参加者が出る。どっかの教室でやればいいのに、と思う。


 今はそんなことどうでもいい。凛はどこだ。居た。もうそろそろ番か。あとちょっと、……。


 全部書き終えたようだ。心臓がバクバクする。やばい。


でも──



「凛!」


「ん? 佐々木。今日休みじゃ」


「とりあえずそれも含めて話すから!」



 無理やり引っ張って人気のないところに行く。雰囲気的に屋上に行く流れだが、あいにくうちの学校は屋上を使えない。むしろ今どき使える学校なんてないと思う。とりあえず階段の後ろの物置の前に行く。


「で、何」


「あんたって何者よ」


 さすがに返答に困っているようだった。思い切って最後まで言う。


「あんた警察が何とかしてくれるって言ったわよね。でも警察からはあの殺人事件が解決したとは言ってない。そもそも私が調べた限りではあの殺人事件は公開されていない。どういうことなの」


「うーんなんていえばいいんだろ。別に俺は化け物じゃねえぞ」


「あんたの話からして、あんたは何かしら後ろに着いてるんじゃないの? 暴力団とか?」


「本当に死ぬか?」


やっぱり。これは肯定だ。


「私はもう全部ノートに書いてきた。私が死んだら遺品整理するでしょ。そうなったら警察は動く……え?」


 人が真面目に話してんのに凛はキョトンとして、それから笑い始めた。いやなんでよ。


「佐々木っておもしれえな。あれか、俺の話から警察が俺に目星をつけないほど俺が巧妙に殺ったとか思ってるのか。」


「……違うの?」


「いやいやないない。そんなに警察は無能じゃないよ」


「じゃあなんであんた捕まんないのよ」


「……やべ。」


 こいつも大概馬鹿だ。勉強は出来るくせに、私が言うのもなんだけど、思ってたよりも計算高くない。


「で、どうなのよ」


 顔を近づけて追い詰める。さあ、吐け。


「言って!」


「付き合ってください」






…………ん?






「え? は? え? 何? え?」


「付き合ってください」





「……は?」








〜ー〜



 そのあとは言われるがままに家に帰った。「とりあえず家に帰って考えてみて」と言われたが、私の脳は完全にオーバーヒートしてしまい、もうそのあと何があったか覚えていない。


「夜ご飯、何食べたい?」


「……お母さん、お風呂湧いてる?」


「……うん、湧いてるけど、大丈夫?」


「…ある意味、さっきより大丈夫じゃない」


「あらそう。まあなんか大丈夫そうだし、今日は腕を振るいますかね。あっ上にパジャマ干してるからそのまま持ってきちゃって。バスタオルはあるはずだから」


〜ー〜


 シャワーからめっちゃ冷たい水を出して頭を冷やす。今測ったら間違いなく38度いってる。絶対いってる。


 急に付き合って、なんて、どういうこと? え? 凛は私の事好きだってこと?


 ふたたびオーバーヒートしかけた私の脳を強制的に冷やしてくれる水のおかげで何とか冷静を、いや既に冷静では無いけど、何とか理性を保っている。

 元から別に仲良いわけじゃないし、てかそもそもあいつ殺人鬼よ! と思ったところで思い出した。あいつ、私の質問に答えてない。


……そうか。


「やられたぁ」


 間違いない。話をそらすためだけに言ったんだ。確かにめっちゃ効果てきめんだったけど!

 ちっくしょう。明日本気で殴ってやろうか。そう思った直後、とんでもない考えがひとつ浮かんだ。


§


「は?」


 いつもなら1件しか無いはずのメールに2件届いている。しかもこれは佐々木からだ。もう一個の方は内容はしれているし、出来れば後にしたいものだ。


「えーと件名は……」


『告白の回答について』


『さっきの告白、OKということで。よろしく』






……え……????






「は、はああああ!?」


 ど、どうしようか……。自分から言っといて撤回ってのも意味わからんないし、まさか本当に付き合うなんて思ってもみなかった。

 そもそも、自分があの時から怖がらせているのは分かっていた。でもどうしようもない。それを止めるには自分の正体を明かさなければならないから。もしくは、殺すか。

 佐々木が誰にも言わないよう少し怖がらせた。かなり馬鹿だし、大丈夫だろうと思っていたのに。


「まさかなぁ」


 溜息をつきながらメールを閉じる。もうこうなったらやけくそだ。絶対に俺は口を割らないようにしよう。絶対それを狙っている。

 そこでもうひとつメールが来ているのに再び気づいた。というか忘れていた。さっきより深い溜息をつく。

 あのメールだ。今週は誰だ。黒いショルダーバッグをつけてドアを開ける。もうそこに佐島凛はいなかった。


〜ー〜


 今日の延命者はもとから殺し屋か何かに狙われていたらしく、少し面倒だった。まさか用心棒を雇っているなんて、もうひたすらにめんどくさい。

 帰ってきてさっきのメールに返信しようと思ったらまた1件。嫌な予感しかしない。


『週末の予定』


「……。」


 まだこっちからなんも送っていないのに付き合ってることにされてる……。

 心のなかで思わず突っ込んだが、そもそもは俺が先に告白したんだから当然といえば当然だ。今日何度目かのため息を着いて、無理やり返信の内容を考えた。そこでも一悶着はあったが、なんやかんやあったあと早くも結局映画を見に行くことになった。


〜ー〜


「お待たせー」


 念の為だが待ち合わせの時間ピッタリに着いた。なのにこいつときたら。


「1時間。何してたの?」


「ごめん! 寝坊した!」


 いっそ清々しい。何? 俺最初に怖がらせたのってもうなんともないの?


「もう映画始まって30分だぞ? どうすんだ。これ次4時間後だぞ?」


「何か別の見よー。何やってるの? 今」 


「知るかよ。自分で見てこい」


「あんたも見るんだから来なさい」


「佐々木が遅れたんだろうが!」


 そうして任せた結果、選ばれたのはゴリゴリの恋愛系。完全にお涙頂戴みたいな、全く興味のないジャンルを見ることになってしまった。は? となったが後の祭り。優奈に任せた自分を心の中でぶん殴りつつチケットを買った。


ー〜ー


 佐々木は一応楽しんでいるようだ。いやだからどうって言うことはないが。

 周りもカップルだらけだ。よく男がこんなものにずっと集中できるねぇ、なんて。


 そんなことを考えてたせいかいつの間にか佐々木を見ている自分をまた思いっきり殴り、無理やり映画に集中した。もし後で話を聞かれたら面倒だ。


§


 やっぱり別のにすればよかった。出ている俳優が好きで前から見たいと思っていたが、凛と見るって言うのはどうしても気になる。恋愛ものをチョイスした10分前の自分を殴りたい。

 凛は意外と見ている。いや、本当にそうなのかはわかんないしどうでもいいんだけど。

 とりあえずこの映画に集中しよう。いやでも隣にいるのは殺人鬼なのかもしれなくて、そんで、あれ? なんで私今映画見てるんだ?あ、そか、みたいなことをずっと考えていたら、いつの間にか画面にはエピローグが流れていた。


「あー面白かった」


 まさかあんたが言うとは思わなかったよ。と言いかけて辞める。なんだろう。言ったら何かに負ける気がする。


「特にさあ、主人公が賭けに負けたシーンとかやばくない?」


 いやーやめてー覚えてないのー!


「そうだねー、とりあえず喉乾いた」


「そうだな。あれ行くか、なんだっけ。スナバ?」


「……スタバ。それ鳥取。」


「あそっか。てかそうなんだ。」


 なんか勝った気分。してやったり。前に家族で旅行に行って知った知識だ。少し虚しいのは知らない。


「何頼む?」


「うーんじゃあドリップコーヒーで」


「じゃあ私もそれにしちゃおうかな」


§


 やばい。俺、ブラック飲めない。コーヒーにしたのはなんとなくこいつ飲めないだろうなー別の頼むだろうなーと思って、なんかのすきにこっそり砂糖入れようと思っていた。だがまさか佐々木もドリップコーヒーだとは。もし佐々木がブラックで飲みきったなら、たとえ知られてなくても俺の負け。くっそ、どうしよう。

 まあなんとかなるだろ、そう思ったのは明らかに楽観しすぎた。やっぱり苦い。

 せめて顔に出さないようにしなければ。そう思った直後、佐々木はすごい顔をして砂糖を取りに行った。


§


 苦い苦い苦い。こんなにブラックって苦いんだ。いつもは砂糖とミルクを1杯ずつ全部入れる。そうじゃないと飲めない。じゃあコーヒー頼むなよって過去の自分に言いたい。

 一口飲んでさらに追加しようと立ち上がった。口がもう苦いからひとつじゃ足りない。すると、凛が急にすごい顔になった。ん?と思ったら猛ダッシュで私の前を通りすぎる。そっちにはトイレはない。つまり……。


「にっっっっが!」


 もう涙目になるくらいに我慢していたようだ。辛いので泣くのはまあ聞くが、コーヒー飲んで泣くとは。

 コーヒーに砂糖を3杯ぶちまけ、涙を軽く拭きながら混ぜまくっているのを見ると、思わず笑いが込み上げてきた。なんだ。ただの子供じゃん。

 にやにやしている私に気づかないまま凛はコーヒーを口に運んだ。すっごいほっとした顔をしている。と、私の顔に気づいたみたいで変な顔のまま凍りついた。


「やっぱり飲めないんじゃーん」


「うるせえな。そっちだって飲めないだろうが」


「私女だもん」


「絶対関係ねえ。そんなもんあってたまるか」


 フンッと鼻息を荒く鳴らし、凛はコーヒーをまた啜った。


 ──ああ、大丈夫だ。私は絶対殺されない。そんな根拠の無い確信が生まれたのもしょうがないことだと思う。


§


「もう遅いし、帰ろっか。また来週カラオケでも行こ」


「はいはい。もうお好きなように」


「……つまんなかった?」


 うっわ。ずっる。いや待て。違う違う。


「いや、別につまらなかったわけじゃねえよ」


「もー何その言い方。全く。素直になりなさいよ」


「だーもう帰る! また月曜な!」


 超ダッシュで曲がり角を曲がる。ボロボロの自転車がすごく嫌な悲鳴を出した。


§


「はあ、声枯れたけど楽しかったー」


「マジで?俺やっぱ乗んなきゃ良かった。ちょっと吐きそう」


「まさか凛がジェットコースターダメだとはねぇ。あ! じゃあコーヒーカップ乗ろうよ! あれ!」


「嘘だろ!? 俺ほんと吐くよお!?」


 あれから3ヶ月経つが、未だに凛は自分のことを漏らしてくれない。まあ普通に楽しんでいるからかもしれないが。


「待って……あれは無理だって……。とりあえず休もうぜ……」


「なーに言ってんの。時間ないの分かってるでしょ?あと2時間しか遊べないんだから、もっとシャキッとしなさい!」


「……あと2時間もあるの〜? 無理だって。俺死んじゃう……」


「体育5が何言ってんのよ。私なんて3よ! 練習だとできたのに本番に限ってミスするんだから、私」


「……誇ることじゃねえだろ。全く」


「おっけ。そのくらい突っ込める体力あんなら大丈夫ね。よし!」


「なーにがよしなんだ。もういいよ行くよぉ!」


「わーい凛大好きー」


「やかましい! あーもう…あぁぁぁ」



 とりあえずちょっと膝がガクガクしている凛を無理やり立たせてコーヒーカップの列に並ぶ。


 20分後、心身ともに疲弊した凛は完全に魂が抜けた顔でベンチに座っていた。


「いや、逆に何がそんなにあんたの体力奪ったのよ」


「…俺そもそも乗り物自体ダメなんだよ。遊園地とかちょっとしたトラウマタウンだったりする」


「よく来ようと思ったわね。言ってくれればさすがにやめたのに」 


「いやぁ、トラウマ克服出来てるかなーとか思ってたし」


「トラウマ、ねぇ……」


 私自身あの事件のトラウマは残っているから分かる。想像以上にやばかった。嘘みたいだけど、今でもトマトスープはちょっと食べづらいし、刑事ドラマとか血が出て来るのはダメだった。最近のドラマの血は昔に比べてかなりリアルだし。

 そう考えると、私は凛に結構なダメージを与えてしまったのかもしれない。


「ねえ凜、もしか」して。

 言わせてくれなかった。


 急に凜の顔が変わった。スマホを食い入るように見つめている。


「ごめん優奈! 俺ちょっと帰んなくちゃ! また明日!」


「えっ?うん。また明日……」


 明らかに普段と違う行動。もしかしてあの事件が関わっているかもしれない。でも、どこに行ったのかも分からないから何もしようがない。仕方ない。


「あと1時間1人で遊ぶかぁ」


〜ー〜


 上司から集合がかかった。元からの出社日以外でここに来ることはない。


 パッと見普通の人材派遣会社だがその実態は裏の公安系公務員の役所のひとつだ。国家公安委員会の隠された特別機関といういわば警察の兄弟的な組織で、その仕事内容から組織ひいてはそこで働く職員は死神と自ら名乗っている。その仕事は寿命を超えた延命者と呼ばれる人々を殺すこと。寿命とはゲームで言う時間制限のようなもので、それまで生き続けないことはあるが、それを超えることは無いはずだった。


 しかし、近年の医療の発達によって寿命を超えて生き続ける人が出てきてしまった。その人々は悪気なく世界のバランスを崩してしまう。そこで国はそのような人々を輪廻に戻す存在として死神と呼ばれる裏の存在を作り上げた。寿命は誰がどうやって知っているのかは凛の立場からは分からない。

 入って右にあるトイレの中に隠し扉があり、そこを通って入っていく。他にもたくさんの通路があり、どれががバレたとしても部外者は絶対に入れない仕組みになっている。


 やっと通路を終えた。部屋に入り、目の前にいる恩人兼上司に挨拶する。


「ご無沙汰してます」


「よく来たわね。とりあえず座って」


 ソファーに腰掛けると篝から1枚の紙を手渡された。


「あなたの成績は死神の中に入れてもかなり上位にいるわ。もう研修期間は終えても良さそうね」


「……分かりました。ありがとうございます」


「ただ、この3ヶ月微妙に成績が落ちてる。なんか私生活であった?まあ誤差とも言えるくらいちいさな差だけど」


「いえ…特に何も」


 ダメだ。やっぱりこの人は分かっている。直感的に感じる。

 

「そう……ならいいんだけど」


 くっそ白々しい。これで優奈に何かあったら。


「要件はそれだけですか?」


「ええ、あそうだ。次の延命者の資料渡しちゃうね。いちいちメールで送るのめんどくさいし」


 ふたたび一枚の紙が手渡された。そこには見覚えのある顔と名前が書いてあった。


「なっ」


「やっぱりこの子か」


 偶然にしては出来すぎてる。思わず篝を睨んだ。


「本当にこれあってるんですか? こいつまだ16ですよ」


「今年彼女は17になる。一昔ならとっくに大人。それはともかく、寿命は若いからって来ないとは限らないのは、あなたもよく知ってるでしょう?」


「……。」


 思わず唇を噛んだ。ダメだ。この人には勝てない。どうすれば。


「諦めなさい。これはあなたがやること。1人前になる儀式と言ったところね。今すぐやってもらえるかしら。ここに彼女を呼び出して」


§


 本当にたまたまではあった。佐々木優奈はがんだった。だが、新たな治療薬によってその薬を飲み続ければ、完璧に治ることは無いががん細胞が増殖するのを抑えることが出来る。副作用も強くなく通常の生活を送ることができる。


 その結果、寿命を超えてしまった、ということだ。


 私は鬼だろう。凛はそもそも死神自体を恨んでいる。それでも私は凛を成長させなければならない。


§


「凛? どうしたの?」


 観覧車に乗っていたら急にスマホがなってびっくりした。高所恐怖症ではないからガラス張りのゴンドラに乗ってみたのだが、思ったより怖くて鉄の手すりに捕まっていた。そんな時に急にスマホが振動したものだから、思わず変な声が出てしまった。


「いや、ちょっと急用があってさ。ちょっとこっち来てもらっていい?」


「いや、いいけどどこよ。まだ遊園地にいるんだけど」


「ああ、その出口から自転車で30分くらいのところにある。地図送っとくからそれ見て」


「分かった。それで、」プッ。プープープー。


「最後まで話を聞けよ…」


 そのツッコミは虚しくも観覧車の外に届くことはなかった。


§


「……これでいいんですか?」


「とりあえずいいわ。なんかいつもよりカタコトに聞こえたけど、電話じゃ分かんないでしょう。ここ電波悪いし」


 エレベーターで屋上に上がりながら電話した。なんで屋上なのかは分からない。見つかる危険性も高い。


「なんで屋上なんですか?」


「ん? だって掃除が楽でしょう。普段使ってないからあとからバレる心配もない」


 嘘つけ。


「屋上は周りな建物より高いとはいえ、ヘリコプターでも飛んでたらアウトじゃないですか」


「大丈夫。今日この後5時までこの上空には何も飛ばない。さっき調べた」


 クソッタレ。さすがに2時間足止めすることは出来ない。


「篝さん。なんで優奈を」


「あれは本当よ。流石に。本当に昨日延命者ということが判明した。そして調べてあなたとの関係が分かったったてだけ」


 ちくしょう。なんで。


「彼女はがんよ。胃がんね。まあ薬飲んでたからそりゃあ分からないんだけど」


 言葉を失った。あの治療薬が完成してからそのケースは年々増加している。

 それでも、なんで彼女が、という思いは捨てきれなかった。


§


 いや、なんでこんな会社に集合したわけ?

 とりあえず下に着いたものの、ただの会社にしか見えない。ここに何があるって言うんだ。

 とりあえず凛に電話する。


「凛? 着いたんだけど、どうするの?」


「じゃあ、会社に入って右にあるエレベーターに乗って屋上まで来て」


「えー!? 分かったけど、大丈夫なの?」


「……ああ、ここは知り合いの会社なんだけど、使いたいって言ったら屋上だけ貸してくれた」


「なんで屋上なのよ。てか何するの? 聞いてないんだけど」


「とりあえず上に来て。上で話すから」


 なんだろう。もしかして私殺される? いや、凛は大丈夫だろう。


 エレベーターに乗りながら、今までの経緯を思い出す。そしてあの時の殺人事件のバックの存在を思い出した。

 もし暴力団とか、やばい連中だったら。しかも警察はきっと動けない。


 もしかしてこれ、私死んだ?


 屋上に着いた。そこには鉄柵すらなく、すぐ近くで室外機のデッカイのみたいなやつがゴウゴウなっている。


「優奈」


 凛の声がした。でも姿は見えない。


「凛! どこにいるのよ!」


「……」



 答えがない。



「何? 私を殺すの? あの事件を見たから? それともなんかあるの?」


「……知る必要ねぇだろ。この後死ぬんだから」


「なんでよ。死ぬならそれこそ知りたいよ」


「ごめんねお嬢ちゃん。教えてあげるわ」


 知らない声がした。でも同様に姿は見えない。


「私たちはね、簡単に言えば死神なのよ、人間だけど。延命者っていうね、寿命までに死ぬはずだったのにそれを超えて生き続けている人を本来の輪廻に戻す役割なの」


 意味が分からない。延命者?


「延命者はそこに存在するだけで世界のバランスを崩してしまう。第二次世界大戦もその影響だったらしいわ。だから私たちはそれを止めるために延命者を殺している」


「……なんで」


「今言ったじゃない。ああそうか、私たち死神って国の機関のひとつなのよ。さしずめ警察の兄弟ってとこね」


 国がやってるのか。しかも警察と同じような組織。それなら死神の人たちが捕まらないのも説明できる。


「……凛は!」


「いるわよ。でも凛はまだあなたを殺す覚悟がないようでね。あなたを殺せたらもう凛は1人前なんだけどさ」


§


 ダメだ。手が動かない。今まで数十人も殺してきたのに。なんで。


クソッ。


「篝さんもういいっす」


「準備できた? はい、じゃあ任せる」


 おそらく思っていた方向と逆だったのだろう。俺から見える背中は小さい。


 途端に何故か涙が出てきた。優奈もこちらに気づいたが、それでも止められなかった。


「優奈……」


「凛。もうこの仕事辞めなよ。別にいいよ私は殺されても。でもあんたはこれ以上続けたら壊れるよ。きっと。あの女の人からすれば成長なんだろうけど、私から見れば凛が私を殺せば凛はもう人を殺すことに慣れきってしまうのは狂うのと変わらないよ。自分を捨ててまでやりたいことなの?これが。私はそうは見えないよ。あんたは普通の高校生だって」


 ダメだ。もう涙が止まらない。


「俺な。死神の1人に親を殺されたんだ。それを目の前で見たんだ。小5の時。それで本当は殺されるはずだったんだけど、死神になることを条件に生かしてもらって、篝さんに引き取られた。偉くなって延命者について世間に公表したりとかして、もうこんなことにならないようにするつもりだったんだよ」


 初めて他人にこれを打ち明けた。篝が聞いているのなんてどうでもいい。優奈に何をすべきか教えて欲しかった。


「てか優奈ってがんだったんだな。まああの薬のおかげでほとんど不便は感じないんだろうけどさ」


「もしかして私それで……」


「そう。そうなんだよ。なんであんな薬出来ちゃったんだよ。なんで飲んじゃったんだよ」


 もうダメだ。感情の制限が聞かない。もう言ってることが完全に当てつけだ。


「なんで優奈が延命者なんだよ。なんで優奈ががんなんだよ。そんなことならいっそ」


 これ以上先は言わせてくれなかった。6年ぶりに抱きしめられた。


「私は凛に会えて良かったよ。最初のうちは凛に殺されないかソワソワしながら凛が何か漏らすかずっと気を張っていたけど、途中からはただただ楽しかった」


 さっきまで言っていたことはつまり俺に会う前に優奈がが死ねば良かったと言ってるようなものだったことに気づいた。なんて酷いことを。


「ごめん」


 彼女は明るい顔で笑った。思わず泣きながら笑顔になれた。


 と、優奈は急に顔を下げた。どうした? と思ったが、すぐに俺も恥ずかしくなった。


「と、とりあえず離れない?ちょっと恥ずい」


「う、うん。そうだね」


 さっきとは違うドキドキが収まらない。しかし、合理的な上司はそれを永遠に許してくれるわけではなかった。


「凛! イチャイチャしたいのはわかるけど相手は延命者だよ。覚えてるわよね」


 一瞬で頭が冷えた。くそ、どうすれば。


「どうしても無駄。優奈は今日この場で死ななければならないのは変わらない。凛が殺せなくても私が殺す。それでいいの? 自分の成長のためにもあんたは自分の力で殺しなさい。延命者を救おうだなんて考えている死神は他にいないよ。もしそれを成し遂げたいなら今この場で甘い自分を捨てなさい」


 夢か、優奈のお願いを守るか。どちらにせよ優奈を生かすことはこの人の前では不可能。


どうすれば。


「篝さん、で合ってましたっけ?」


 突然、優奈が声を上げた。


「……合ってるけど」


「篝さん。あなたは死神になって本当に幸せですか?」


「いえ全く。むしろこれほど嫌な職業はないわ。でもね、私たちは殺しをしなければならないの。そうじゃないと国が壊れてしまう。だからこの仕事に誇りを持っているのは間違いないわ」


「じゃあなんで凛にやらせようとしているのですか?」


「出来るだけ優秀な人を集めたいから。普通の会社と一緒よ」


「あなたは自分を捨てたことに後悔してないんですか?」


「してないわ。私は生半可な覚悟でここに入ったわけじゃないし、その誇りは何事にも変え難い財産よ」


「その覚悟を、逆に言えば自分を捨てる儀式として凛に私を殺させるということですか?」


「そういうことよ」



「なら、」


 優奈は屋上ギリギリまで行った。手すりはあるもののかなり低く、効果があるようには見えない。


 まさか。


「やめろ! 優奈!」


「私が今ここで自殺すれば凛は1人前にはなれませんよね」


「もちろんそんなことは無いわ。別に他にももっと殺し続ければいずれ1人前になるでしょう」


「心を殺すっていうのは1人前になったってことじゃないわよ! 死ぬってあんたが思ってるほど軽くない。そして、心を殺すって死ぬのと同じくらい重い! その人の心はもっとかけがえのないもののはずよ!」


「だから世界は滅んでもいいって?」


 思わず口をつぐむ優奈に篝はさらに追い打ちをかける。


「延命者はそもそも人としてカウントしないわ。死神は。輪廻から外れてしまった魂を元に戻す。これが死神の仕事。そして、凛は小さい頃から私が訓練してきた。優秀な死神になるでしょう。そうなれば世界のバランスをより取れるようになるわ。もちろん凛だけでここまでの差は開かないとしても、その事例をつくってしまえばこの先死神は立ちいかなくなる。もし延命者を放置して第三次世界大戦が起きたらどうする?人類滅亡は間違いなくないわ。もちろん急にそれがすぐに起きる訳でもないけど、世界は少しずつあるべき姿から遠ざかっていくわ。それでもあなたはそうやって批判し続けられる?」


 優奈は何も答えない。


「私には凛を死神として成長させる義務がある。凛。早く彼女を殺しなさい。これからの世界のために。分かってるわね」


「少なくとも凛に私は殺させないわ。死んだあとの世界なんてもう私はどうでもいい。凛は死なせない」


「やめろ!」


 決心した表情に俺はもうそれしか言えない。それがとてつもなく悔しい。


「凛。生きてね」


 そう言うと彼女は後ろに向かって倒れた。俺は咄嗟に手を伸ばした。













             fin.

感想、評価など、よろしくお願いします!

今後これを元に長編を作る予定ですので、こうしたらいいとかも是非お願い致しますm(*_ _)m

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[一言] 読ませていただきました!改行のせいか、ぽつりぽつりとお話がある感じで、アンダーグラウンドの演劇のオムニバスを見たような感覚で、個人的に懐かしかったです。 こういう書き方をすることで効果が変わ…
[良い点] 拝読しました。 本来の寿命を越えて生き続けるものを殺害していく国家的な機関、という設定は面白いですね。 文章もかなり読みやすく書かれていると思いました。 短編というより連載を視野に入れた冒…
[良い点] 短編はあまり好んで読まないのですが、この物語で短編の良さというものを理解できた気がしました。個人的に特に物語の構成が素晴らしいと思いました。物語の見せ方が上手いです。この様な、読んでいて飽…
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