BARのカウンターで怪談話を
真夏の深夜ということで。
「どうぞ、ラフロイグのストレートシングルあとチェイサーです。」
「ありがとう。君も何か飲みなよ。」
「ありがとうございます。では同じものをいただきますね。」
今接客しているお客様は、パチンコの社長をされている名前は橘さん。自分がここのBARに勤めてから早2年の間ほぼ毎日のように朝6時位までお酒を飲み続ける中々の酒豪の常連さんだ。
橘さんは自分がお酒を飲まれる際、カウンターの店員にもお酒を勧めてくるので、お店には結構な額を落としてくれる。いわゆる太客といったところか。
今日も橘さんのお酒を飲むペースに合わせながら自分もお酒を飲ませてもらっている。
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「8月になった事だし、少し涼しむ意味で怪談話をしないかい?」
軽く酔いも入り出した頃に橘さんは怪談話を持ちだしてきた。勿論話すのは橘さんだ。自分は語るよりも聞き手に回る方が得意なのだ。
橘さんの話は自分が体験したこと、働いてる所のバイトの子が体験したこととほとんどが実体験の話だった。
印象深かったものとしては
借りた1DKのアパートの入り口の扉がどうにも開閉し辛い、まぁ築数10年と古い所だからと仕方ないかと思っていたら、夜中にドアノブで首を絞めて死んだ男性の霊が現れた話。
寝てると髪の長い女性霊が跨ってきて首を絞めてくる話。
深夜になると壁や屋根をバンバンと叩き続ける話。
この三つだろうか。あとはパチンコ店で起こった心霊話など橘さんは数多くのネタを持っていた。
「ふぅ、私の持っている話としてはこんなものかな。良かったら君も怖い話とかあったら聞かせてくれないか?」
「自分ですか?そうですね…自分は霊を信じてないわけではないんですが、あいにく霊感というものが無くてですね霊を見たことがないものですから、怪談話というものを持ってないんですよ……あっでも、一つだけ不思議な話がありますね。…実はこの間自分、住んでたアパートから別の所に引っ越したんですよ。」
「へぇ…不思議な話ということは、前のアパートで何か心霊体験に遭遇とか?」
「いえいえ、怪談話じゃないですってば、その自分の住んでた部屋でね当時の彼女が首を絞められて死んだんですよ。自分がここで働いてる時間帯に。」
「えっ!?そうなの!?それはまた、なんて言ったらいいか…犯人とか捕まったの?」
「いえ犯人は分からず仕舞いですね。死因が首締めというのは分かったのですが、それ以外の証拠は一切見当たらず警察もお手上げ状態と言った所でしょうか。そして自分もそんな人が死んだ場所だと気持ち悪くて引っ越したんですよ。」
「気持ち悪いっていうのは随分な言い方だけど、あまり仲良くなかったのかい?彼女さんとは?」
「そうですね…実をいうとですね、その子、前から自分にストーカーを働いていた子なんですよ。」
「ストーカー?」
「はい。最初の告白を断ってからイタズラ電話や家の前に動物の死体を放置したり、付き合わないと嫌がらせを続けてやる。などの脅迫。しまいには目の前で自身の手首にナイフを当て、付き合わないと自殺すると言ってきたので流石の自分も根負けして条件付きでお付き合いする事になりました。」
「それってどんな条件か聞いてもいいのかい?」
「構いませんよ。内容としては『自分が仕事を終えて家に帰った時、すぐに君の姿が見れるように、毎日夜は自分の部屋で寝泊まりする事』ですね。そしてお付き合いを始めて13日後に彼女は何者かに首を絞められて亡くなったというわけです…だから仲が良い悪い以前に交際期間も短いので、そこまでその子に情がある訳ではないんですよ…。」
「そうだったんだ…というか君が提示した条件をつけた理由が気になるんだけど、そこは聞いてもいいのかな。」
「勿論です。そこの自分が住んでた部屋はですね…周りの住民の人や不動産の人から聞いた話なんですけど。その部屋、出るんですよ幽霊が。」
「えっ?幽霊?」
「内容としては、夜にしか出ない幽霊みたいなんですが、『入り口の扉のノブで首を吊った幽霊が出たり』、『屋根や壁をバンバンと叩く音が聞こえたり』、最後『身体に跨って首を絞めて殺す幽霊が出たりと言った所』ですか。まぁ自分は夕方から朝方まで働いてる物ですから見たこともないんですけどね。」
「えっ!?…それって…もしかして分かっててその女の子に条件を…。」
しんっ…と自分と橘さんとの間に音の無い静かな沈黙が流れた…それは数分…いや実は数十秒の間かもしれない。
「…というのは嘘なんですけどね。」
「…嘘?」
「はい。怪談話ですからある程度の真実に嘘を混じえて話してみた作り話です。どうですか?びっくりしましたか?」
「な…な〜んだ作り話か〜。一瞬君が計画的に行った人殺しの犯罪者なんじゃないかとびっくりしたよ。流石バーテンダー。語りも上手いと言ったところなのかな。」
「ははっ怖がってくれたなら幸いです。まぁ怖がって貰えたということで一杯サービスさせてもらいますね。」
橘さんにラフロイグをストレートのダブルで出してあげた。
「ありがとう。サービスが出るなら怖がった甲斐があったよ…ちなみに何処までが嘘で真実なんだい?」
「そこはいちを『怪談話』なので、解釈は橘さんに任せますね。」
ニコリと浮かべた笑顔に「お〜怖ッ」と言いながらお酒を飲む橘さん。
少し橘さんから視界を離し入り口へと目を向けてみる。そこには髪の長い、あの女の霊が怨みがましくこちらを睨んでいた。
自分は素知らぬ顔で目をそらし、橘さんとの会話を楽しむことにした。