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1-9 トラップ

「ねえ、お父さん、まーだ」


 まるで無邪気な幼児が父親に尋ねるような感覚で、敵を皆殺しにするタイミングを訊いてくるシルバー。


 生まれつき魔物であるこいつには人間を殺してはいけないという禁忌などまったくないし、お友達というか姉的な立ち位置にいる二人を敵から護るためなら、攻めてくるというのなら街ごと殺しても構わないと思っているだろう。


 そういや犬って人間の三歳児くらいの知能だっていうよな。

 フェンリルってどうなんだろうな。


 拙いとはいえ明確な意味をもって人間の言葉を喋るくらいだから、俺からみると幼稚園の年長さんから小学校低学年くらいの感覚なのだが。


 字を教えれば子供の絵本くらいは楽しく読めそうだ。


「ふふ、まあだだよ。

 できれば、もっと引き付けて、なるべく一撃で全部を仕留めるのだ。


 奴らは手強いだろう俺達を仕留めるために、最初に全員でかかってきて揺さぶるはずだ。

 そこが狙い目なのだ」


「そんなに敵を近づけちゃうとアリエスとメリーベルが危なくない?」


「この子達は殺されないさ、それならこのような回りくどいやり方をせずに暗殺者を一名だけこっそりと忍ばせるだろう。


 あまりに手強ければ次善の策で次回はそうするのかもしれないが、二人は奴らから見て大きな利用価値があるのに最初から殺しはしない。


 そして俺達は追撃してくる敵の存在を知ったから、もうその手も使えないさ」


「ふうん」

 そして彼は【お預け】の状態で待っていた。


 お預けなのが御飯ではないので、お預けなんか食らったってまったく堪えていない。

 ルーは護衛状態のまま、アリエスのポケットの中で待機している。


 そして数瞬の後に、その死の邂逅の時は来た。

 その手勢の数は実に五十三人にも及んだ。


「よくもまあ、金に飽かせてこれだけの手練れを集めたもんだ、しかしそのすべてが無駄金に終わったな。


 いいかあ、シルバー。

 いくぞ、今だやれっ」


 そして彼は嬉々として、彼得意の狩りのゲームを開始した。


 彼の好む土魔法の罠、そいつを敵の数だけ練り上げておいたのだ。

 それを同時に敵の進行方向に瞬時に出現させた。


 俺とテレパシーで同調しているために、その位置は彼も完璧に把握している。


 前もって敷設されたのではない、自分が進む方向にピンポイントで足を踏む直前に亜空間から出現するかの如くに登場した特殊な比較的広範囲に作用する地雷を、勢いを殺して踏まずに済ますのはかなり至難の業だ。


 特に、そのような物がこの世に存在するとは知らなければ、体重を乗せて踏み出した足を下ろしてしまわないようにする事態を避けようがないだろう。


 作戦のために全力で突き進んでいる最中にも意識は強奪すべき目標に向いており、いくら隠密しているとはいえ魔神と呼ばれるような怪物を相手に接近するのだから、少々足元が疎かになっていたとて彼らが非難される謂れは微塵もあるまい。


 しかし、その瞬間に轟いた悲鳴苦鳴は全部で五十。

 なんと、あれを三人も瞬時に反応して避けやがったというのか、この化け物どもめが。


 僅かにタイミングがずれたか?


 そうだとしても通常ならば走っている瞬間に、あの凶悪な罠を避けるなんて芸当は出来ないと思うのだが。


「いかん。シルバー、そいつらを絶対に逃がすな」

「だいにだ~ん」


 そう叫んでシルバーが追加で放った罠の総数は数百。

 あえて、第二弾の連続攻撃用に倍の数を最初から用意しておいたのだ。


 そいつをどのようなステップで跳びすさっても逃れられない位置に飽和攻撃したのだから外しようがないはずだ。


 あそこまでして逃れるような敵なら、これくらいの全方位攻撃をしなければ仕留められないと思っていたのだが、またしても一人はそれでも仕留めそこなった。


 だがどうやら負傷したようで、命の対価に膝から下の足を一本置いていっていた。


 なんと呆れた事に、逃げきれずにトラップに捕まった刹那、間髪を容れずに自ら足を切って逃げやがったのだ。


 ええい、蟹か蛸か!

 あれが、一体どれほどの素早い反応速度で捕らえた獲物を地中に引きずり込むと思っていやがるのか。


 しかも自分の足を何の躊躇わずに切り落とすとは!

 この世界には、とんでもない野郎がいたもんだ。


 あれに食いつかれた人間が、そこから逃れる事ができるとは思ってもみなかった。

 これにはさすがの俺も舌を巻かざるを得なかったが、もう既に勝負はついていた。


「貴重な自分の足を置いていくなんて、なかなか気前がいいじゃないか。

 だがそれではもう逃げられまい。

 やれ、シルバー」


 その片脚での必死で驚異的な超人的逃避行も、追加で練られた別の土魔法の千を超す顎の追撃、まるで生きているかのように土の刃が大地を這う必殺スキル【土の葬牙】、別名ランドピラニアンの群れの前には無駄な努力にしか過ぎなかった。


 あえなくピラニアのように食いつきまくる、スキルが作った疑似生命の群れに、そいつは悲鳴すら上げずに黙って食い尽くされた。


 あいつが、この部隊の指揮官なのだろうか。

 敵ながら天晴な見上げた最期だった。


「お、終わったの?」


「ああ、少なくとも、今ここへ攻めてきた部隊だけは。

 追撃がこれで終わりという保証はどこにもないが」


 俺がこの作戦をとった理由の一つは、連中が殺される場面を王女二人に見せずに済むという事にある。


 最初に放ったトラップは、トラバサミのように食いついて地中へ引きずり込んでから、食虫植物のように地中に隠れたトラップ内部で一欠片も残さずに齧り尽くすというエグイ物だ。


 人間の肉体ではどれほど防備を固めていても逃げられないので、最終的にはフェンリルの魔力が勝るため粉々に噛み砕かれてしまう。


 そして、あの土の葬牙は罠を逃れた獲物を、数を頼みに追跡して仕留めるスキルだ。


 敵の姿は覆い尽くされてしまうから少し離れれば子供達が見る事はない。


 ありがたい事に耳障りな断末魔の悲鳴さえ聞かせずに済んだので、その点については名も知らぬ彼の最期の矜持に対して素直に感謝を捧げた。


 生憎な事に、感覚に秀でた俺には一部始終が丸見えだったので気分的には最悪だったのだが、少女二人には見せなくて済んだのだし、今の俺のメンタルは魔神の物なので十分に耐えられた。


 だが魂は元人間の物であるから、この殺戮劇があまり気分の良いものではないというのも、また確かな事実なのだった。


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