1-32 王女様の初めてのお使い
まず彼女が案内してくれたのは食料品店だった。
まず欲しい物は、なんといっても小麦粉で焼いたパンである。
こればかりはいかにルーといえども原料無しに焼くのは無理であった。
集めた芋や草の根から作った、でんぷんからなる餅のような物は食べさせてくれた事もあるのだが、そもそものんびりと製作に時間のかかる澱粉粉を作っていられるような優雅な旅でもなかったのだから、おやつ用に用意されていただけの在庫はすぐに尽きた。
お店でおばさんが見せてくれたのは、見た目にもいかにも堅そうに見えるパンだった。
日本で言うなら手で千切って食べないと食い千切るのも難しいような固めのフランスパンのような感じだろうか。
鋸のようなナイフで切らないと上手く切れそうにない。
「どうしたの、そのパンじゃ気に入らなかった?」
「ああ、うん。
ちょっと堅いのでびっくりしました」
「まあ、そういう堅いパンの方が日持ちするからねえ。
ここは北方で物流も乏しいので、食材もどうしてもそういう方向へ舵を切ってしまいがちなのよ。
干し肉、塩漬け肉に、干し野菜なんかもあるわ」
「えーと、小麦粉はありますか。
出来れば、たくさん」
「あるわよ。
まあ堅いパンが嫌だっていうのなら毎回自分で焼くしかないわねえ」
「じゃあ、食料品を一通りいただけますか。
道中は長いと思いますので、なるべく食品は持っていたいかなと。
あ、このお金は使えますか」
そう言って見せたのは、ジンがくれた冒険者達から巻き上げたという金貨だ。
どこの国の物かも知れないが、金貨自体は平原ならば同じような物を使っている。
ジンに挑んであえなく破れ、涙目で手持ちの金やアイテムなどをジンに差し出した冒険者達によれば、あの帝国でさえも周りの国々を併合していったのでそうなっているのだから、少しずつ使う分には特に問題は無いだろうとジンは言っていた。
「ええ、平原で流通している金貨の一つだから特に問題なく使えるけど、ここは辺境だから大きなお金だと困る店もあるでしょうね」
「じゃあ、たくさん買いますので、支払いは金貨でお願いいたします」
「でも、そんなに持てる?
金貨一枚分となると買う物が凄い量になりそうだけど」
「あ、それなら大丈夫です。
この収納バッグがありますから」
アリエスはそう言って、ポシェットタイプの可愛い刺繍付きのベルトに下げる方式の丈夫な革で作られた収納バッグを見せた。
家を出る時に侍女に持たせられたものだ。
着替えなども入っているのだが、超上等な王女の物なのでそのような物を着ていたら一発でその辺の子供でないと見抜かれる。
生憎とお金は自分では持っていなかったのだ。
宝石のついたアクセサリーの類なら沢山持っているが、そういう王族が持つような物は一点物が多そうだから簡単に足が付くだろうから絶対に換金に出すなとジンから厳しく言われていた。
「へえ、もしかして収納バッグか。
金貨といい、おうちは凄くお金持ちだったのかな?
でも、そんな物はやたらと人前で見せない方がいいわよ。
特にこの街じゃあね。
このお店なら大丈夫だけど。ここは私のおばさんの店だから信用できるわ」
しまった、ジンからも収納バッグは人には見せるなと言われていたのにと思ったが遅かった。
思ったよりも遥かに厳しい環境の街の中で良い人達に出会えたので、つい気が緩んでしまっていたのだ。
「まあ、とりあえず買った物は店の奥で仕舞いなさい。
ほら行って行って。
食べ物は、今から用意してあげるから」
「あ、ありがとうございます」
「いいんだよ、正義感の強い私の姪が連れてきた子なのだから。
姪が困っていた時、無償の心で助けてくれた者達も大勢いたよ。
今、誰かが困っているというのなら私も助けよう。
本当にこの街には困ったものだよ。
昔はこうじゃなかったものを」
口ではそう溢しながらも二人に向けて笑顔を見せて、おばさんは購入品の支度にいってくれた。
一見みすぼらしいといってもいいような簡素な格好をした人なのだが、心には煌びやかな錦が飾られていた。
そうしてアリエス達は、当面自分達の食べるパンなどの食料はなんとか無事に確保したのだった。
「お茶を淹れてあげるわ。
この街ではトウモロコシのお茶を好むのよ。
乾燥したトウモロコシも用意してくれるからね。
あれも日持ちするし、煮たり焼いたりしてあれこれと使える栄養たっぷりのトウモロコシ粉もあるわ」
やがて、おばさんは大袋に詰めた商品を幾つも持ってきてくれた。
「わあ、こんなに?」
「はは、まだ子供だから金貨の値打ちがよくわからないかね。
でも、やたらなところでそれを出すんじゃないよ。
もし銀貨を持っているなら、それを使いなさい。
せめてその上の大銀貨だ。
お前さん達はその風体から、変装していたって明らかにいいとこのお嬢ちゃんにしかみえないからね。
態度振る舞いや仕草、それに声の調子や話し方が、あまりにも上品過ぎる。
この街に限らずに、どこへいっても用心する事だねえ」
「あうう、気をつけます」
おばさんには高貴な出自である事が薄々バレてしまっているようだった。
そして内心で「うひゃあ」と首を竦めてから妹と二人で、手に持った木をくりぬいた素朴な器に淹れてもらった変わった風味だが甘めの美味しいトウモロコシ茶を啜るアリエスであった。




