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1-3 我が名は

 そういう話だったのか、やはり人間というものはこの世界でも争ってばかりなのだな。


 そういや、俺のところにも冒険者なる者が、たまに『遊びに』やってくるので遊んでやるのだが。


 まあ、ちゃんと手加減はしてやっているぞ。

 そうしないと、ひ弱な人間なんかすぐに死んじまうからな。


 あの程度の実力の連中が、よくぞこの俺に向かって挑んでくるものだ。


 だが、あまりにも修行が足りないのが嘆かわしい。

 遊び相手としてさえ、その力量は不足し過ぎている。


「すみません、今の話は魔物のあなた様には関係のない話でしたね。

 あの、命の恩人であるあなた様のお名前は。

 それになんという種族なのでしょう」


 俺は再び頭をかいたが、相手がそこまで打ち明けてくれたのだ。

 俺も礼儀として、こう答えた。


「俺はギガンテスという魔物で、人間が定めたランクによれば最強、そして究極を現わすΩランク、その中でも最上位のトリプルΩランクである究極魔物種の一つだ。


 冒険者達がつけてくれた二つ名は魔神ギガント、伝説の巨人族の神の名だそうだ。そして」


 それを聞いて目を丸くした少女に対して俺は続けて真名を告げた。


「魔物なのだから本来は名など無いのだが、この俺にはある。

 何故なら実は俺は元々人間だったからだ。


 今も魂は人間だ、前世に人間だった時代も含めて生まれてこの方人間を殺した事は一度もない。


 ここへ俺を狩りに来た冒険者すら殺めた事は決してない。

 俺の名は大木仁、こう書く」


 俺は草の繊維で作った紙擬きに、漢字で字を書いて見せてやった。


「これが俺の国の文字で、本来ならヒトシ・オオキと読むのだが、ジンって呼んでくれ。


 昔から周りの人間にはそう呼ばれてきた。


 このジンという名は、違う字を当てれば神とも読める読み方がある字だからな、今の人間から魔神と称されるこの俺の呼び名には相応しかろうよ」


「まあ、通りであなたからはその姿とは裏腹に邪悪さを感じないわけだわ。

 そう、あなたからは穏やかな心しか伝わってこないもの。


 そこにいてくれるシルバーの、まるで人間のような様子を見ても、それはわかるわ」


 その言葉通りに可愛くお座りをして尻尾を振りまくりの、我が家のアイドルであるワンコ。


「はは、まあ犬は飼い主に似るからな。

 だが間違っても野生のフェンリルには絶対に近寄るんじゃないぞ。

 こいつは俺が子犬の時に拾って育てたから特別な奴なんだからな」


 そう、俺は寂しかった。

 人間と話し、人間の間で暮らしたかったが、その望みは決して叶わなかった。


 人間は俺を見ると話など聞いてはくれずに、皆が皆、血相を変えて武器を持って立ち向かってきた。


 まあ無理もないけどな。

 だが悲しかった。

 人に追われ、狩られるこの身が、ただただ悲しかった。


 俺はいつの場合も彼らと戦わずに逃げた。

 人を殺してしまうのが嫌だったからだ。


 この逃げ込んだ山奥にまで冒険者が攻めてきた時だけは一応戦ったが、ただの一度も人間を殺した事はない。


 戦ったというか、ただ連中と楽しくじゃれていたに等しいのだが。

 あまりにも相手が弱すぎて勝負にならないのだ。


 正確にはその逆であまりにも俺が強すぎるのだが、それが余計に人間に恐れられる事となり、俺の孤独を究極に深める結果となった。


 そんな頃に、たまたま親とはぐれたらしき、このワンコを拾ったのだ。

 おかげで寂寥感に狂い、真の魔神と化さずには済んだのだけれども。


「あと、それとな……」


 だが、俺の言葉を遮るようにそいつが声をかけてきた者がいた。

 まさに今紹介しようと思っていたのだが、タイミングが一足遅かった。


「さあさあ、お嬢様方。

 温かいスープはいかが。


 あなた、そろそろ妹さんも起こしてはいかが。

 主の回復魔法で体はかなり回復しているはずですよ」


「ありが……ええっ」

 王女はまた驚いたようだった。


 先程彼女にかけられた、心まで加温してくれそうな暖かい言葉と裏腹に、また雰囲気と激しくギャップのある容姿の奴が現れたからだ。


「おや、お嬢さん、どうかなさいましたか」


「おまえな、どうかしましたかじゃない。すまんな、そいつはガルーダのルーダで、うちの家政婦だ。


 だが彼女は神獣であって魔物ではないので特に人が恐れる必要はない」


「家政婦……神獣」


 もしも人が半暗闇で、いきなり遭遇したそれを見たのであればチビってしまうのが確定の、その邪神のような頭。


 特にあの鶏がグレまくったようなヤバイ目がこええよ。

 俺も大木仁時代のただの人間だったら、間違いなくチビった事だろうな。


 体高は三メートルほど、そしてオッパイも豊かな人間の女の胴体と腕に、鍵爪付きの手と凶悪で更に強力な爪を持つ足、そして厚めで強大な一対の翼を持つ魔獣。


 それはまさに、あのような恐ろしい魔物のような姿でありながら守り神として多くの国々や人々から崇められる、鳥神ガルーダの典型的な姿であった。


「よろしくね、ええと」

「ああ、私はアリエス、そちらは妹のメリーベルです」


「そう、私の事はルーって呼んでね。

 さあさ、スープが覚めないうちにどうぞ。


 こういう軽いものから少しずつ食べ物に体を慣らしていきましょうか。


 ほら、シルバー。

 そこをどいてちょうだいな。


 その図体のあんたがそこにいると、お嬢様方がご飯を食べられないじゃないの」


 そして追い立てられて嫌々場所を空けるシルバーの子供のような様子に、彼女アリエスも顔を綻ばせた。


 笑うのはいい事だ。

 特に心が追い詰められているような時にはなあ。


 そういう観点から言えば、今この(かまくら)は彼女らの養生には最適なものなのかもしれないな。


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