第十六話〜憑依した殺気〜
「奈落....刃....!どうして....。」
上手く声が出せない。喉は痛くない。風邪も引いてない。それなのに、喉が痛い。喉を押さえつけられている。隅にいる筈の奴に。
「....どんなに、叫んでも....私にしか....その声は、届かない。だから、好きなだけ....。ね?」
その瞬間、喉を締め付けられているような圧迫感は消え去った。しかし、首から下がどうしても言うことを聞かない。
「何でだ!俺達はあの時、確かにお前を倒した!」
カズマは奈落刃を睨みつけると、奈落刃はふうっと深いため息をついた。
「うん、確かに....貴方に両手足を撃たれて....弾幕を喰らった。でもね、死んだと思ったら.....違う。」
カズマは言っている事がさっぱりだった。そして首から下が動かないのが一番の苦痛だった。
「どう....言う....事だ....。」
「簡単に言うと....今の私は思念体のようなもの。私達悪霊の肉体は....霊子様の力によって成り立っているの。でも....倒されてしまった肉体は、霊子様の力が解け、数秒で白骨化してしまう....。でも、しばらくの間....思念体は残る....。」
奈落刃は自分たちの身体の仕組みをペラペラと喋り出した。
「はっ!身体の仕組みをペラペラ喋ったな!自分で自分の首を絞めてるようなもんだぜ!!」
「うん....。良いの。私....悪霊になった事後悔してる....。」
奈落刃の口から出た言葉に、カズマは困惑した。
「後悔....だと?」
「うん、私....生きてる時、いじめられてたの。誰も助けてくれなくて....。そして自殺した。」
(自殺....。自分なら自殺する勇気があるならいじめに立ち向かうが....。)
カズマはそんな事を考えていたが、黙って聞くことにした。
「それで、いじめていた奴らが憎かった....。見て見ぬフリをした親友が許せなかった....。そんな時、霊子様が現れた。」
「なるほど、それで復讐の為に悪霊になったってか。」
カズマが指摘すると、奈落刃はコクリと頷いた。どうやら図星のようだ。
「最初は....。あいつらに復讐する為に悪霊になった....。でも、悪霊は人の魂を喰らわなくては生きられない....。そのまま食べないでいて消滅しようと思っても....気付いたら殺して食べている....。そして、私を倒せる人間も現れなかった。」
奈落刃は自分の過去を次々と喋り出した。それをカズマに言ったところで、無意味なのだという事も知らずに。
「でも....妖怪の山に行った時....貴方が現れた。びっくりした....。唯の人間が、私に致命傷を与えるなんて....。」
「ほう、それで思念体さんよ、結局何しに来た?」
カズマはゆっくりと喋っていた奈落刃の話を中断させるかのように質問した。
「うん....。『来た』って言うより『出てきた』って言うのかな....。私、あの後思念体として肉体を離れたけど....飛んでいたら木の上で武器を構える貴方を見つけた....。貴方、とっても優しそうで....私の事....分かってくれるかもって....。」
カズマは先程から奈落刃が何を話しているのか分からない。まだ最初の方が理解できた。
「私....それで....貴方に取り憑いた。」
「....は!?」
正直爆弾を落とされた気分だ。ではさっきスペルを再現できたのは奈落刃の能力だとでも言うのか。
「私....。貴方に助けて欲しい。もう、悪霊で苦しみたくない....。お願い....助けて....。」
「お前!ふざけるな!お前が人を食ったせいで何人....っ!?」
カズマは怒りで気が狂いそうだった。散々人を殺した上に仲間まで殺しかけておいて助けろと来た。体が動かせたら真っ先に八つ裂きにしてやりたい気分だ。しかし、そんな怒りもすぐに同情に変わった。奈落刃は泣いていた。それは正真正銘の涙だった。演技ではない、人間が流す涙だ。同情してはいけないのは分かっている。しかし、奈落刃の瞳を見ると伝わって来る悲しみ、人を惨殺した事への罪の意識、反省の心。今自分がこの子を助けなくて、誰がこの子を救えるのだろう。この子はただ、幸せになりたかったのだ。友達を作り、遊び、笑い、泣き、普通の人として、普通に生きたかったのだ。なのにこの仕打ちは、いくら悪霊とは言え不憫すぎる。
「....分かった。とりあえず、俺の体を動かせるようにしてくれ....。」
「....え?」
すると、すぐに体が動くようになった。
「....奈落刃、君を助ける。嘘じゃない。その代わり、君は自分の咎と向き合わなくてはいけない。」
「ほんとに....良いの......?」
奈落刃は声を震わせながら、ゆっくりとカズマに近づいた。
「うん、だから、これからは一緒だ。」
その言葉を聞いた奈落刃は、目を見開き、再び目から涙を流した。
「はい!ありがとう!」
そして、奈落刃の体を光が包んだ。黒かった浴衣は白い浴衣に変わり、額の『怨』の文字は完全に消え去った。
「......なんか、可愛くなったね。奈落刃なんて名前が似合わないくらい。」
奈落刃はニコッと笑った。
「ふふっ、春奈。私の生前の名前です。」
「春奈、良い名前だね。俺はカズマ。これからよろしく。」
今までの禍々しい雰囲気が嘘のようだ。正直まだ半分くらい信じられない。
「あっ、ちなみに能力は奈落刃の時と変わらないので、私が憑依している今、貴方は私の能力を自分の能力として使うことができますよ!」
「そうなんだ。それはありがたいな。」
カズマもニコッと笑う。
「それでは、私は一度消えますね。まあ、貴方の体の中にいるんですが....。」
春奈は消えようとしたが、カズマがそれを引き留めた。
「待って。もし良かったらなんだけど、今日は一緒に寝ないか?」
春奈は驚きを隠せなかった。そんな春奈を、カズマは優しく抱きしめた。
「えっ!?」
「人とこうするのって、多分久しぶりだよな?」
春奈は最初は困惑したが、段々とそれを受け入れた。悪霊の時には感じる事が出来なかった温かさ。人間の優しさ。
「あったかい....。カズマ....。」
それは長いような短いような時間の、ほんの一瞬のようにも感じた。しかし、ずっと触れたかった温かさだったのだ。二人はそのまま布団に入ると、そっと眠りについた....。




