いいえ、ちょっとセンチです。
「陽、遅刻するわよ〜」
リビングから陽を呼んでいる声が聞こえた。
「わかってる、もう行くよ」
陽は制服のネクタイが曲がっていないか最終チェックを行い、玄関へ向かった。
今日は高校の入学式でありクラスの顔合わせが行われる。それゆえ特に入念に確認したからか、思ったより時間が経っていたようだ。
玄関につくと、妹の円が待っていた。円は陽と歳が3個離れていて今年中学に入学する。円の中学と陽の高校は学校自体は同じであり、円は入試で首席の成績を収め、昨日の入学式では新入生挨拶を務めていた。容姿もかなり整っているので、数多くの男の子から声をかけられたらしい。陽は悪い虫が付かないか少し心配している。
「円、変なところないかな?」
「ん…大丈夫。」
口数はすくないけど、ちゃんと見て確認してくれる。妹としてこれ以上ない存在だと陽は感じていた。
そんなやりとりをしてるうちに二人の母親である美雪もやってきた。
「じゃあしっかりね!高校では家に呼べるような友達くらい作りなさいよ!」
「う…出来る限りのことはやってみるさ…」
陽は中学生の頃、友達と呼べる人は最後まで出来なかった。というよりハブられていたのかもしれない。卒業旅行を教えて貰えなくてSNSで知った時は相当ショックを受けていた。
「お兄なら頑張れる。」
「そこは作れるって言ってほしいな!」
円は哀れむような目線を陽に向ける。陽はこれ以上精神が持たなさそうなのでさっさと出て行くことにした。
「それじゃ、いってきます」
「「いってらっしゃい」」
二人に見送られ、陽は学校へ続く道を歩きだした。
実はこれから向かう学校は家からかなり近くにある。もしかすると最寄駅よりも近いかもしれない。じゃあなぜ中学の時から通わなかったのか。その答えは単純で、陽は中学受験に落ちたからである。といっても試験とか受けたわけではなく、陽の『脳力』が受験資格を得る程のものじゃないと判断されたからだ。
『脳力』とはおよそ1000年前に発見されたものであり、人の脳に特殊な刺激を与えることで100%の活動を任意的に使えるようにした結果、生まれた異能である。現代までに少しずつ進化していき、いまでは脳力無しでは街を歩くのさえ危険であるとされ、全ての国民が小学校を卒業する頃に発現手術を受けることを義務付けられている。
陽の脳力は一言でいえば『見えない炎』だった。
龍野家の歴代の当主は皆、輝き煌く炎を発現してきていた。それが当主の証と言われていたけれど、残念ながら陽が発現した脳力は炎ではあるものの無色の炎であり、周りから当主失格、無脳と散々蔑まれた。もちろん炎は見えないだけでそこにちゃんとあり、熱を帯びている。しかし発現したばかりの脳力を操ることができず暴発したこともあり、周囲の評価は最悪。その結果、中学試験では書類審査で落とされてしまった。
全国で3番目に入るのが難しいと言われる、月野学園であるからしょうがないと陽は思うことにしていた。ではなぜ高校から通えるようになったのかというと、中学で成績優秀者としてなんとか推薦を勝ち取ったからである。妹の円が中学から入学するのに陽が高校から通えなかったら兄としての立場がなくなってしまうということが最大のモチベーションになったと思われる。
※ ※ ※ ※ ※
しばらく歩いていると、学校が見えてきた。脳力育成に力を入れるために広大な敷地と多種多様な施設があるらしいが、どれくらい広いのかはぱっと見ではわからない。
同じ制服を着た新入生らしき人も増えてきた。とりあえず周りの人についていけば大丈夫かな?と陽は思い流れに乗って歩くことにした。
人について歩いていると電子掲示板が見えた。どうやらあそこで自分達のクラスを確認するみたいである。
クラスはAからD組まであり、陽のクラスはB組だった。おそらく実力順とかではないと思われる。というより、そう思いたいというのが陽の本音であった。
1年生の教室は一階だった。と言っても驚くほど校舎内が広く、他のクラスとはそれなりに離れているようだ。
陽は教室に入って、席についた。しかし、ここで問題が発生した。
当初陽は教室に入ったら隣の人にとりあえず声をかけようと思っていたが、なんの悪戯か陽の両隣の生徒は陽ではない方の隣の席の人と話してしまっていた。
さすがにその会話に混じる勇気は陽にはなく、また想定外のことに前後に声をかけてる勇気も失われてしまった。
(ま、まぁ式が終わってからでも話すチャンスはあるよ、うん…)
…陽は現実逃避をした。
入学式自体は割とすぐ終わった。思わず笑ってしまうほど大きなホールで、ただ座って校長や新入生代表の話を聞いているだけであった。
教室に戻ると、このクラスの担任、筋骨隆々で頭が眩しい禿田先生が自己紹介を提案してきた。
ここでうまく自分をアピールを出来れば、隣の人も話しかけてくれるかもしれない。と陽は考えたが、自分のアピールポイントがすぐには思いつかなかった。
自己紹介自体は順番が来た人が立って一言二言話して次の人に回すみたいだ。
陽はなにを話そうか考えてすぎて他の人の自己紹介をきちんと聞けていなかった。そして陽の隣の人の番がやってきた。
「ボクは剣持 剣です。中学でも一緒だった人も初めてましての人もこれからもよろしくお願いします。剣を使った近接戦闘が得意です。誰でも気軽に声をかけてください」
彼が発言すると周囲がざわつき始めた。
「剣持って確か現剣聖の家じゃなかったか?!」
陽にも剣持という名前には覚えがあった。国が日本一の剣士と認めた者に『剣聖』と名を与えることを行っており、今の剣聖の苗字だったはずである。
「ボクの兄が剣聖なんです。いつか兄を越せるようにこの学校で頑張っていきたいと思ってます」
剣持の顔を見て話を聞いていた人達は思わず声を漏らしてしまった。とても爽やかな笑顔で言われ、多くの女子も顔を赤くしていた。陽も思わず思考の海から脱してしまうほどであった。
「はい、じゃあ次の人」
ついに陽の番が来た。結局考えもまとまらず、もう自己紹介で剣持に勝てる気がしないのでここは簡潔に済ますことにしたようだ。決して考えるのが面倒くさくなったわけではないと信じたい。
「僕の名前は龍野 陽です。高校からこの学校に入りました。武器とかは特に使ってないです。3年間、仲良くしてくれると嬉しいです」
途端にクラスが静かになった。というより冷たい空気になったというべきか。
ーー龍野って炎の明家だよね…
ーー噂じゃ、長男は無脳の落ちこぼれって聞いたぞ…
-ーどうやって入ったんだろ。裏がありそうで怖いね…
(あ、あれ?おかしいな…)
無能とは差別用語であり、脳力が他の人と大きく劣る人を蔑むための言葉である。本来使用してはいけない言葉ではあるが難関といわれる月野高校に入学した生徒達は少し思い上がっているのかもしれない。
クラスの人達の陽を見る目線はすごく冷たいものであった。大多数の生徒が陽に対し、初対面であるにもかかわらず否定的な感情を抱いてるようだ。
あまりに空気が悪くなったので陽は静かに着席した。
(まさか中学に入る時の噂がまだ続いてるとは…確かに中学で何か大きな功績を残したわけでもないから良い噂なんて流れてないだろうけど…)
そのまま自己紹介は最後の人まで終わり今日の所は下校ということになった。陽はショックで後の人の自己紹介も耳に入ってはこなかった。
でももしかしたら優しい生徒が偏見を持たず話しかけてくれる子がいるかもしれない。そんな期待をしながら教室を出ずに残っていたけれど、気づけば陽と禿田先生だけになっていた。
「ま、まぁ今日はしょうがねぇと思うぜ。おれは担任だからある程度お前のこと調べて知ってるけどよ、他の奴らは噂くらいしか耳にしてねぇだろう。こういう汚名っていうのは簡単には消えねぇ。これから頑張るしかねぇな!」
「ありがとうございます…」
あまりに暗いオーラを出してたのか、禿田先生が陽を励ましてくれた。
担任だけでもあったかい人で良かったと感じながら陽は家に帰ることにした。
初めまして、ひかマヨと申します。頭の中にある想像を文字にするのって難しいですね(涙)おかしなとこがあれば遠慮なく教えてください!