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作者: 高橋 耶那

 ちょっと不思議なお話です。

 これを読まれた方が、優しい気持ちになれますように。

──前略

 お久しぶりです。最後に会ってから、どれ程の月日が経ったのでしょうか。




 「彼女」からの手紙が届いた。もう繋がることはないと思っていた「彼女」からの手紙。その便箋からは、優しい野路菫の香りがした。




──あの頃の貴女は純粋で、綺麗でしたね。今、貴女はどうしているのでしょうか。どんな姿をしているのでしょうか。




 美しい笑顔に見惚れて、私は「彼女」の世界へ足を踏み入れた。綺麗で純粋だったから「彼女」に出会えたのだと、今ならわかる。




──とても気になることだけれど、私は会いにゆけません。

 私はここから動けないから。




 今の私が会いに行っても、「彼女」と視線を合わせることは出来ないだろう。「彼女」を見ることは、叶わないだろう。




──これを貴女が読んでいる頃には、あの頃の私はもういないけれど、新しい私がここにいるのでしょう。

 時代が変わっても、私が私であることに、変わりはありません。

 (たと)い名が変わったとしても、見る者が居なくなったとしても。




 寂れた町の、小さな小屋の、その隅に。「彼女」の姿を見たとき、どんなにか嬉しかっただろう。

 やっと見つけた。

 そんな気持ちがした。




──貴女が私を見つけてくれたとき、救いがやって来たと、そう思ったのです。

 誰からも顧みられることの無かった私に、貴女は手を差し出してくれましたね。「友だちになろうよ」と。

 そんな貴女は、確かに私の救いだったのです。




 手を差し出したとき、「彼女」は迷わず握り返してくれた。

 儚く白い、その右手で。菫色の瞳を、嬉しそうに細めて。




──またいらしてください。

 私がきっと、迎えてくれるでしょう。

 私が見えずとも、私自身はそこにいるのだから。

 そのときはまた、「友達になろう」と、言ってくださいな。私がきっと、きっと、応えてくれます。




 ええ、行くわ。行きますとも。

 行って「貴女」に手を差し出すわ。

 行って「貴女」に、「また、友達になろう」と言うわ。

 きっと、きっとよ──。




──私はいつまでもここで、待っています。

               草々

 親愛なる友へ

               菫



   *  *  *



 寂れた町の、小さな小屋の、その隅に。


 可憐な花が、風に吹かれていました。その紫の花弁(はなびら)は儚く、けれど強く、そこに根付いていました。静かに、友の帰りを待っていました。


 1年が経ち、10年が経ち、更に数十年の月日が経っても、新しく生まれ変わりながら、その花は美しくそこに在り続けました。


 ある日、その花の前で立ち止まる者がいました。その者は、小さな便箋を持っていました。微かに、その花の香りがする便箋を。


 彼女はしゃがみこんで、手を差し出しました。そして、口を開いて──



   *  *  *



 寂れた町の、小さな小屋の、その隅に。


 可憐な花が、風に吹かれていました。


 その花は、どこか嬉しそうに、その紫の花弁を弾ませていました。

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