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お腹はすいていませんか?

 私こと故、姫路華は三十二歳の若さで前世を去った。


 死因は衰弱死。動画共有サービス“シーチューブ”で活動していた私は視聴回数を増やす為に活動していた。毎日投稿を続けた努力も実って視聴者が徐々に増加していくと、テレビに紹介される人気まで上り詰めた。テレビの影響は凄く、地味で目立たなかった自分が人気者として持て囃される。だが同時に形容し難いプレッシャーが襲い掛かった。常に面白いものを提供しなければならない脅迫概念にも似たものだ。そして提供できなければこれまでに積み上げてきた努力が泡沫となってしまうと思うようになった。


 そこで私が企画したのが断食。人間は飲食なしで何日生存できるのか実体験するというものだ。振り返ればこの企画のどこに面白味があるのかわからない。そんな簡単なことに気付くことすら出来ない程に追い詰められていたのだ。


 その結果が衰弱死してあの世に還り、輪廻転生でフジツボの来世を迎えることが決定してしまった。フジツボに決まった当初は絶望のあまり人目も気にせず叫んでしまったが、フジツボ生活を過ごすなかで絶望は希望に変わった。何物にも縛られない自由な生活が豊かな心を育んだのだ。


 ただ不満もあった。否、不安と言うべきこと。それは独りぼっちであることだ。ここ幻想世界パンタシアではフジツボという生物は絶滅危惧種に指定されていた。前世では岩盤を覆い隠す程に生殖していた事に気持ち悪さすら覚えたというのに、住む環境や世界によっては生存することも難しかったようだ。その事実が心に恐怖を芽生えさせるには十二分な力を発揮した。転生して間もないというのに、自分の人生に未来がないものと思えたからだ。このまま孤独に潰されて死んでいくのだとうつ状態に陥っていた。


 そこに光明が差した。それは水中から姿を現すと、自らをフジツボと叫びながら陸に着地した。フジツボという名前に反応してしまった私は後先考えずに声を掛けていた。


                     ◇


 出逢いとは不思議なものだ。悲惨な転生を目の当たりにした相手と転生先の世界で再会を果たすとは考えてもいなかった。まさしく運命的な出逢い。前世なら恋に落ちて猛アタックしていただろう。だけど今は同族と出逢ったことによる感動と安堵感が上回った。感動を抑えきれずに彼女の両手を掴んで喜びを表現してしまうほどだ。


 そこで不意に疑問が脳から訴えてきた。


「どうして人の姿なんだ?」


「それは君が人の姿になった方法と同じだと思うよ」


 つまり眼前のフジツボさんも魔力を利用して人の姿に変化しているということ。それは彼女にも魔力を保有していることになる。


「もしかして君も転生特典で魔力を引いたのかい?」


 敢えて無限の二文字を隠したのはフジツボさんが信頼できる仲間だという保証がないからだ。同族との出逢いに感動しておきながら、相手を疑ってかかる自己防衛を自然と取ってしまうのは人間の汚い部分である。人間だった前世の記憶を保持している弊害だ。


 俺の質問にフジツボさんは左右に首を振った。


「私に与えられた転生特典は“調理”です」


 躊躇いなく転生特典を教えたフジツボさんの純粋な心に当てられたことで余計に自身の汚れた心を実感させられる。人間だった頃はその心の在り方が当然だと生きてきたから自覚はなかった。


「どうやらこの世界の生物は生まれつき魔力を保有するそうです。もちろん個体差はあります。私も常時に変化できるだけの魔力は保有していませんから」


「随分と詳しいですね」


「何をするにも情報が命ですから」


 フジツボさんの口調から自信に満ちたものを感じ取った俺は彼女の言葉を素直に受け入れた。全ての生物が魔力を保有していると聞かされたときは己の能力の価値が落ちたと思ってしまったが、個体差があるのならば悲観することはない。寧ろ魔力保有が常識ならば無限魔力のチート性能はより強いものへと昇華する。


「ところで、お腹はすいていませんか?」


「……そういえば朝から何も食べてなかったな」


 質問されたことで自覚したお腹が空腹の音を鳴らした。今朝から食事を摂らずにフジツボからの脱却を考えていた。それが無事に解決したことで安心したのだろう。


「よければ何か作りますよ?」


「……それは肉料理も可能ですか?」


「もちろんです!」


「是非、お願いします!」


 魚肉は食べてきたが、イメージする肉料理のような満足感がなかった。それが思わぬ形で舞い込んできたのだからテンションが上がるのも致し方ない。


「それでは手伝ってください」


「手伝う? 何を?」


「食材の確保です」


 フジツボさんは綺麗な笑顔を浮かべながら俺の手を取ると、連行されるような形で陸の中へと入った。


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