仲間と出逢えましたか?
拝啓、妹様――
お元気にしていますか?
兄は元気にしています。強盗犯の凶行で命を落とした私ですが、死後の世界で輪廻転生を受けることが出来ました。そんな私は今、パンタシアと呼ばれる幻想世界で生きています。ここは名前通りファンタジーな世界です。漫画をこよなく愛していた君にとっては夢のような世界だと思います。ですが、早く死んで輪廻転生を受けようとは考えないでください。簡単に命を捨てる行為は今を生きる全ての生命体に失礼な行為です。
それともう一つ。輪廻転生とは必ずしも自分が思い描く道筋で進むものではありません。全てが運なのです。そう運なのです! 妹も知っている通り私は運から見放された星の下にいました。そんな私が幻想世界を転生先として決まり、それも無限魔力という才能まで手に入れました。手に入れたのです! なのに! なのに――。
「フジツボでどう生きろと⁉」
水中で叫ぶ。気泡が水面に向かって昇っていく。俺の叫び声に周囲にいた水中生物が驚きの表情を浮かべてこちらを凝視してきた。人間の頃は同じ顔にしか見えなかったのに、今では微妙な感情の変化すら読み取れる。
「そもそも無限魔力を持つフジツボってなんだよ……」
間違いなく最強のフジツボだ。そういう意味では夢見たチート転生は果たされている。ただ生まれ変わった姿がフジツボだったという話だ。
「そう俺はフジツボだ……。これはどう足掻いたところで変わらない事実……」
同じ言葉を繰り返すことで自身に暗示をかける。そうやって追い込まなければいつまでもたってもフジツボに絶望して前へ進めない。
必要なのはポジティブ思考。フジツボではなく最強のフジツボという肩書きが大事なのだ。仮にここが前世のような世界なら絶望的だったが、ファンタジー色が強い幻想世界ならばフジツボが活躍することも不可能ではない。活躍するイメージはまったく湧かないが、シュールなイメージは非常に湧く。
「それ以前に俺って陸で活動できるのか?」
転生を迎えて目覚めたのが水中だった俺は一度として陸に上がらず暮らしている。それはフジツボになった現実を受け止められなかったこともそうだが、水中生活に不便さを感じなかったからだ。
食事もプランクトンを摂取することで腹が膨れて成長できた。ただ味に飽きて魚や海藻を捕食したこともある。魔力を保有する転生フジツボだからこその芸当で、その捕食行為によって他の生物から警戒されて接触してこない。フジツボに至っては生殖しているのが俺だけである。人が孤独を怖がるように、フジツボでも心の在り方は変わらない。やはり孤独というものは寂しくて怖いものだ。
「少なくともこの海域には同族はいないわけだが……」
故郷を捨てて同族を探す旅に出るのは憧れのシチュエーションの一つだ。旅の最中で様々な出逢いを繰り返して仲間が出来る。そして魔王を討伐することで英雄として崇められ、一生を過ごす。
「フジツボが夢を見て何が悪い!」
自らに発破をかける。それは不安を払拭させて己を勢いづかせた。
住処としていた岩盤から身を剥がして水面に浮上していく。碧く暗かった水中が次第に光の当たる煌めきの水中となった。
俺は全身に魔力の障壁を纏って勢いのまま水中を跳び出た。太陽の陽射しが眩しく、小さな体は吹き通る風に煽られながらもバランスを取って視線を配った。そして陸を発見した。
咄嗟に魔力を放出する。風の抵抗を無力化し、自身に浮遊の力を与え、魔力の道を宙に展開した。そこに身を投じて滑り台の原理で体を陸上まで滑らせた。その最中で新たなイメージを膨らませる。
イメージするのは肉体。陸上でも動ける姿だ。胴体を基に頭、腕、手、脚、とイメージを構築していく。その姿は人間に類似してしまうのは俺にとって陸上の動物の頂点が人間だったkらだ。
魔力の道は終着点に到着した。放り出される形で道から外れた俺は構築した肉体で陸に降り立つ。思わず閉じてしまった両目を開けた。周りにゆっくりと視線を配り、それから足元へと視線を落とす。そこには慣れ親しんだ懐かしき人の肉体があった。
「やった――――‼ 成功だ!」
両腕を天に突き上げてガッツポーズした。
「見ろ! 俺を見ろ! フジツボだって人になれるのさ!」
誰に向かって言ったわけではない。諦めずに行動を移せば何にだって可能性は秘められているのだと自分に言い聞かせたかっただけだ。フジツボにだって明るい未来が待っているのさ。
「見てろよ! ここから最強フジツボ伝説が始まるのだ!」
「ま、まさか君もフジツボに転生しちゃったの⁉」
「ひぃや⁉」
自分以外は誰もいないと勝手に信じ込んでいた俺は呼び掛けられたことに驚くあまり間抜けな声を出してしまった。
「ご、ごめんなさい! まさかそこまで驚かれるとは……」
声をかけてきた人物は謝罪の言葉と共に何度も頭を下げてきた。そこまでされると返って自分が悪く思えてしまうのは人間の性なのだろう。今はフジツボだけど。
「もう謝らなくても大丈夫。だから頭を上げてくれ」
「は、はい……」
頭を上げた人物の素顔はまさに絶世の美少女だった。前世ではお目にかかることの出来ない容姿はまさしく幻想世界ならではのものだ。しかし、素直に喜べないのは彼女が口走ったある言葉である。
「もしかしなくても、君もフジツボ?」
「はい! フジツボです!」
「どうしてそこまで元気があるの? …………フジツボ?」
自分以外でフジツボに転生したと聞かされると、どうしても思い出すのが輪廻転生の順番待ちをしていた時のことだ。あの時、自分の五つ前の霊魂はフジツボ、と叫びながら転生していった。
俺はどうしても確認する気持ちが抑えられなかった。
「君さ、輪廻転生する際にフジツボ! って叫びながら転生しなかった?」
「はい、叫びましたよ!」
誰もが見惚れてしまう綺麗な笑顔で彼女は言った。俺は唖然とする。転生前に出逢っていたこともそうだが、その人物が俺にとって初めての同族になるとは考えていなかったからだ。