300文字のストーリー【父の日】完全版
小林汐希さまとのリレー小説【夢はひとりみるものじゃない】から書きました。
午前8時30分、夜勤の看護師とこれから日勤にはいる看護師との引き継ぎ、通称『申し送り』という作業が行われる。
昨日の夜は特段大きな事象はなかった。急変する患者さんや、夜間救急で緊急入院というようなケースもなかった。
それを相互に確かめあった上で、夜勤の看護師の仕事が終了となる。
「よつ葉ちゃん、夜勤お疲れさま」
「はい、お先に失礼します!」
「どうしたの? 今日はずいぶん焦ってるじゃない?」
「はい、今日はこのあと忙しいんですぅ。失礼しますね!」
先輩看護師への挨拶もそこそこに、病棟に持ち込んである荷物を持ってロッカー室に急ぐ。
今日だけは、このあとの予定がギッシリ詰まっている。
それこそ分単位で動かなくちゃならない。
大急ぎで白衣から私服に着替えて、電車に飛び乗った。
頭の中でこれからの段取りを考えていく。
きっとパパのことだ。お洗濯ものは干していってくれているし、よつ葉のお昼ごはんは何かしら作っておいてくれている事が多いから……。
地元の駅について、最初にお花屋さんに寄って、そのあとは急いでお部屋に戻る。
うん、やっぱりパパだから最低限のことはやってお仕事に出かけてくれている。
大急ぎで炊飯器のスイッチを入れて、それからお洗濯物を取り込んで畳みながら整理する。掃除機を使いながらお部屋のお掃除を済ませる頃には、時計がお昼を過ぎてしまっていた。
うーん、このままじゃ時間がギリギリになっちゃうかも……。今日は土曜日、パパはお仕事だけど、本当はお休みだから、早く帰ってくるって言ってたよね。
よつ葉のお昼ご飯は、握っておいてくれたおにぎりを家事をしながら頬張る。お行儀がよくないのは分かっているけど、今日だけは仕方ない。
昨日の夕方、夜勤の前にカットして下拵えしておいた材料を使って、マリネサラダを作って、再び冷蔵庫で冷やす。
同じく袋の中に浸けてあった鶏肉をボウルにあけて、片栗粉をまぶして油であげて唐揚げ。
お皿にキッチンペーパーを敷いて、全部を揚げ終わったときに、炊飯器と携帯のメロディーが同時に鳴る。
メッセージを見ると、パパもお昼を食べてない。ちょうどよかった。
「間にあったぁ!」
そこから、テーブルの上に、お皿を二人ぶん並べて、お料理を盛り付けていく。
最後にお花をテーブルの上に飾って、準備が終わった。
それとほぼ同時に、玄関のチャイムが鳴る。
「ただいま」
「パパお帰りなさい」
「よつ葉、今日は明けだろ? ゆっくりしていていいのに」
よつ葉のエプロン姿にパパが驚く。
パパもよつ葉が今日は夜勤明けということを知っている。
そういう日は、お洗濯などの家事と、簡単な夕食の準備をしておいて、よつ葉は早めに休ませてもらうということも少なくない。
「うん、今日は特別な日だよ?」
「え?」
もう、パパ気づいていないんだから……。確かによつ葉は母の日が好きじゃない。毎年のあの日は、TVを見るのも、お買い物にいくのも控えて、その日が通りすぎるのをじっと待っていた。
でも父の日はそうじゃないと思いたかった。
そこで逆にひとつ気がついたことがあった。
パパの持っている箱って、ケーキ屋さんのものだよね……。
「あの……、パパ、今日ってなんの日だか分かってる?」
「うん?」
「あの……、明日って父の日だよ……? でも二人ともお仕事だから……」
「あん? あぁ、そうか……。そんなことスーパーでも言ってたなぁ。聞き流してた」
え、それじゃなんで、そんなものを買ってきたの?
「よつ葉、今日はなんの日だか覚えてるか?」
「6月15日……、明日は父の日でしょ……?」
「まったく、自分の誕生日くらい書類にいつも書いてるだろうに?」
「あーー!!」
もぉ、情けない。でも、よつ葉の誕生日なんて毎年誰も祝ってくれる人なんていなかったから……。
でもね、去年の誕生日はパパと再会する前に過ぎている。ということは、パパはちゃんとよつ葉の誕生日を覚えていてくれていたことになる。
「ほら、いつまで玄関にいても仕方ない。準備してくれたんだから、冷めないうちにいただくことにしよう」
「いつもありがとう。パパ…」
「よつ葉……、大きくなったな」
パパの腕の中で迎えられて、頭を撫でられて……。
パパを父の日で驚かせるはずが、逆によつ葉が涙を流すことになった土曜日の午後のことでした。