008 私の変化
彼女は幼少の頃から、当たり前の様に、
週3日、1回5~6時間以上を掛け…機械に繋がれ……。
「苦痛と孤独」に耐えてました。
初めは片腕にしか作られていなかった機械を繋ぐ為の「シャント」も、
皮膚の硬化で使い物にならなくなって、今は、逆の腕にもあります。
機械に繋がれる時間も年々増え続け…、
最近では、点滴まで受けなければいけない時間もありました。
彼女は変色し柔らかさを失った凸凹で光沢のある脈打つ皮膚を指でなぞり、
深く…深ぁ~く溜息を吐きます……。
腕時計はおろか…、重い荷物でさえ持つ事の許されない腕には、
絶望しか感じられません……。
目を閉じて、ベットに全身を投げだし、
彼女は独り…痺れる様な脱力感に身をまかせていました……。
普段とは違う雰囲気のBGM流れる病室の中。
『乾電池、欲しいな…』
彼女は自分の感情を闇に引き入れた現状に目を向け、小さく呟きます。
それは、彼女にとっての一大事。
「FMラジオ」は、長期入院の彼女にとって「唯一の娯楽」、
愛用の携帯ラジオの電池残量が乏しくなり、FMを受信できず、
AMしかキャッチできなくなってしまっていたのです。
FMラジオの電波は、AMの電波より電池を食うのです。
そして、彼女の所有する乾電池、及び…御小遣いは、
もう、底をついてしまっていました……。
『残るは、貰い物のTVカード1枚』
綺麗な花が描かれたデザインのカードを眺め、彼女は顔を顰めます。
『看護師さんに頼んで払い戻して貰ったとしても、残金は1000円。
100均の電池を買いに行って貰えればいいけど…、
駄目ならコンビニかぁ~…余裕で足りないなぁ~……』
彼女は寝返りをうち「てるてる坊主」に真剣に話し掛けます。
『ねぇ?私が退院するまでに必要な乾電池は、いくつくらい必要かな?
病院抜け出して残金で買える分だけで足りると思う?』
『おいおい!いくつ電池を買い込むつもりだよ!』
彼女の言葉の終りに少し被る形で、聞き覚えのある声が響きます。
彼女はベットから飛び起き、
「熊のぬいぐるみ」を両腕に抱えた来訪者に対して沈黙しました。
来訪者とは…、前々日に出会った「彼」の事です。
彼は、「ウエディング仕様の熊」を両腕に抱え、
前日に両親から渡された「パジャマ」を素直に着用しています。
そんな「彼」の姿に、彼女は本気で言葉を失いました。
ある程度、ムサクルシイお兄さんに、
シャーベットカラーの「子猫ちゃん柄パジャマ」は危険です。
「低年齢層の男の子」や「男勝りの、お姉さん」は大丈夫です。
寧ろ、愛らしく感じられるでしょう。
「オカマのお姉さん」や「乙女要素感じさせる男性」とかまでなら、
セーフです。許される範囲として受け止められます。[個人的な見解です。]
そして今回、現れた「彼」の恰好は、ある意味で、兵器の部類でした。
彼女は滾々と湧き出す感情を、必死で抑え込み。
「彼」から、「パジャマの柄」から極力、視線を逸らせます。
前回、彼と出会った時も…、
「彼の可愛らしい柄パジャマ」に違和感を覚えていましたが、
「今回のは流石に…人前に出ちゃ駄目でしょ!家でだけにしなさいよ!」
でも、今さっきまでの、
彼女の中に渦巻いていた鬱的な感情を吹き飛ばす程の破壊力で、
彼は、彼女の前に立ちはだかっていました。
ある意味で「てるてる坊主」は、彼に感謝しました。
…長い沈黙の後……。
彼は溜息を吐くと、彼女が居るベットへ、
「ウエディング仕様の熊のヌイグルミ」2個を並べてから…、
『じゃ!そういう事で!!』と、立ち去ろうとします……。
『は?どういう事?ちょっと待って!これは何の真似?!』
彼女は彼の不可思議な行動に驚き、不覚にも彼を直視してしまい…、
肩を震わせながら笑いを堪え、説明を求めました……。
彼は再び溜息を吐くと…、
精気の無い虚ろな表情で、先日の御詫びの言葉と…、
先日の事で勃発した事の次第を説明してくれました……。
彼女は最初…、自分の親と比べて彼に対して羨ましく思い…、
「御母さんが可哀想だ!」と、言いたかったのですが…、
「熊のヌイグルミ」の話の中から、「パジャマ」の真相に触れ…、
同情してしまいます……。
『君にこれを受け取って貰えないと…、
僕の病室に飾らなきゃいけなくなって本当に困るんだ……。
人助けと思って、受け取って欲しい!』
『何て言うか…大変だね……。遠慮なく貰っておくは…』
彼女は話を聞くまで思いもしなかった彼の悲痛な訴えに心を打たれ、
何時しか面会時間が過ぎる頃まで、
互いの親への愚痴を言い合える仲になりました。
その日の晩…、彼が親に付けられた「キラキラネーム」を呟き、
微笑んでいる彼女の隣で「てるてる坊主」は、この先…、
彼女の心が曇らない様、雨が降ってしまわない様に祈りました……。