004 私の思い
「一時的な感情」に任せて、自分でやってしまった事を後悔しながら、
彼女は「割れた花瓶」と「花」を拾い集めました。
『ごめんね「贈り手に対しては何とも思わないけど…」』
彼女は、切られて「日当たりの悪い部屋」に連れて来られた「花」に、
何の落ち度も、罪も無い事くらいは理解できたのです。
その罪の無い「摘み取られた花」の先の無い命を「無駄」にするのは、
如何なモノか?とも、考えられる良い子だったのです。
そして『花瓶の代わりになりそうな物ってあったっけ?』
部屋を見渡し溜息を吐きます。
『無いよねぇ~』
彼女は…、部屋の隅に備え付けられた、小さな洗面台に水を溜め、
投げてしまい、茎のあちこち折れた悲惨な状況の「花」を活けました。
「花瓶の破片」はゴミ箱に捨て、倒れた「点滴スタンド」を起こし
最後に、床にぶちまけた「花瓶の水」の後始末に取り掛かる事にします。
彼女は再度、部屋を見渡し、今度は拭く物を探しましたが…しかし……。
部屋にある殆どの物が、病院からの有料レンタルの品なのです。
借り物な上に、
業者が回収し、機械で大まかに洗って使い回す物ばかりです。
陶器の小さな破片を含む水を拭き取るには適しません。
取敢えず、床に放置したままの花と一緒に貰った見舞いの品、
既に濡れている「千羽鶴」を無表情に踏み付け…、
折り紙に水を吸わせる事にしました……。
彼女は千羽の中に「数匹」混ざっている、
「首を折り曲げ俯く折り鶴」を眺めて、自嘲気味に笑います。
『さすが…教師と学級委員が「強制的」に作らせただけあるね、
「寄せ集めの折り鶴」は善意だけでなくて、「悪意」を感じるわ』
「俯いた折り鶴」の中に潜んだ文字が折り紙が濡れた事で浮かび上がり、
その姿を反転した状態で露わにしていました。
『あの子達の仕業でしかないな、これ…相変わらず、気持ちの悪い』
自分の御見舞いに、皆と一緒に来ていた…、
自分が嘗て大好きだった「思い人」の「恋人」を思い出して、
脱力感に見舞われます……。
『悔しいな…、私が健康だったら、
あの子の本性を暴き立てた上で、あの子達に一矢報いてやるのに』
溜息交じりの呟きが虚しく零れ落ちました。
彼女の中では、
心の中を暗闇が満たしていく様な透明で深く黒い気持ちが、
虚無感と供に渦巻いています。
「思い人の彼女」に対する「憎悪」の中心に、
「思い人」への淡い恋心。
自分が「思い人」を「本気で好きだから」。
「思い人」が「恋人」を「本気で好き」だから。
「思い人の彼女の悪事」を「暴き立てる事が出来ない」。
その表裏一体となる思い。
「恋人を愛する思い人」に「恋人の本性」を教えたとしても、
「信じて貰えないであろう現実」に怯えて、
彼女は「立ち止る自分」に「途方に暮れる」事しかできませんでした。
『あ~ぁ、酷い事するなぁ…貰い物でしょ?それ?
作り手の心の籠った「千羽鶴」に対して、そんな事しちゃ駄目だよ』
部屋に「一人でいる」と、思っていた所に…、
背後から想定外に話し掛けられ、驚き、
心臓の鼓動を大きく脈打たせ…彼女は、扉の方に振り返りました……。
開いた扉の前には…、怪我で入院しているのであろう青年が、
点滴スタンドを押しながら無断で入って来ています。
彼女は青年の言葉を反芻し…、胸の中に生まれた重く圧し掛かる感覚と、
迸る怒りの感情に我を忘れて怒鳴りつけます……。
『何にも知らない癖に、私のやる事に口出ししないで!
それ以前に、何様のつもり?
勝手に別の病室に入ってくるだなんて常識外れも良い所だわ!』
青年は聞いていないのか
彼女が踏み付けたボロボロの「千羽鶴」を無造作に拾い上げ、
苦笑しました。
『何が気に入らないか知らないけど、
入院患者に贈る「定番の見舞いの品」なんだから、
要らなくても退院まで飾っときなよ』
青年の言葉に怒りを感じ、彼女は眉間にしわを寄せて掴みかかります。
『「千羽鶴」を「闘病中の患者に贈る」だなんて、変でしょ?
千羽鶴って、御百度参りの折り鶴盤なんだよ!
元を辿れば、自分で千羽を折りきれなくて、
「原爆症」で死んでしまった「貞子さん」の為に、
「残りの鶴を折る話」だよ!間違って吹聴した「俗信」なんだよ!
甲子園目指して敗退した高校球児が、
勝ったチームに千羽鶴託すなら兎も角。まだ生きてる人間に…、
入院している本人に病気快癒・長寿を祈願って贈るって、おかしくない?
「必死に頑張ってる人」に「もっと頑張れ!」って?
「頑張ってる人の頑張りを認めない」って言ってるのと一緒でしょ!
祈願するなら、神様・仏様にするべきじゃないの?
元々、祈願って風習は、
幸せ願って社寺に奉納する物なんだから社寺持って行けば良いじゃない!
私に「千羽鶴を闘病患者に贈る」なんて、
戦後生まれの真新しい風習を押付けないで頂戴!
それ以前に、これのどこが…見舞いの品よ?』
彼女の怒りの声を聞き付けた看護師達が、
彼女が言いたい事を言い終わる前に現れました。
その後の「退院して来るな!って、生きて病院出て来るな!って言う。
呪いの品の間違いじゃないの?」と彼女が言葉を続ける前に、
看護師さん達は事務的に、
青年を病室から連れ出し、彼女をベットに戻したのです。
「てるてる坊主」は、黙って彼女を見守ります。
彼女も黙って、事務的な看護師さんの一方的な言葉を聞き、
悔しさによって目尻を涙で湿らせ、
自分が感情的に成り過ぎていた事に気付いて、頬を染め…、
彼女は、少し申し訳なさそうに扉の方を眺めています……。
そんな彼女の姿を見て、「てるてる坊主」は、
彼女の気分が晴れるよう、空に向かって俯き、祈りました。