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剣嵐話記  作者: いくやみ
第一章 傭兵少年イフィル
2/2

章ノ一

 王位継承問題に端を発した、フラドル王国とインデグラル王国の戦争は、互いの強大さ故に拮抗し、長きに及んでいた。


 フラドル王国は、神紀(しんき)三二年に建国された、大陸西端の国家である。古くから、軍事、経済ともに優れた国家であり、大陸でも指折りの大国と称される。

 東の超大国、聖ロワイル帝国とは建国以来の友好国で、中興の祖と呼ばれるシャトル二世の頃には、精強なフラドル騎士団と潤沢な国庫は、帝国に引けを取らないとさえ言われたほどである。


 一方、インデグラル王国は、神紀八六一年に建国された、北のベーター海に浮かぶベルトン島南部の国家である。もとは北方の海を支配していた武装船団。

 神紀八四九年に、船団の首長ガムジンが、シャトル二世の妹を嫁に迎えたことでフラドルの領主の一人となり、その後、ベルトン島南部を占領したことで、ベルトン公に任じられることになる。

 建国以来海運に優れ、造船を中心に技術大国と称される。


 そんな両国の戦争の主因、『フラドル王国王位継承問題』は神紀八六〇年のことである。


 当時、領土問題で対立していたスペニア王国の征伐を目前に、シャトル二世が、突如崩御(ほうぎょ)した。

 あまりにも偉大な力を持っていたシャトル二世の存命中、鳴りを潜めていた各地の領主たちは、王の死を待っていたかのように動き出した。

 中でも、ベルトン公のガムジンは、次第にその勢力を拡大し、フラドル北西部のブテーニュ公、ノンドルギア公とも手を結び、ベルトン島北部の征伐をしていた。


 各地の領主が動き出す中、フラドルの政権は徐々に求心力を失い、国政は荒れ、政権は諸侯を制することさえ出来なくなっていった。

 

 政権の機能不全を察知したベルトン公は、翌年、自らをインデグラル王リーチャル一世を名乗り、フラドル王国からの独立を宣言。インデグラル王国は、このとき誕生する。

 これに続くように、遠方の外様領主が次々と独立を宣言。フラドルは領土を次々に失っていった。


 この状況を打開するため、臨時政権は王の選定会議を、聖都アクス=プロヴェウスにて開いた。

 この会議には、聖皇(せいおう)や諸侯も参加した。


 聖皇とは、大陸各国の国教、リギス教の最高権威であり、各国に絶大な影響力を持つ人物のことである。


 本来ならば、選定など行わずに先代の嫡子が即位するのだが、当時、分家や親類から候補者を出すべきという動きがあったのである。

 最終的に、この会議によって候補者が二名に絞られた。


 一人は、保守派諸侯や臨時政権が推すシャトル三世。歳は四歳と幼く、政ができるのか心配されたが、摂政を置くという条件付きで候補者に残った。

 もう一人が、革新派諸侯が推すインデグラル王である。インデグラル王は、シャトル二世の妹を正室に迎え、王家の一人となったため王位継承が可能だった。


 最終審議の末、シャトル三世派が選ばれ、その年の夏、フラドル王にシャトル三世が即位した。


 しかし、事はこれでは収まらなかった。この時、譜代領主を中心とする保守派と、外様領主を中心とする革新派の対立が始まったのである。


 神紀八六三年、保守強硬派が政権を掌握する。強く正統なフラドルを取り戻すため。

 六月二日、フラドル王が最も信頼していた摂政が、王宮門前で革新派の浪人によって暗殺されたのをきっかけに、ついに保守派は、革新派の粛清を始めた。


 『保革内戦』の開戦である。


 準備不足の革新派諸侯は、伝統のフラドル騎士団の前に敗走。さらに保守派は、独立を宣言した領主への攻撃も開始した。

 数週の内に、沿岸部を除く全域を占領下におかれた革新連合軍は、インデグラル王国へ救援を要請。

 インデグラル軍との連合作戦に望みをかける。


 七月十三日、弟であるノンドルギア公が侵攻を受けたことを理由に、インデグラル王国がフラドル王国に宣戦を布告。ノンドルギア地方の沿岸に、五万のインデグラル軍が上陸。

 翌日、ルーメル近郊で行われた『ベテールの戦い』によって、数週で終わるはずの内戦が、数百年に及ぶ大戦へと拡大したのだった。


 果ての見えない戦争は、両国の騎士や兵士を疲弊させ、結果、戦争は傭兵や民兵をも動員しての総力戦へ移ろうとしていた。


 そして、今また一人、混沌の戦場へ身を投じようとする少年がいた。



 少年が、初めてシトラスベールにやってきたのは、神紀一一六四年のこと。

 まだ、名前も無く、ただひたすら、シトラスベールを目指して歩く牢人に過ぎなかった。


 「はぁ・・・はぁ・・・」


 シトラスベールは、神紀一〇三六年に結ばれた『大陸条約』で、永久中立を保障されたアンゼル地域の都市である。

 そんなシトラスベールは、ボロボロな身なりの少年も入ることが出来るほど、自由な都市である。

 自治は主に豪商によって行われ、守衛などは傭兵によって行われた。


 ドスッ!

 疲労困憊の少年は、まともに歩くこともできず、大通りで誰かの背中にぶつかった。


 「あぁ・・・すみま・・せ・・・」


 少年は謝罪する前に道に倒れこんでしまった。何日もろくに食べられず、不眠不休でシトラスベールを目指した少年は、既に限界だった。


 「おい!・・・か!・・・!おい!」

 「あぁ・・・私・・・は・・・死ぬ・・・の・・・か・・・」


 少年の予想は合っていた。シトラスベールを訪れる者は多い。

 しかし、同時に訪れようとして亡くなる者は訪れる者よりずっと多い。


 中立地域との境界線近くで張り込み、シトラスベールからフラドル国内で向かう商人や旅人、逆にシトラスベールへ向かう人を襲う野盗に殺されたり、シトラスベールに着いた安心から、緊張の糸が切れ、死んでしまう人もいる。


 少年は後者。無心でシトラスベールに向かい、到着した安心で、急激な疲労と飢えを感じ、身体が耐えられなかった。


 「死に・・・たく・・・ない。死にたく・・・ない」


 そう言って、少年は大通りで深い闇に呑まれた。



 「!?」


 少年が次に目覚めたのは、優しい日光が窓から差し込む部屋。柔らかい寝台の上だった。


 「天井だ・・・」


 少年の目から涙が流れる。久しぶりの天井だった。

 部屋の外からは、にぎやかな声が聞こえてくる。窓の外よりにぎやかだ。


 「店・・・なのだろうか」


 そうつぶやくと、少年は寝台から起き上がり、扉に向かう。


 「服が・・・」


 寝台を出た瞬間に分かった。綺麗な服を着ている。新品ではないが、丁寧にされている服だと分かる。

 部屋にある姿見で全身を見てみるが、少年の人生で一番綺麗な服だった。


 「綺麗・・・」


 少年はしばらく、自ら着ている服に見とれていた。

 

 「あっ、そうだ。外」


 少年が、扉に手をかける。少し、緊張はしていた。自分は、もしかしたら死んだのかもしれない。

 ここは、あの世なのかもしれない、と。


 ガチャ!

 どうにでもなれ、と扉を勢いよく開けた。


 目の前には、扉があった。

 左右は広がっていて、左手には階段があった。どうやら声は、下のほうから聞こえるらしい。


 「本当にどこなんだろう」


 少し不安になりつつも、少年は一歩ずつ階段を下りて行った。

 階段の先には、暖簾(のれん)がかかっていた。声が一層にぎやかになる。暖簾から漏れる光が、最後の二段を明るく照らしていた。


 ゴクリッ

 不安と希望が一緒になって少年を包む。少年は、ゆっくりと暖簾の向こうへと進んだ。


 パッと明るい光が少年を照らした。

 少年の目の前には、酒を飲み顔を赤くして陽気にしゃべる大人の姿があった。皆、少年より歳が上のように見えたが、性別も年齢も様々だ。


 ただ、そのほとんどが戦人だということは分かった。壁や机、椅子などに武器が立てかけられいる。

 

 「主人!こっちに美味い酒をくれ。べっぴんさんが来てんだ」

 「親仁(おやじ)、こっちにも酒をくれ。麦酒だ!」


 初めて見る酒場に、少年は少し戸惑いを見せた。まさか、自分が酒場の二階で寝ていたとは思いもよらなかった。


 「おっ、元気そうだな。しかし、見ねえ顔だな。お前も傭兵稼業で一旗揚げようって口か?」

 「えっ、あ・・・はい」


 勘定台の後ろにいる主人が、急に話しかけてきた。


 「はっはっは。なんだ、冗談のつもりで言ったが、本気でそうだったなんてな」

 「そう、なんですか」

 「ああ、ここへやってくる傭兵と比べると、お前は若すぎるからな。だがな、甘い仕事じゃねえぞ。どんな世界でもそうだが、大成する奴は一握りだ」


 階段の手前で棒立ちになっている少年を、主人が手招きする。


 「いつまでそこに突っ立ってやがる。こっちに来い」

 「あ、すみません」


 主人が、目の前まで来た少年の顔をじっと観察する。少年は、少し緊張した面持ちだった。


 「ほう。良い眼をしている。いい面構えだ。お前の名は?」

 「名前は・・・ありません。無いんです」

 「そうか。じゃあ名前を考えないといけないな。傭兵っていうのは名前が重要だ」


 主人が、少年の前で頭をひねって考えている。眉間に指を当て、うーんむーんと悩んでいる。

 

 「イフィル」


 少年が不意に言った。少年自身も驚いた顔をしている。


 「あ、あのイフィルは・・・いえ、イフィル。イフィルでお願いします!」

 「イフィル。ああ、良い名前だ!覚えやすくて、被ってるやつもいないしな。憶えておくぜ」


 主人は、棚から飲み物を出し、杯をイフィルの前に置いて、その中に注ぎ始めた。


 「ここにはな、インデグラル、フラドルの両国から、傭兵契約の話が入ってくる。その契約を、お前ら傭兵に紹介してるのが、この俺だ。まあ、仲介役ってところだな。よろしく頼むぜ。」


 飲み物を注ぎ終わって、イフィルに飲むように勧める。飲み物は、柑橘系の果汁のようだ。

 イフィルは一気に飲み干し、杯を主人に返した。


 「ほう、いい飲みっぷりだ。これは傭兵稼業開業記念だ、金は要らねえよ」

 「でも、ただでいただくのは、少し気が引けます」

 「大体、今手持ちがねえだろ?これからこの店を利用してくれれば別にいいさ。そのためにも、がっつり稼いでくれよ」

 「はい。助けていただいた分の恩も返せるように頑張ります」

 「そうか、なら大丈夫だな。さっそくだが、ノンドルギア地方の戦場に出る契約があるぞ。ノンドルギアは、いわば、フラドルの玄関口だ。海からはインデグラル軍が上陸し、それを阻止せんとフラドル軍も集まる。つい数週前までは、小競り合いが偶発するだけだったんだが、フラドルの総司令官が流罪になってからは、インデグラル軍の猛攻が始まってる」

 「両軍とも、傭兵を欲しがっているんですね」

 「ああ、インデグラルもフラドルも、とにかくたくさんの兵を求めている。傭兵としての初陣には、うってつけの舞台だな」


 主人が、勘定台の裏から依頼書を出した。そんなに多くはなかった。初陣のイフィルにあった依頼だけを選んでくれているのだろう。


 イフィルは、インデグラル軍の依頼書を主人に渡した。


 「これでいいんだな」

 「はい、よろしくお願いします」

 「そうか。ひとつ、助言だ。戦場に出たら、まずは、名声を得ることを考えろ。名のある将を打ち破れ、堅牢な拠点を落としてみせろ。そうして、お前の名前を売るんだ。まずは自分を知ってもらわなきゃ、何も始まらねえからな。それじゃあ、行ってこい!」


 主人は、イフィルの背中を叩いて送り出した。

 痛い。だが、どこか心の底が熱くなる、勇気をもらえたような気がした。


 イフィルは、駅でノンドルギアのルーメル行きの馬車に乗り、初陣に向けて出発したのだった。

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