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創作怪談――創怪

マンホールと壊れた傘

作者: ユージーン


 ことり


 と小さな音がする。

 何か硬い物をアスファルトの上に静かに置いたような。

 夜道。見回しても誰もいない。


 同じような事が定期的に起きる。

 以前からあったのに気づいていなかっただけか、あるいはあの晩から始まったのか。

 その度に振り返るが何も見えない。


 それから半年ほどたった頃。

 気配を感じたような気がして振り返った。

 予感めいたものがあったのかもしれない。

 正体がわかった。

 ほんの少し持ち上がっていたマンホールの蓋が枠の中に収まった音だった。

 閉まる直前、隙間から2つの目がこちらを見ていた。




 それ以来、そいつは少し開き直ったようだった。

 視界の隅でマンホールの蓋がこっそりと持ち上がり、こちらが気づくと閉まる。

 時にはふいに人が通りかかることがあるが誰もそいつに気づかないようだった。

 視界の隅でじっとこちらを見ている。




 相変わらず背後で「ことり」と聞こえることもある。

 聞こえる度にびくりとしてしまう。

 無視しようと思っていても不意打ちされるとどうしても反射的に動くのを止められない。

 こちらの反応を見るためにわざとやっている。そんな気がした。




 ある日の午後。

 通行人は少なかったが自動車が行き交っている。

 信号を待っている時、なんとなく視線を下に向けると側溝の蓋――金属の格子状になったその隙間からこちらを見ていた。

 側溝の蓋に近づけなくなってしまった。




 友人に相談すると「お前、死ぬぞ」と言われた。

「そいつは未来人で、これから起きる大事故か災害を観察するつもりなんだ。なにが起きたのか知るために。今すぐ逃げろ。そうすれば世界線が変わって助かる。事故そのものも起きないかもしれない」

 私に知られてしまっては観察できないではないか。

「警告なのかもしれないな。助けたいんだよ。きっと。子孫の一人なのかもしれない。――――オレは旅に出る。死にたくない」

 それっきり友人とは音信不通になってしまった。




 雨が降っている晩。

 小雨ではあったが、それでも雨が傘を叩く音のせいで「ことり」は聞こえない。

そのせいで気が緩んでいたのかもしれない。

 たまたま駐車場から車が出てくるタイミングで通りかかったので立ち止まった。

 車が走り去ると、すぐ目の前にマンホールの蓋があった。

 いつもは注意深く避けていたのに、その時は全く気づかなかった。

 蓋がゆっくりと持ち上がり始める。

 目、鼻、そして口。

 青白い顔が見上げ、こちらを指差して言った。

「うしろ」

 反射的に振り返ると真っ黒な影が覆いかぶさろうとしていた。


 ばしゃり


 慌てて身をかわそうとして足がもつれ、水たまりの上に尻餅をついてしまった。

 影は消えていた。


「大丈夫ですか!?」

 通りかかった人が手を貸してくれて立ち上がる。

 見回すとさっきのマンホールもなかった。

 ただ、倒れた時に手放してしまった傘がなにか大きなものに踏まれたかのように潰れ、骨も中央の芯棒もみんな折れてしまっていた。

 助けてくれた人もじっとそれを見つめていた。


 お礼を言って別れ、近くのコンビニで傘を買って帰った。

 お尻はすっかり濡れてしまっていたのだけれど。




 以来、おかしな事は起きていない。

 旅から帰ってきた友人に話すと「死なずにすんでよかったじゃないか」とだけ言われた。

 そして何度思い返しても、あの薄気味悪い顔に心当たりはなかった。

 家族や親戚にも似た顔の人はいない。

 彼らが協力しあっていたのか、お互いに邪魔しあっていたのかもわからない。


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