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雑巾がけに精出して 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 どう、そっちの掃除は終わった? 男子トイレに関しては、君にお任せするしかないから、よろしく頼むわよ。トイレットペーパーとかが足りなかったら、バックヤードにあるから補充しといてね。

 う〜ん、最近はずっと同じ姿勢をしていると、びきびき来るわよねえ。もう、歳かなあ〜なんちゃって。

 ……ねえ、なんで神妙な顔してうなずくの? そこは「またまたご冗談を」とかいって、女のご機嫌を取るシーンじゃないの? お約束外しのつもりだったら、別に実践しなくていいから。

 まったく、変なところで堅物というか気が利かないというか、苦労しそうな性格してるわね。掃除を始めたら、一直線にもくもくやっていくってところも、その裏付けっぽいし。

 君は学校に通っていた時からそうだった? 私も手を抜かずにやっていてつもりだったけど、おかげで思わぬ出来事に遭遇したことがあるわ。

 ちょっとその時の話を聞いてみない?


 掃除。私の学校はすべての授業が終わった後に、時間が取られることになっていた。ほうきと雑巾、黒板係にゴミ出しとローテーションで回していたわね。

 教室以外にも担当場所を変えることがあって、うちのクラスだと理科室を担当していた覚えがあるわ。

 最初に配属になった時、自分用の雑巾を持ち込むのだけど、雑巾は汚れるのが仕事だからね。隅々まできれいにしようと思っていたから、一カ月もしないうちに私のものは真っ黒に。他のみんなのものも大差がなくなって、書いてあった名前も判別できない状態。そのうち、私たちは雑巾かけにかかっている適当な一枚を選んで、掃除をするようになっていたわ。

 雑巾で拭く時の注意ごとはいくつかあったけど、私が苦手とするのが雑巾しぼりだった。どうも女子の平均値とかと比べてもね、抜群に握力がなかったのよ、当時の私。

 自分では一生懸命しぼって、「これ以上はもう出ない」と思っても、他の人に渡すとだばだば水が出るのよね。「水が残っていると、ばい菌が増えちゃうから、ちゃんと絞らないとダメだよ」と先生に何度も注意されて、恥ずかしかったわ。この有様だと、同級生相手に馬鹿にされるのも時間の問題。

 私は頑張ったんだ。誰より自分が知っている。だからこれは仕方ないんだと言い聞かせて、他の人にしぼるのを任せなくなった私の雑巾は、雑巾かけにかけたはしからぽとぽとと、自分の足元に水たまりを作ってしまうほどだったわね。


 梅雨に入って雨の日が増えたせいで、天日干しをしていた雑巾たちも、屋内で干される日が増える。ゆすぐ前から、すでに湿り気を帯びているような気がして、身震いしそうだった。

 その日の私の担当は、ビーカーやフラスコなどの拭き掃除。専用の雑巾は比較的きれいだったけれど、きっと私を含めた大多数の生徒に「握手」されているもの。加えて、私の中途半端なしぼりのせいで、表面に水気がたっぷりと浮かんでいる。

 改めて別の乾いたぞうきんで拭き取り、元の場所に戻していく私。いつもにも増して、コケに近いにおいを感じた気がしたけれど、他のみんながやった床や机も似たようなもの。

 仕方ないよね。いつも通り、そう思って片づけていったの。


 ところが翌日。理科室の実験器具たちが足りなくなるという事態が起こった。不足しているのはビーカーやフラスコを始め、私が拭き掃除を担当したもの。

 自然と、私は真っ先に疑われた。痛くもない腹を探られるのってしゃくだったけど、本当にやっていないんだから、下手に逆ギレするとごまかそうとしているように取られる。淡々と受け答えしてやったわ。

 証拠不十分ということで追及は止まったけれど、不信感は拭えなかったんでしょうね。私は本来ならあと数日間は続けていた、器具を拭く係を辞めさせられ、理科室とその準備室の床を、水拭きする係にさせられたわ。


 そして次の日。今度は理科室と準備室の床板がごっそりとはがされて、中身の塩化ビニル層がむき出しになっていた。いずれも私が掃除に関わった部分。

 さすがに前回と違って、素人の仕業じゃないとみんなも思ったけれど、二回も私が関わった部分で事件が起きてしまうと、良い顔では見られない。私は特別にほうきとゴミ捨てだけを担当する係に任命され、雑巾に触る機会をすっかり奪われてしまったの。

 仕事量は減ったけれど、時々みんなが気持ち悪いものを見るような視線を向けてくるから、精神的にかなりまいったわね。

 周囲の冷え冷えとする視線に耐えながら、私は掃除に取り組む。あいにく、私が遠ざかってしまってから、水拭き組は平穏無事。やはり私に原因があるのかと思われて、すっかりクラスの鼻つまみもの。

 せめてなくなってしまったものが戻ってきてくれれば。いや、それよりも私以外の誰かが同じような事態を引き起こしてくれれば、とも考えながら、どうにか毎日を過ごしていたわ。

 

 ようやく事態が動いたのは、夏休みに入る一週間前のこと。朝、保健の先生が保健室に来てみたところ、人体模型がなくなってしまったのに気が付いたのね。

 人体模型の拭き掃除を担当したのは、同じ学年だけど別のクラスの女子。私と同じで握力が弱く、雑巾をしっかりと絞れない子だったみたい。

 私の時から続くこの二つの事件は、公にはされなかったけど、先生方はひそかに捜査がなされていたみたい。私も放課後、生徒指導室に呼び出されて、状況確認をされたけど素直に伝えるしかない。

 なかなか進まない問答を続けていると、校庭側から「わっ」と声が上がった。歓声というより悲鳴に思えたわ。

 

 指導室は校舎の一階にある。私たちが部屋を出て窓に張り付くと、さほど遠くないところに人だかりができている。

 駆け付けたところ、人の輪の中心にあったのは、首のもげた人体模型。その胴体には青みがかった綿みたいなものが、おびただしくこびりついていた。そこからはあの、濡れた雑巾そっくりの臭いがしたわ。目撃した人の話だと、屋上から身を躍らせて、グラウンドに落ちてきたとのこと。

 人体模型を運ぶかたわらで、屋上も確かめられたけど、もともと鎖と複数の南京錠で入り口を封鎖されている。カギは職員室にずっと置かれていて、壊した形跡もない。

 人体模型にこびりついていたのは、カビだと判断されたわ。けれどもその粘着力は強く、一度吸い付いた場合、引きはがそうとすると人体模型ごと一緒に動いてしまうほどだったとか。人体模型は、即日処分されたそうね。

 

 私は思う。あの人体模型の中にくっついていたカビたち。それは雑巾についていたばい菌たちが、異様な速度で育ってしまった結果じゃないかと。増えて増えて、くっついたものを動かしてしまうほどに。

 今も、私の雑巾が触れた器具と床材たちは、見つかっていないそうよ。



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