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短編?の部屋  作者: 柚之木
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小話「腱鞘炎」

おお、野菜屋のみよこさんじゃないか、いつもすまんのぉ。

何?一文字も合ってない?それはすまんのぉ野菜屋の(こよみさんじゃったかのぉ…?)。

いつも助かっとるんじゃよ、歳のせいか外に出るのが億劫になってしまってのお、野菜を届けてもらうのは大助かりじゃよ。


ほれほれ、お茶屋のせがれが持ってきてくれた新茶と煎餅があるんじゃ、遠慮せんと上がっていきなさい。

ん?そうじゃったな、お主には遠慮など無縁のものだったのぉ、かっかっかっ。

いつもの茶箪笥に入っているから用意はまかせるぞい。


ふぉ~、新茶はやはりうまいのぉ~。

お主もそう思うじゃろ?煎餅ばかり食うでない、茶も楽しまんか。

ワシの分の煎餅まで食べそうな勢いじゃったぞ。

ところでな、妙な話を聞いたんじゃがな、巷では腱鞘炎がはやっとるそうじゃないか?しかも横文字で『すまーとさむ』?だとか言うらしいのぉ。


違うじゃと?『すまーとふぉんさむ』?

うむ、知っとるぞ、知っとるとも、すまーとふぉんじゃろ?

納得したわい、『すまーとさむ』では、まるでメリケンの名前みたいじゃったからのぉ。

………結局は腱鞘炎のことじゃろ?


でのぉ、その腱鞘炎じゃが。

ワシも若い頃に林業に携わっておってのぉ、腱鞘炎の辛さはよーく知っとるよ、当時のチェーンソーはエンジンのせいか振動がすごくてのぉ、腱鞘炎になるものが非常に多かったのじゃよ、かくいうワシも物が持てぬほどの痛みに襲われたものじゃよ。


そんな腱鞘炎がじゃ、若い世代を中心に蔓延しとるらしいじゃないか。

ワシはなんだか嬉しくてのぉ…戦後復興から高度経済成長、バブルが弾けて今に至るまで、林業などというものは衰退していくだけじゃとおもっとった。

今となっては若い者など見向きもせんとおもっとったんじゃよ。


ところがじゃ、テレビで大々的に取り上げられるほど腱鞘炎を患う若者が多いと。

ワシはピーンと来たのじゃ、日毎夜毎たくさんの若者達が山に入りチェーンソーを振り回しておる事がワシには解ったのじゃ!

ワシの思惑とは違い、林業に衰退など無かったのじゃ!!

自分の若かりし頃を思い出して不覚にも涙がでたわい!


なんじゃ?お主、その顔は?勘違いじゃと?

馬鹿な、国営放送でニュースになるほどの大量の若者が従事しておるならば、あと100年は林業に衰退は無いはずじゃ!

何?原因は『すまーとふぉん』じゃと?ああ、知っとるともチェーンソーの会社の名前じゃろ?

待て、野菜屋の!何故、大根を振りかぶっておる!?落ち着くのじゃ!!


全く、ワシが恐怖を覚えるなど、ばあさんに浮気がバレた時以来じゃわい。

そんなひげ根の穴が揃ってない大根で叩かれたら死んでも死にきれんぞ。

で、それが『すまーとふぉん』携帯電話じゃというのか、世の中の進歩はすさまじいのぉ。

しかし、それでどうやって腱鞘炎になるというのじゃ?


ほうほう、小指で支えて、親指だけで操作をすると…。

なんという滑らかな指さばきじゃ!!お主、さてはプロじゃな?

普通じゃと?お主…、こういうときだけ謙遜するのはどうかと思うぞ。

いつもなら、その見事な腹をつきだしてふんぞり返りおるのに……、待て!ワシが悪かった!じゃから大根を振りかぶるのをやめぃ!!


はぁはぁ…、今晩ワシは大根の夢をみるじゃろうな。

お主、売り物を叩いたり振りかぶったりするのは感心せんぞ。


しかし、先程のような指の動きで腱鞘炎になるとは思えんぞ?

まさか、激しく振動しておるわけではあるまい?

ほうほう、人間の手は掴む筋肉の方が強く、指を開く筋肉が弱いと、それで手首の外側の腱を包む鞘がこすれて炎症を起こす…、すまぬがワシにも解るように簡単にならんか?


親指を何度も開くと腱鞘炎になる、ということかの。

なんじゃ、初めからそういわんかい、ほれ、先程の動きをもう一度やってみてくれい。

おお、確かに激しく親指が開いたり閉じたりしておるわ。

なるほどのぉ、お主、野菜以外の事も博識じゃのぉ。


むむ、ひょっとしてじゃぞ?サムというのは親指の事ではないのか?

やはりそうか!ワシもまだまだ捨てたもんじゃなかろう。

そして、ワシがすまーとふぉんを使う暁には親指を使わずに、人差し指を使うことにしよう、親指を使わなければ腱鞘炎になることもあるまい。

ワシが考えたんじゃからな、真似するでないぞ?


さて、年寄りの長話につきあってもらってすまんかったのぉ。

ところで、お主らしくもない詰めの甘いこの大根はいらんぞ。

ぬ?娘っ子が仕入れたじゃと?それを早く言わんか、一本…いや二本おいてゆけ。

なんじゃ、その顔は?次は娘っ子も連れてくるんじゃぞ。

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