戦場
私は、ジャン・ウィーバー。少しは名の知れた傭兵だと自負している。
数多の戦場を駆け巡った歴戦の傭兵だ。最初は金のためだった、しかし、最近は戦場に立つ事が目的になりつつあるようだと自己分析する。
自己分析は戦場で生き残るためには重要な要素だ、自分の置かれている状況を把握できずに無謀な突撃を行い散っていった若い兵士を幾人も見てきたものだ。
そして私は今、新たな戦場へと向かうべく輸送列車の発着場所へと歩を進める。輸送列車の到着するホームに入るにはID認証が必要のようだ、私は事前に準備しておいたIDカードを改札にかざしてホームへと進む。このような重要なIDが金で買えるとは、我々傭兵にとっては有り難い事だが、他国のスパイ等に対する警戒が甘いともいえる。
周囲には私と同じような姿の兵士達が何本も列を作り輸送列車の到着を待っていた。
この国のバトルジャケットは少し異様だ、軽いし収納もあるが色が黒や紺などの単色なのだ、夜陰に紛れるのには有効だが、ジャングルや平原では悪目立ちしてしまう。肩が突っ張るような構造も素早い動作を阻害してしまう。そして何より薄いのだ、特殊な加工がされているようには思えない、爆発で飛び散った破片一つ当たれば重傷はまぬがれないだろう。
私も多分にもれず黒のバトルジャケットを着用している、この国の専門店の店員が薦めてくれたもので、通気性にすぐれていると言っていたが、確かに不快感は無い。
キャリーバッグは統一されていないのだろう、背負うタイプ、肩掛けタイプ、手で持つタイプと様々だ。あれは、スナイパーラフルだろうか?縦に長い黒のケースを担ぐ者もいる。中には手ぶらで私服の者もいるが、特殊工作員で潜入するためのカモフラージュだろう。ああいった暗部のような手合いにはなるべく近づかないにこしたことはない。
ホームを端から端まで観察した、このようなただの兵員輸送拠点に食料を販売する店がある事に驚いたりもしたが、私は迷うことなく人が一番多い改札近くの中央の列を選び最後尾に並ぶ。輸送列車が奇襲を受ける事も少なくない、そのため、先頭車両や最後尾の車両は死の確立が上がる、この国の大半の兵士達はそれを理解しているのだろう、良く訓練されている証拠である。先頭車両などの位置に並んでいる者は訓練の行き届いていない末端の部隊か、死を恐れぬ愚か者か・・・。
ピロピロピロリンピロピロリン。
『次に参ります列車は八時五十分発○○行き、八両編成。お足元の黄色い丸印の・・・』
間の抜けた音の後に列車の到着を知らせるアナウンスが流れ、ホームに輸送列車が滑り込んできた。
すでに車内には別の発着点で乗り込んだであろう兵士達がいる。この国は兵士の数が異常なほどに多い、能力的なものはどうあれ数こそこが最大の戦力となるのは今も昔も同じである、なんとも恐ろしい国である。しかし車内を見るに、あの様子では私の並ぶ列の半分の人員しか乗り込む事はできないだろう、どうやら次の列車を待つことになりそうだ・・・。
到着した列車が発車した後、私はホームに一人取り残されていた。
待て、何が起こった?
冷静になるんだ・・。
冷静さを失った者から死んでいくのは、よく知っているはずだ。
冷静になって思いだすんだ。
列車が到着すると、並んでいる列が二つに割れた、この発着点で下車する兵士の行動を阻害しないためだろう。数人の兵士が下車し終わると、列の先頭から順次乗り込んでいった。
列が進むにつれて、私も進んでいったが、目測通り半分も進むと車内は満員になっていた。
やはり、次の列車か・・と、私は足を止めたが、列はなおも進み続けていた。
ある者は疲れきった表情で、ある者はさも当然といった表情で、またある者は覚悟を決めた戦士の表情で進んでいく。すでに過積載の車内、どこにもスペースは見当たらないのに、どんどんと兵士達が乗り込んでいく。今にも溢れ出しそうな車両を呆然と見ていた私の横を真新しいバトルジャケットに身を包んだ若い兵士が駆け抜けた。
「バカな!?死ぬ気か!!?」
かつての戦友が地雷原に走りこみ無残な死を遂げた記憶がよみがえり、私は声を上げていた。
若い兵士が車両の前で振り向き、私を見てニヤリと笑った気がした。開いた扉の内側上部に手を置き、その反動を利用して背中から上半身をねじ込ませていく、上半身をねじ込んだ事によりほんのわずかなスペースができる、そのわずかなスペースに残っていた下半身が吸い込まれた。
車両の扉は何事も無く閉まり、発車のベルを鳴らすと、呆然とした私を置いて無謀と思われた若い兵士と共に輸送列車は発車していったのだ。
ピロピロピロリンピロピロリン。
『次に参ります列車は八時五十五分発○○行き、八両編成。お足元の黄色い三角印の・・・』
冷静に先ほどの事を思い出していた私の耳に再び間の抜けた音が届き、五分後の輸送列車の再到着を知らせた。ははっ、私は何を焦っていたのだ、五分だ、たった五分で次の輸送列車が到着するではないか。今、このホームには私しかいない、他の発着場でどれだけの人員が乗り込んでいようとも、私一人ならば乗り込む事など容易いではないか。
先程の無謀な若い兵士の行動にあてられたのだ、冷静なつもりでいたが焦っていたのだ、自己分析を怠るなどとは、私もまだまだということか・・、ここはコーヒーでものんで落ち着くべきだろう。
食料販売所でコーヒーでも買おうと振り向いた私が見たものは、改札でのID認証を終えてホームにぞくぞくと入ってくるバトルジャケットを着た無数の兵士達であった。
『もしもし?ウィーバー君?もう、こなくていいから。』
私の名前はジャン・ウィーバー、少しは名の知れた傭兵のはずだ・・。