口寄せ小夜ちゃん
私は風祭小夜、”かざまつりさよ”じゃなくて”かぜまつりさよ”ね。
小さい頃は『風邪が来るー!』なんて男子にからかわれていたから”かざまつり”でもよかったんだけど”かぜまつり”っていう珍しい苗字はお気に入り、。
背の高さは女の子の中で普通ぐらい、スタイルは細いとだけ言っておこう(決してまな板などではない)。
顔は自分じゃ解らないけど、友達とよくいくお店の人から「今日も可愛いね」って言われるから可愛い部類だと思う・・思いたい(友達皆、可愛いねって言われてる)。
そんな私は、遊びたい盛りの高校二年生。
遊びにいくにもお金がいるので「アルバイトをしよう!」って思った。
そして今、私が住む四陵市の公民館でスーツ姿の正座している暗い表情の四十代の夫婦に向かい合い、白装束を着て仮面をつけて同じように座っている。
『急募!年齢性別全て不問、週三日ほどの簡単なお仕事です。※ただし、適正試験有り。○月×日十時公民館まで。』
三ヶ月前、学校帰りの電柱に張ってあった『急募』と書かれた紙、怪しい業者を疑ったけれど『公民館』という文字とアルバイトのしたかった気持ちで、指定された日の十時にほいほいと公民館の前にいった。
年齢性別がばらばらな人達が二十人ほどいた。
(うえ~、こんなにいるんじゃ私なんてムリじゃーん)
って思ったけど、せっかくなので適正試験とやらを受けていくことにした。
適正試験の内容は、女の私から見てもスゴク綺麗なお姉さんと一対一での質疑応答(住所や名前、志望動機と世間話)。
その後に「目を閉じて下さい。」といわれたので目を閉じた。最初は真っ暗だったんだけど、珠のような物がいくつか見えた気がした。
「何か見えますか?」と聞かれたので正直に「珠のような物が見える気がします。」と私が言うと、お姉さんは「いくつ見えますか?」と聞いてきた。
見えた気がした珠のような物がはっきりと珠とわかりはじめた、目を閉じているのに見える珠の数を数えて、「六個みえます。」と、お姉さんに正直に伝える。
「他に何か感じませんか?」お姉さんは続けて聞いてきた。
私は感じたままを伝える「楽しそうな赤と青が二つずつ、怒っている青が一つ、あとは・・犬?」
感じたままなので自分でもよくわからなかった。
「はい、ありがとうございました。それでは左の部屋で待っていてくださいね。」
私は、いわれるがままに左の部屋に移動して中に入ってびっくり、誰もいない。
私の前に十人ほど試験をうけているはずなのに誰もいない・・。
(え?どういうこと?私だけ落ちてる?うわーマジかーそれなら帰らせてよー・・)
などと悶々と思って十数分、お姉さんが部屋に入ってきてにっこりと笑うと私に告げた。
「”かざまつり”さん、今日からお願いしますね。」
「ほえ?」私は変な声が出た。
合格?合格なのか?マジか?私だけ?ないわー。
っていうかお姉さん笑うとすっごい、男ならイチコロだよー。なんて動揺した私の返した言葉は・・。
「”かざまつり”じゃなくて”かぜまつり”です、ハイ。」だけだった。
で、私は今、目を閉じて怒っている青い珠を一つすくい上げた。
私の中に別の誰かが入ってくる感じ、最初は気持ち悪かったけど、今となっては慣れたもの。
姿勢さえ維持していれば後は勝手に進んでいく、確かに簡単なお仕事だね。
『父さん・・母さん・・』私の口が勝手に動いて喋りだす。
「ノブオ?ノブオなんだね!!ノブオ~~・・・」
母親であろう女性が名前を連呼して泣き崩れた。
父親であろう男性は目を閉じて微動だにしないが目元にわずかに涙が浮かんでいる。
私がしているアルバイト、それは”口寄せ”。
合格したあとにお姉さんから説明された時には・・。
「は?なにそれ?頭大丈夫?お姉さんスッゴイ美人なのに嫁入りできないよ?」と、私の口から出た瞬間デコピンされてた。
女子高生にあるまじき「ぎゃもふぅ!!」などという声を漏らすほどに、ものーーっすっごい・・、痛かった!!
首から上だけが持っていかれた気がしたもん、それ以降、お姉さんの前で”嫁”という単語は使っていない、いや、使えない(私の首のためにも)。
痛みの治まった私は、お姉さんのレクチャーの元に実践・・で、今に至る・・と。
「ねえ、あなた・・ノブオの無念を晴らしましょう?」「そう・・だな。今日はありがとうございました。」
んあ?何事か相談していた夫婦が深々と頭を下げてきた。
思い出に浸っている間に終わったみたい、私が別の事を考えてても”ノブオ?”は勝手に喋れるからね。
「どういたしまして、貴方達の進む助けになれますように。」
決まり文句を言って私も少しだけ頭を下げる。
スーツ姿の夫婦は、再度私にお礼を言って公民館から去っていった。
「”かざまつり”さん、お疲れ様、今日はさっきの夫婦だけだからおしまいよ。」
お姉さんが、奥の部屋から出てきて今日の予定の終了を告げた。
「”かぜまつり”ですってば、いい加減覚えてくださいよー、それとお姉さんの名前教えてよね?」
柔和な笑みを浮かべているお姉さん。あ、これわざとやってるパターンだ、うーん、私もこのやり取り嫌いじゃないけどさー・・。
私は仮面を脱いで、正座していた足をだらーっと伸ばす。
お姉さんは、座布団やら照明やらの雰囲気作りの小道具を片付けていく。
そんなお姉さんに私は今まで思っていた事を聞いてみることにした。
「ねえ、おねえさん。」「ん?どうしたの?」
てきぱきと小道具を片付けていくお姉さん、手はとまっていないが質問に答えてくれるようだ。
「えっとね、今日すくい上げたのって”ノブオ”じゃなかったと思う。今までもほとんどが違うのだったけど・・、いいのかな?」
そう、今日私がすくい上げたのは”ノブオ”じゃないと思う、夫婦との会話の中で『自分は”ノブオ”です。』というような発言は一切なかったから。
「よいしょっと。別にかまわないわよ?」座布団を押入れに入れたお姉さんが軽く返してきた。
「え?でも嘘ついてる事になるじゃない・・、詐欺?」「そうね、詐欺かもね。」
おおう、私はいつのまにか犯罪の片棒を担がされていたのか・・。
父上様、母上様・・、小夜は犯罪者になってしまいました。
ぐおお・・と犯罪者ロードまっしぐらの自分を想像してもがいていると、お姉さんがお茶を持って私の前に座った。
「小夜ちゃんにはまだ難しいかもしれないけれど、世の中には必要な嘘もあるのよ。」
「でも、詐欺って犯罪なんでしょ?」妄想の犯罪者ロードから戻ってきた私はお姉さんの入れてくれたお茶をずずっと飲む。
「そうねえ、騙された方が騙されたと解って訴えたらそうなるわね。」
「という事は誰も訴えてないの?」
「ここが続いてるのがいい証拠ね。それに皆わかっていると思うわよ?」
「???」
「小夜ちゃんもいずれ解る時がくるわ。はい、今日のお給金よ。また予約が入ったら連絡するわね。」
私は狐につままれたような気分でお給金の入った封筒を受け取って更衣室に向かった。
封筒を空に掲げて、いくら入っているのか想像しながら帰るのがバイト帰りの楽しみ、家に帰るまでのワクワク感がたまらないってね。
だけど今日は、お姉さんとの話もあって足取りは少々複雑・・。
お姉さんは『いずれ解る時がくるわ。』っていってたけど本当にそんな時がくるのかな?
ただ一つ解ることがあるとすれば、今日すくい上げた”ノブオ?”、最初は怒っていたのに私から出て行く時には晴れ晴れとしていたことくらいかな?
内容は聞いてなかったけど、グチみたいなことを延々と言ってたからね、そりゃスッキリもするか。
よっし、私も明日はパーッといっくぞー!
数日後、度重なる残業で過労死した息子に代わり、大企業を相手に裁判を起こした夫婦のニュースを見ながら朝食のパンを食べていた。
「ん~?」どこかでみたような・・?
他人の空似だよね、こんな『私達覚悟決めました!やってやります!!』みたいな雰囲気じゃなかったもんね。
あっ、やっばい、遅刻する~!私は、食べかけのパンをくわえたまま玄関に行き走って学校に向かうのだった。