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そこは、直子にとっの、初めて入る店だった。
店の前を通る度に、ディスプレイされている服に視線がいった。いつしか、こんな服を着てみたいと思っていた。
友人の亜希子なら、試着するだけでも臆することなく入って行くだろうし、似合えば買うし、似合わなければ「ごめんなさい」と言って帰るだろうが…
けれど、直子にはそれが出来なかった。一旦着てしまうと、似合わないと思っていても断れない臆病なところがある。一人だと尚更たし、誰かが一緒にいて、
「似合うわよ」
と言ってくれても、服に自分が負けているような気分になってしまい、気に入った服でも着ないことがある。
それに直子は、買い物が下手だった。特に服の類いは苦手だ。部屋のクローゼットの中にある服を見ても、自分が今日どれを着ていけばいいのかわからない時がある。
鏡に映る、極平凡な自分の顔立ちを見てもそうだった。どんな表情をすれば、自分が魅力的に見えるのかー第一、自分に魅力等あるのだろうか、と思ってしまう。
亜希子のように、自分には何色が映えるのか、どんなスタイルの服なら自分が引き立つのか、一番可愛い顔はどれなのかーというのがわかってればいいのだが…。
なんら脈絡のないクローゼットを眺める度に、直子は自己嫌悪に陥った。
「どんな風に自分に似合う物を見付けるの?」
亜希子の首尾一貫されたクローゼットを見せて貰った後、直子は聞いた。
「着たい物を着ればいいのよ」
「ええーっ、だって似合わないかも知れないじゃないの」
「バカねぇ、この服が好きだから着たいって思えば、いつの間にか似合うようになるものなの。服が身体に馴染むっていうのかな?それに、着たい服を着てたら、気分だって楽しくなるでしょ?」
そう亜希子は、笑って言った。
直子は、家にいる分には楽しいが、外に出ると人の視線が気になって、恥ずかしくなってしまう。
「人ってね、そこまで他人のことなんて気にしてないわよ」
「だって…」
「メイクをしないのもいけないわ。すれば、度胸がつくものなの」
確かに直子は、メイクなど滅多にしない。自分ですると、変になりそうなので、怖くて出来ないのだ。
「あなた、土台がいいんだもの。肌だって、まだ綺麗だし。ナチュラルメイク程度で十分だと思うわ。」
「でも、そのナチュラルメイクっていうのが難しいんじゃないの?」
「あなただったら、この程度でいいんじゃないかしら?」
亜希子は、自分のメイクポーチを取り出すと、手早く直子の顔にメイクを施した。
「ほぉら、できた。ど?」
鏡で見ると、ファンデーションを薄く伸ばして、眉毛を少し描いて、目の周りをほんのりとぼやかした程度の直子の顔があった。それでも、驚くほど生き生きとして見える。
「これで、この口紅を仕上げにするとー」
亜希子は、深紅のルージュを直子の唇に少し乗せた。
赤とはいえ上品な色合いなので、生き生きとした顔に落ち着いた雰囲気が漂う。
「ねっ、似合うでしょ?」
「亜希子はいいよ。メイク上手いもん。私には無理よ」
高校を卒業する時に、友人達と化粧品会社主催のメイクアップ教室に行ったことがあるが、それ以来メイクなど数える程しかしていない。
「やろうと思えば、何だって出来るの。女の子はね、変われるの。綺麗な服を着て、綺麗にメイクすれば、平気で嘘だってつけれるんだから…」
亜希子の言葉に、直子は力なく笑った。