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第5話「学期末考査。略して期末テスト」

 御船宅で横になっていた鏡夜はそのまま寝てしまい、無断外泊となってしまった。

 日曜日は各方面に平謝りするだけで過ぎていき、週明けの月曜日の朝。学校の教室で机に頬杖をつきながら鏡夜は窓から空を見上げていた。

「よっ。天河〜。首尾はどうだったんだ?」

 後ろから光輝の声。

「それは聞くまでもないだろう? な・ん・せ」

 前から竹部の声。

「御船ん家にお泊りしたんだからな〜。いや〜、いいなぁ〜青春だなぁ〜。青い春だなぁ〜ウッダラダラダ」

 右側から岡野の声。

「いや〜ん。鏡夜君のスケベ〜い。あひゃひゃひゃひゃ」

 と三人揃って言った後に爆笑する。

 前の席が竹部。右隣が岡野。後ろが光輝。これぞ正しく鏡夜包囲網と言っても過言ではないだろう。

 この間の席替えでこのような呪われた席になったことを怨みつつ、未だ爆笑しているトリオに鏡夜は呆れ顔で憐れみの視線を送る。

「何歳だよお前らは」

「十六で〜す」

 三人で声を合わせて可愛いくいうなよ。可愛いというよりも不気味だそ。もしくは不気味だぞ。

「で、で? やったのか? やったのか?」

 楽しそうにはしゃぎながら光輝が顔を近付けながら言う。

 鏡夜は身を後ろに傾けて目を細める。

「……お前の名誉の為に聞いておくが何をだ?」

「決まってるだろ? こ・れ・だ……いってぇ!! んだよ叩かなくてもいいだろう!」

 右手の指で表現しようとした光輝の頭を鏡夜は強めの力で叩く。

 どうしてそういう発想しか出来ないのか。

「大体、桜香さんに失礼だろ。変な噂だけは広めるなよ?」

「あっ。噂をすればなんとやら。御船が来たぞ」

「聞いてないなこの野郎……」

 岡野の声に導かれ、鏡夜は教室のドアを見る。

 ドア付近の女子生徒や男子生徒ににこやかに挨拶をし、笑顔で談笑しつつ桜香は自分の席に中学で支給された青い鞄を置き、寄り道をせずに鏡夜と光輝達の元に歩み寄った。

「おはよう〜。天河君。それと付属品の皆さん」

「……御船って結構、毒舌だよな」

 こっそり言ってきた竹部に鏡夜は自業自得だと言っておいた。

「おはよう桜香さん」

「昨日大変だったんでしょ? ごめんね?」

 大変だったとはやはり寮母やお偉方(ハゲ校長及びヅラ教頭)への謝罪のことを指しているのだろう。

「いや。あれは勝手に爆睡した俺の責任だから、桜香さんが気にする必要はないよ」

 それから桜香と鏡夜は土曜日の話題で盛り上がり、話に入れない光輝たちは光輝たちで話をしていた。

 教室中に笑い声が飛び交う喧騒の中。チャイムの音が響く。

「もう時間……あっ」

 席に戻ろうとしていた桜香はなにかを思い出したのか立ち止まる。

「天河君。一緒にテスト勉強してくれない?」

 最初はきょとんとしていた鏡夜は黒板の日付を見て納得した。

 そうか。来週からは期末試験があるのか。

「お願いっ!」

「別にいいけど……なぜに俺?」

「この辺りでは随一と言われている進学校で上位に入るくらい天河君の頭が良いからに決まってるよね?」

 両手を合わせて拝んでいた桜香は鏡夜の返事を聞くなり手を戻し、右手の人差し指だけを伸ばしながら前屈みの姿勢になり明るい笑顔で答えた。

 どうして疑問系なのかは解らないとして。そんなに頭良くないのだが。

 鏡夜は少し複雑な思いだった。中間テストでは四百六十人中四十四番という呪われた順位を取ってしまったしあの順位で頭が良いと言われても。

「うお〜い。そこの……御船だっけか? いい加減に席に座れ〜ぃ」

 一年三組の担任。石田智志いしださとしが教卓の椅子に座りながら怠そうに言った。

 相変わらずやる気のない顔だ。

 こんな人がよく教師なんてやっているよなと鏡夜を始めとしてクラス全員が思う。

 クラスの心を一つにしろと言われれば担任への不信感で一つになること間違いない。

 桜香は宜しくね。と言い残して席へと駆けて行った。

「かくして鏡夜は桜香の勉強を見ることになったのだった」

「光輝。変なナレーションすんなよ」

 その日の放課後。早速、鏡夜は桜香の家に行き、一緒に桜香の勉強を見てみた。

 最初の日の感想は桜香は決して馬鹿ではない。ただ惜しいだけだ。

 政治経済について言えばロックやルソーは知っているがどんな本や思想かは知らないから点を取れないなど。要はうろ覚えが悪いのだ。覚えてない部分を徹底的に補強して覚えればきっと桜香はかなり上位の順位になるはずだ。

 人に教えることは自分にも特になる。なにせ人に教える場合は三倍理解していないと駄目なのだから。

 特に問題もなく六日間が過ぎて行った。が。問題が発生したのは明日にテストを控えた日曜日の午前中だった。

「今日は数学をよっろしく〜!」

 御船宅の桜香の部屋に入った鏡夜を迎えたのは桜香の笑顔と明るく凛とした声。そして数学のノートと教科書である。

 上機嫌の桜香に鏡夜は気まずそうにする。

「っ? どうかした? 顔色、悪いよ?」

「いや……その、実は」

 実は数学の成績だけは破滅的に悪いんだ。中間では三十点だったから。なんて言えるわけがない。それよりも、言いたくない。

 呪いの教本(数学のノートと教科書)を振りかざしながら桜香が迫る。

 鏡夜は目を閉じ、深呼吸をした後に覚悟を決めた。

 正直に言おう。そう決めた。

「桜香さん」

「ん? なに? そんな改まったような顔して」

「実は俺。数学だけは破滅的に成績悪いんだ。中間の成績なんて三十点だったし」

 少しの間。桜香は無表情で押し黙り沈黙が続いた。

「あはっ。あはは」

 沈黙を破ったのは桜香の陽気な笑い声だった。

 いつものような心地よい声とは違い、鏡夜は恐怖に駆られる。

「ふぅ……はぁ。そう? ふ〜ん……ま。誰にでも不得意なことはあるよね〜…………」

 ひとしきり笑った後に可愛いらしい笑顔で桜香は言った。

 しかし、目は笑ってはいない。

「でもさ……」

 ふっと桜香は沈んだ顔になる。

「それがどうしてよりにもよって数学なのよ!? あたしは期末テストで悪い点を取る訳には行かないの!! 特に数学はね!! 中間で七点を叩き出したから期末で八十点以上取らないと補習なのよ!! 補習!! どう責任取ってくれるの!? 家族が夏休み満喫中に一人寂しく補習に通えとそう言いたいのあんたは!?」

「あはは。い、いや、なんというか……」

 苦笑いしながら桜香のかなり早口の愚痴を聞いていた鏡夜は内心で関心していた。

 よく一息で言い切れるものだ。あの早さでよく舌を噛まないな。とも思う。

 一方の桜香は言うだけ言ったらベットに頭から伏せて沈黙する。

 触らぬ神に祟り無しと偉大な先人様が言っているので鏡夜は先人様の教えに習い、静かに魔法少年とライトノベルを読み始めた。

 それにしてもと本を見ながら桜香を盗み見る。

 土曜日の桜香と御船父のやり取りを見ていた限り、恐らくさっきのが桜香の素だろう。

 学校での桜香は明るい方だが自分の意見はあまり言わない。他人に合わせて上手く調和を計っていた。要は場を弁えて、乱すようなことはしないのだ。

 桜香と限りなく近いことを鏡夜もしているが、性格の改竄は桜香程ではない。

 あくまで鏡夜独自の分析だが、桜香は本来、前に出るタイプのはずだ。我が儘とまでは行かないが自分の意見を押し通そうとする傾向も多分、見られる。

 少しだけ強気だから人によっては上から目線と感じたり同年代で生意気だと思うかもしれない。

 もっとも後者のように思う人間は大概、嫉妬をしているようなものだ。

 良い方に転がればリーダーとして手腕を発揮出来るかもしれないが、悪い方に転がるといじめの対象になり易いかもしれない。特に今の社会では尚更だ。

 桜香の過去に何かあったのだろう。自分を偽り仮面を被らせる程の何かが。

 その辺りの情報は光輝が詳しいはずだから今度それとなく聞いてみることにしよう。

 本来、鏡夜は他人に興味はないが桜香だけは放ってはおけないようだ。

 それが特別な感情から来る物なのかはまだ鏡夜自身も知らないが、鏡夜が桜香に親近感を抱いているのも確かだ。

 鏡夜もまた桜香と同じように自分を偽り仮面を被っているからだ。

 しかし、鏡夜は桜香を危なっかしいと思う。

 桜香は自分を偽りきれていない。いや、次第に自分を偽り続けるのに疲れて来ている。

 その証拠として学校でも桜香は素を見せ始めている。

 このままではいつか爆発してしまう。その前に何とかしなければ。桜香の為にも。

 思案中の鏡夜は視界の片隅で何かが動くのが捉えた。

「……こうなったら、あの手しかないわね」

 静かだが、重々しい声だった。

「素直に諦める?」

 文庫本のページをめくりながら鏡夜が尋ねる。

「学校に忍び込むしかないってことよ。目的は試験の答案用紙っ!」

 復活した桜香はベットの上で立ち上がり高々に宣言した。

 鏡夜は文庫本のページをめくりながら、

「頑張って。俺は止めやしないよ」

 応援のエールを送っておいた。

 そんな鏡夜から文庫本を取り上げ、桜香が見下ろしてくる。

 どちらかと言えば見上げられた方がいいんだけどな。などと鏡夜は考えていた。

「当然、天河君も手伝ってくれるよね?」

「……はい?」」

「手伝ってくれますよ、ね!!」

 笑顔で最後のねを強調する桜香。

 数秒の間、鏡夜と桜香は見つめ合い、鏡夜が優しく笑う。

「それで? どうやるのかな?」」

 鏡夜は止めようとはしなかった。

 それは何故か? 答えは簡単だ。

 桜香と一緒なら退屈な日常を変えられるかもしれないし、夜の学校に忍び込むことがなによりも面白そうだから。そう鏡夜は感じたからである。

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