第4話「プロローグ〜桜香編終了〜」
御船弟が部屋から出て行った為、一人になった鏡夜はさっき買った漫画の一気読みをしていた。
五冊目を読み終えると腕時計を見ると短針が二を指していた。つまりはそのまんま二時である。
遅い。
鏡夜がそう思うのは当然のことだろう。
人の家を勝手に探索するのはいけないことだと思うが、鏡夜は部屋から出ていた。
階段の上から下を眺めると一階の床が見えた。
足を踏み出しかけて、鏡夜は思い止まる。
御船弟の部屋も一応、確認しておこうか。
ゆっくりと物音を立てないようにドアを開け、そっと中を伺う。
「……何をしているのでしょうか?」
「むぉう!?」
いきなり背後から声が聞こえ鏡夜は驚きのあまりドアを全開にして御船弟の部屋に転がり込む。
幸いな事に御船弟は部屋にはいなかった。
振り返ると口元に手を当てて驚いている桜香の姿があった。
「ご、ごめんなさい! 驚かすつもりはなかったのですが……」
「いや。あの、こちらこそすみません」
平謝りする桜香に何故か敬語で鏡夜も謝った。
「いえ。私が悪いのですから」
キリっとした表情で桜香が自分を責めるような言い方をすると鏡夜の罪悪感は募る。
「勝手に部屋を覗こうとした俺が……」
「いえ! 私が悪いのですから!」
鏡夜の言葉が終わらない内にさっきよりも強い口調で言う。
この人は誰だろう。
ふと鏡夜は思った。
目の前にいるのは桜香であって桜香ではないような気がしてならない。
桜香はこんな風に自虐的ではないと思うから。
「……もしかして桜香さんのお姉さんですか?」
それを聞いた桜香(?)はぱっと明るい顔になる。
「私と桜香の区別が付くのですね。でも……」
小悪魔を連想させる悪戯な笑みを桜香(?)は浮かべ、右手の指を口元に当てる。
「残念でした。私は桜香の母親です」
「…………はい?」
一瞬、鏡夜は自分の耳を疑った。何故なら桜香母はどう見ても十代にしか見えないからだ。
からかっているのだろうか。それとも。
「からかっている訳ではありませんよ。それに母親の代わりという意味でもありません。正真正銘、御船桜香の母親です」
ぽやんとした笑顔で手を頬に当てる。バックには花が咲き誇っている幻覚さえ見える。
「貴方、天河鏡夜さんね? お話は伺ってますわよ。プレイボーイなんですよね?」
「いやいやいや。違いますよ」
必死に否定する鏡夜は能内で違うことを考えていた。
「死語かどうかなんて細かいことを気になさる必要はありませんわよ」
「……」
思考を読まれたことに鏡夜は絶句する。無言で絶句したので無言絶句という。
「申し遅れました。私は御船桜香の母。柏木桜です」
深々と頭を下げる桜に鏡夜は戸惑いなんて言えばいいのか解らなくなっていた。
苦笑ともとれる笑顔を繕い、桜が頭を上げるのを待つしかない。
「あれ、お母さん? そんなところで何してるのよ」
廊下から今度こそ本物の桜香の不思議がる声が聞こえてきた。
桜はゆっくりとした動作で身体を起こして桜香に向き直る。
「天河さんとお話しましたよ。私と桜香の区別が解るみたいです」
「ホントに? ふふっ。少し嬉しいな」
鏡夜には桜香の声色は凄く嬉しそうに聞こえた。まるで長年、探し続けた何かに出会えたような声色だった。
「やりましたね。ブイ」
「うんっ……ところで、その、天河君は?」
無言で桜は部屋の中にいる鏡夜を指差した。
ひょっこり桜の横から顔を出した桜香と目が合う。
少しだけ沈黙の間。
「ど、何処から聞いていたのよ!?」
恥ずかしさを隠す為か桜香は大きめの声で質問を投げ掛ける。
「えっと……最初から」
「ち、違うわよっ!?」
「いや、なにが?」
「違うって言ったら違うの!」
顔を真っ赤に染めて懸命に否定していた桜香を見ていると可笑しくなってしまい鏡夜は笑い出してしまう。
「あはは。ご、ごめん。なんか可笑しくて」
「はぁ。別にいいけど」
ひとしきり笑った後に鏡夜は桜の姿が無くなっていることに気が付く。
「あれ?」
「お母さんならもう下に行ったわよ」
いつの間に。笑っていたとは言え鏡夜は全く気付けなかった。
それからは二人で一階に降り、店舗のスペースに鏡夜は案内された。
カウンター席には御船弟が座っており、厨房には御船父と桜が立っていた。
少し遅い昼食としてなんでも注文していいと桜香に言われたものの鏡夜は決められずにいた。遠慮していたというのもあるだろう。
「なんだなんだ? 少年! 男ならビシッと決めろ!」
いつも優柔不断な客に対してそんなことを言っているのだろうか。もしそうなら良い迷惑だ。
苦笑しながら隣を見ると桜香がじっと見ていた。鏡夜が顔を向けるのと同時にさっとラーメンに視線を戻す。
何なんだろう?
助け舟を出してもらおうとしたが逆に気になってしまった。
「優柔不断な男って嫌われるよね〜」
「うわっ!? びっくりした」
桜香の右隣りに座っていたはずの御船弟が鏡夜の隣にワープして来ていた。
というか本当にワープして来たのではないだろうか。
「ちなみに当店のお勧めは全メニューです」
今度はすぐ後ろから桜の声が聞こえ、後ろは見ずに厨房を見渡す。
だるそうにしている御船父しかいなかった。
この家族は忍者にでもなるつもりだろうか。どうしてそんな風に気配を消せるのか。
というかオススメが全メニューって。それは既にオススメとは言えないことに気付いてはいないようだ。
再度メニューを確認していた鏡夜はため息混じりにメニューを置く。
「……ラーメンでお願いします」
悩んだ揚句に結局、無難なメニューに昔からだ。桜香も食べているし。
「あなた〜。気合いと根性ヤケクソ盛りのラーメンセットですって〜」
「いよっしゃ―! あれの挑戦者は何年ぶりだか忘れたが、腕がなるぜ」
「うふふ。二日振りですよ」
「……すいません。帰っていいですか?」
嫌がらせか。どうして注文した品目が変わってしまうのだろう。誰でもいいから教えてほしい。
「仕様なんだから仕方ないよね」
「そんな仕様があってたまるか。ってか桜香さんからも何か言ってよ」
御船弟は敵のようだから桜香に話題を振る。
黙々とラーメンを食べていた桜香は鏡夜と桜と御船父を順番に見て、
「頑張って!」
と鏡夜に対して可憐な笑顔で言った。小さくガッツポーズもしている。
「いや、頑張るとかそんなレベルじゃないような気がするんだけど」
もはや何をしても止めることは出来ないらしい。ならばと鏡夜は男らしく覚悟を決めたのだが。
完成品が鏡夜の前に置かれ、見た時に鏡夜は目を見張る。
その量は鏡夜の想像を遥かに越えていた。
「少年よっ! 男ならドンと行け! ちなみに残したら三万円を頂くぞ」
鏡夜が御船父の満面の笑顔に殺意を覚えたのは言うまでもない。
巨大料理と格闘すること数十分。途中で御船弟や桜香。桜にまで手伝ってもらいようやく鏡夜は食べ切った。
「よぉし! よくやった少年っ! これで俺も心置きなく」
爽やかな笑顔で親指を立てる御船父。
「KISS★SUMMERができると言うものだ!!」
「……」
もはや鏡夜には突っ込む気力すら無かった。
ご飯を食べて疲れたのは鏡夜にとって初体験だからだろう。
早々に立ち去った御船父と御船弟は薄情なもので、鏡夜は桜香に支えられながらやっとのことで居間に辿り着き畳みに横になる。
「ちょっと大丈夫?」
右手を上げて桜香に答える鏡夜の姿を見るととても大丈夫そうには見えない。
「トイレ行く? 吐いた方が楽になるわよ?」
今度は右手を左右に動かした。心配御無用とでも言いたいのだろう。
鏡夜が死にかけている正にこの瞬間。同じ居間では御船父と御船弟が涼みながら真剣にKISS★SUMMERをプレイしていた。
時折、
そっちじゃないよ。いいや、この選択肢であってる。違うって、それじゃ別キャラルートに突入するって。
などのやり取りが聞こえ始め、段々と口論に発展していき、最後は桜香に、
「静かにしなさいっ! こっちには病人がいるんだからねっ!!」
大声で叱られ、争いは終結する。
鏡夜は頭だけを少し動かし居間全体を眺める。
真剣にギャルゲーをする御船父と御船弟。テーブルに茶菓子とお茶を持ってきて、にこにこ笑顔で我関せずの桜。鏡夜のすぐ隣で光輝もやっていた携帯ゲーム機でアクションゲームをやっている桜香。
本当にゲームが好きなんだなと思うと同時に鏡夜は暖かく感じた。
今の時代。鏡夜や桜香と同じくらいの年頃の少年少女による家族殺害の事件は後を絶たない。
そんな時代の中で家族の在り方が鏡夜には解らなくなる時がある。しかし、今、目の前に確かに一つの家族の在り方があった。
家族全体で趣味を共有し、会話が弾み、笑顔や笑い声が絶えない家庭。
趣味の方向性は少し違うが、鏡夜が欲しかったのはそんな暖かさに包まれた家庭だった。
今はただ、この暖かさを感じながら安らいでいたい。出来るならばずっと。ずっと。
はいどうも作者です。2話、3話のタイトルはプロローグではありませんがプロローグの一部なのでした。まぁ長い長いプロローグでしたが、ありがとうございました。今後とも宜しくお願いします