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第31話「お守り」

 田中に千円札を二枚握らせ、本屋の隣にあるファーストフード店に昼食を買いに行かせ、鏡夜はまりなと一緒にベンチに座って待っていた。

 ハンバーガーと言わずに駅ビルの最上階にあるレストランでも良かったのだがまりなが幼い事と(精神的に)田中が幼いこともあり妥協した結果だ。

 また父親が経営している会社の系列だから恥を晒す訳にもいかないと子供ながらに鏡夜は解っているのかもしれない。

 父親に微塵も期待されていないとはいえ、この日本の経済を支えている大企業の頂点に立つ人間と同じ意味の天河という性を持っているのだ。

 大多数の天河さんとは違う特別な意味を持った天河だ。

 険しい顔をしていると何かに陽の光りが遮られ、鏡夜は顔を上げた。

 巨漢、田中が空と太陽をバックにして左手に紙袋を持って立っていた。

「待たせたな皆の衆」

「よし……行こうか」

 鏡夜は立ち上がるとまりなの手を引いて歩き出す。

 鏡夜と田中が向かったのは駅の大通りから一本道を逸れた場所にある公園だった。

 住宅街から離れている用途不明の公園にはあまり人が来ないので、鏡夜と田中は時々、立ち寄り買った物をこの公園で食べていた。

 滑り台、ブランコ。ジャングルジム。公衆トイレにベンチと公園らしい遊具などは一通りある。

 まりなをベンチの中央に座らせ鏡夜と田中も両側に座った。

 昼ご飯を食べながら鏡夜と田中はまりなに色々、話を聞いた。

 まりなの姉が病気がちでずっと家に篭っていること、お守りを貰ったこと。

 食べ終える頃にはまりなの話題も尽きていた。

「そういや、まりなちゃんていくつ?」

「……えと、小学四年生です」

 田中がぶつけた疑問にまりなが答えると鏡夜と田中は顔を見合わせ、沈黙が続く。

「……はぁ!?」

 まりなを見ながら驚愕の声を二人は同時に上げた。

 何せまりなは幼稚園に通っていてもおかしくない背格好をしていたからだ。

 おまけに道に迷って泣きじゃくる様を見てしまったらもう幼児にしか見えない。

「はわ〜。先入観とは恐ろしいですね」

「誰(お前)のせいだ(よ)!?」

 微妙にニュアンスが違う言葉を鏡夜と田中の二人は同時に叫んだ。

 納得が出来ないような気がするが、まぁいい。鏡夜は強引に自分を納得させる。

 昼食を食べ終えた三人は気を取り直して街の中心部にある伊弉諾神社に向かいお守りを三つ購入した。

 一つはまりなにもう一つは田中。そして自分の分。

「あの、お金……」

 神社の階段を降りる途中でまりながポケットから可愛いらしいピンク色の財布を取り出す。

「お金は気にしなくていいよ。俺もお守り欲しかったからついでだよ」

 笑いながら言う鏡夜の隣で田中が俺のはと声を上げ、鏡夜はついでのついでと答えた。

「でも……」

「だ〜いじょぶ、だってまりなちゃん。こいつんち、めっちゃ金持ちだからさ」

「何で田中が偉そうに言うんだよ。ま、事実だけどさ」

 三人は駅前にもう一度戻りベンチに並んで座った。

「これからどうするよ」

「まりなちゃんが家の住所を覚えていれば良いんだけど」

 言いながら鏡夜はまりなを見るとまりなは申し訳なさそうに首を横に振った。

 そんな事は予測の範疇だった鏡夜は落胆もせずにただ、まりなにお守りを貸して欲しいとだけ言った。

 最初はお守りを渡すのに戸惑ったまりなだが、鏡夜にお守りを手渡す。

 二人が見守る中で鏡夜はお守りの中から一枚の紙を取り出し広げた。

 その紙に書かれていたことを読むと鏡夜はクスッと笑う。

「やっぱりね。思った通りだ」

「ふぇ?」

「何がだよ、天河?」

 鏡夜は取り出した紙に書かれていた住所を読み上げる。

 そう、お守りの中に入っていたのは住んでいる住所が書かれた紙。迷子になっても戻って来れるようにとの心遣いだ。

「おねえちゃん……」

 今にも泣き出しそうなるまりな。

「にしても、よく解ったな、お守りの中にそんなのがあるなんて」

「解るさ。俺も加奈に住所を書いたお守りを持たせてる」

 年下の兄弟を持つ者の考える事はみんな同じ。とはいかないだろうが少なくともまりなの姉と鏡夜の考え方は一致していた。

「それで……この住所って何処だ? 実は俺、住所とかってよく解らないんだよ」

「貸してみろ」

 ほうほうと頷きながら田中は住所を見ていく。

「ここならそう遠くはないな。天河ん家から結構、近いし」

 まりなの手を引いて帰る途中で少し上品なお菓子屋に立ち寄り、お土産を買っていく。

 店員とも顔見知りだし鏡夜にとっては駄菓子屋みたいな感覚だが、田中とまりなにはそうは思えないらしく店内に居た間は借りて来た猫みたいに大人しかった。

 店の外に出て家路の途中、まりなと田中はお金持ちは違う談義に花を咲かせていた。

 親父かあんたら。

 そう鏡夜は言いたかったし口に出しそうなったが堪えることにした。

 やがて田中に案内され、一軒の立派な家の前に連れて来られた。

「あっ……」

 思いがけず鏡夜は驚いたような声を出す。

 それもそのはずだ。家の隣は空き地。鏡夜達が遊び場にしている空き地だ。

 目の前の白塗りの家の庭には一ヶ月ほど前にサッカーボールを探しに忍び込んだ。そして女の子と。

 途端に鏡夜は緊張し、逃げ腰になってしまう。

 お菓子をまりなに渡し、帰ろうとするがまりなは折角だしお礼もしたいからと鏡夜の服を引っ張って家に上がるように駄々をこね、田中も上がって行こうぜと無責任に言う。

 人の気も知らないで。

 二人に聞こえない程、小さな声でそう言った。

 まりなに手を引かれて家の玄関をくぐる。

「ただいま」

「……お邪魔します」

「お帰りなさいませ!」

 三人を出迎えたのはメイドさん数人とスーツにエプロン姿の髭面だが優しそうな男だった。

 執事だろうか。

「あらあら、年上の男の人と……まりなお嬢様も隅に置けませんわね」

 メイド衆は呑気に変な話題で盛り上がり、執事に至っては何故か鏡夜と田中に向かってかかって来い的なポーズを取る。

「……あの?」

 堪らず鏡夜が問い掛ける。

「お嬢様方を護るのがわたくしめの使命……いざ尋常に勝負!」

「いや……何処の少年漫画?」

 田中の突っ込みも最もだというか的確だ。

 鏡夜の家にもメイドはいるがこんなにアットホームな人達ではない。

 仕事ですからと私語は少ないし、何処にいるのか解らない。呼べば何処にいても駆け付けてくれる。そんな感じだ。

 ああだこうだと玄関先で騒いでいると階段を降りて来た女の子と鏡夜は目が合う。

 以前、鏡夜がこの家の庭で会った女の子だ。

「これはお嬢様! 申し訳ございません、今、不埒な輩を排除致します」

「そこかよ!? 騒がしくして申し訳ありませんとかそっち系じゃないの!?」

 あまりにもフリーダム過ぎる執事とメイド達に珍しく鏡夜がツッコミを入れる。

「仲良き事は美しいこと。賑やかなのはとても良いことですよ」

 のほほんとした笑顔と共にバックに花でも咲きそうだ。

 パジャマ姿に軽く羽織る物を着た女の子は可憐な少女と言う表現がピッタリだ。

 この主人にしてこの使用人達あり。

 鏡夜はそんな言葉を思い浮かべていた。

「申し遅れました。わたしは高崎花音たかさきかのんです。どうぞこちらでお茶でも」

 のんびりとゆったりした口調で花音は言う。

 鏡夜と田中は持っていた荷物をメイドさんに剥ぎ取られ、花音とまりなの後に着いてリビングに入った。

 椅子に座り出された紅茶を啜ると、鏡夜はメイドさん達から死守したお菓子の箱をテーブルに置く。

「あら、それは?」

 紅茶のカップを静かに置きながら花音が首を傾げる。

 まともに花音の顔を見ないように鏡夜は視線を逸らしながら答える。

「あ、えと。その……ほんのお土産です」

 たどたどしい口ぶりだと自分でも解る。

 どうしてこんなに緊張しているのだろう。

 多分、天河の看板を背負ってパーティーに参列していた時よりも緊張している。

「まぁ。御心使いありがとうございます。……以前、お会いしましたね」

「えっ?」

 返って来た言葉に鏡夜は一瞬、頭の中が真っ白になる。

 自分だってついさっきまで忘れていたのだ。まさか、覚えていたとは。

 なんて答えたら嫌われなくて済むのか。そんな保身的な考えに駆られた鏡夜は田中を見るが、生憎、田中はまりなの相手をしているようだ。

「前にお庭でお会いしましたね?」

 確認するようにあの時と同じ柔らかい笑顔を向けてくる。

 意を決した鏡夜は花音を正面に見据え、

「ウッス。お会いしましたっす」

 気が動転し過ぎたのか体育会系の返事をしてしまった。

「ふふっ。面白い人ですね」

 何を話していいのか良く解らなかったが、鏡夜は学校のことやテレビのことを話した。

 花音は嬉しそうに微笑みながら静かに鏡夜の話に聴き入っていた。

 いつの間にか時間が流れるのも忘れ太陽が沈み外が暗闇に包まれた頃、鏡夜と田中は帰ることにした。

 帰り際に花音が『また来て下さい』と言った。

 その言葉が鏡夜の耳に何時までも残っていた。

「まりなちゃん、お姉ちゃんは病気がちって言っていたけど元気みたいだよな」

 帰り道の途中で田中が後ろを振り返りながら言った。

「……そうだね」

 それきり二人は黙って歩いた。

 話題はあるのだが二人共、何も話せずにいた。

「天河」

「なんだい?」

「お前、前にも花音さんと会ったんだってな」

「……まぁ、ね」

「ふむふむ。そん時に好きになった。と」

 思いがけない田中の言葉に鏡夜は取り乱した。

 その様子を見ながら田中は嫌味に笑う。

「ちょ、おま……誰にも言うなよ!!」

「ど〜しよっかな〜」

「田中っ!」

「冗談だよ。マジで怒んなよ」

 別に怒っている訳ではない恥ずかしいやら何やらでそんな態度を取るしかないのだ。

「俺も協力してやっからさ。明日、学校終わってからまた行こうぜ」

「……ふん。知るかよ」

 この日を境に鏡夜と田中は頻繁に高崎家を訪れるようになる。

 それが後にどのような結果を生むのか二人はまだ何も知らなかった。

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