第29話「分岐点〜ラノベな軌跡編終了〜」
鏡夜が意識を取り戻してから一週間が過ぎた。
今日から面会が許されているらしく、加奈と藤林。光輝とユキナがお見舞いに来てくれたが、そこに桜香の姿はない。
「ったく、テレビ見た時はマジ焦ったつうの」
と光輝。
「悪いな、光輝」
と鏡夜。
「まぁ無事で何よりだ」
光輝の横の椅子に座っていたユキナも安心したように言った。
「どうぞ、リンゴです」
「ありがとう」
綺麗に切り分けられたリンゴが乗った皿を藤林から手渡される。
「あ〜もう。お兄ちゃんの分だけが良かった!」
数分前に鏡夜の飲み物を買ってくると言い出した加奈はついでだからと全員の飲み物を買ってくるように頼まれていた。
病室のドアを閉め不満を言いながらビニール袋をテーブルに置く。
鏡夜の今の病室は六人部屋だが、鏡鏡以外に入院している人はいなく多少、騒がしくしても大丈夫だ。
四人は鏡夜の体調を考慮してか昼過ぎには帰って行った。
帰り際に聞いた話しだと光輝とユキナは鏡夜の家に泊まっているとの事だった。
しばらくは加奈も淋しい思いはしないだろう。
疲れたのか鏡夜は横になるとすぐにうとうとし始める。
夢見心地で誰かが部屋に入って来たのとベットの傍に立っている事に気付いていた鏡夜はゆっくりと上半身を起こす。
「……起こした?」
「まだ寝てなかったから気にしなくていいよ」
一人でお見舞いに来た桜香は椅子に座ろうとせずに居心地が悪そうにそわそわしていた。
「……あたし帰るから」
「えっ……ちょ、待っ」
止める間もなく桜香は病室から出ていってしまう。
夢の中の事とは言えあの時の桜香との温度差に鏡夜は困惑する。
一体、何だと言うのだろう。
いや、あれは夢の中の出来事だったのだからあれが桜香の本心な訳がないか。
結局は都合の良いだけの夢という事だ。大体、あの桜香が好きなんて言うはずもない。
それでも一縷の希望を捨てたくないのか。再び病室のドアが開く音を聞いた鏡夜は咄嗟に入り口に顔を向ける。
「桜香!」
ドアを開けたのは桜香では無かった。
「……お見舞いに来たけど……タイミング悪かった?」
「君は確か青葉君?」
頷きながら夏雪はお見舞いには定番のフルーツ盛り合わせの篭をテーブルに置くと椅子に座る。
「あはは、覚えていてくれた?」
人懐っこい笑顔を向けて来る夏雪は悩みなどとは無縁のようだ。
「それにしても災難だったね交通事故」
「まぁ、ね……三途の川が見えたよ」
勿論、冗談だ。鏡夜が見たのは三途の川ではなくもう一つの現実。
二人は乾いた笑い声を上げ、静かな病室に虚しく響いた。
「俺が病室に入る時、桜香さんが泣きながら走って行ったけど、何かあった?」
「……泣いていた?」
全く解らない。桜香とは二、三しか言葉を交わしていないし失言をした訳でもないはずだ。
「桜香さんをここに連れてこようか? 条件付きだけど」
「条件?」
夏雪が提示した条件は鏡夜の心の問題に触れてはいるが、決して厳しいことではない。
何よりこれから桜香に全てを打ち明けるのだ。なら、その場に立ち会って貰えば良い。
二度も命を助けられてもらったし、それに夏雪は信用できる。そんな気がする。
さて。と夏雪は小さく呟き御船桜香の足取りを探り始める。
別に天河鏡夜の為に探す訳ではない。全ては未来の為に。自分に言い聞かせながら夏雪は階段を使い屋上に向かった。
屋上へと続く頑丈な扉の前で夏雪は腕時計に視線を落とし時間を確認する。
少し早い。まだ桜香は屋上に来ていない。
まるで解っているかのように夏雪は扉に背を向けて寄り掛かる。
ほどなくして階下から足音が聞こえ始め、次第に大きくなり、やがて桜香の姿が見えた。
「遅かったですね」
俯いていた桜香は夏雪の存在に気付いていなかったらしく声を掛けられ驚きながら即座に顔を上げて見つめてくる。
「……誰よあんた?」
「俺は青葉夏雪」
当然な問いに当然の答えを返すと、桜香は心当たりでもあるのか先程とは別種の驚きを見せる。
「……青葉、夏雪? まさか『柏木』の!?」
身構える桜香を見た夏雪は苦笑した。
本当に色々な人達に忌み嫌われているなあいつは。
「安心して下さい。柏木優希は死にました。それに生きていたとしてもあなた方を始末したりしませんから」
「死んだ? 優希が?」
「えぇ」
「……そう」
悲しんでいるのか安心しているのかはっきりしない態度を桜香はした。
柏木家の裏の顔か。
苦い過去を思い出しやる瀬ない思いに駆られながらも今の自分に出来る事をやるしかないと気を取り直す。
「鏡夜君の頼みで貴女を迎えに来ました」
その名前を聞いた途端、桜香は恐怖に顔を歪ませ逃げるように階段を駆け降りようとするが、一瞬だけ早く夏雪が桜香の左腕を掴む。
「っ! 放して!」
空いている右の手で夏雪は顔を強打されるが掴んだ手は放さない。
「今、逃げたら一生後悔する事になりますよ」
反論することも出来ず桜香は俯く。
重い空気の中、沈黙を破り桜香は弱々しく言葉を発する。
「……どんな顔して会えってのよ。あたしが呼び止めさえしなければあんな事には……」
交通事故を間近で目撃した四人の女子高生の話と一致している。
鏡夜は誰かに呼び止められて立ち止まり事故に巻き込まれた。
呼び止めたのは紛れも無く桜香本人。
ある程度、予想はしていたものの芳しくない状況だ。
慎重に言葉を探し、夏雪は口を開く。
「鏡夜君は生きている。貴女が助けたんだ」
「……恩を仇で返しておきながら、それくらいの事で何食わぬ顔で会えって言うの? 出来る訳ないじゃない!!」
夏雪の手を強引に払いのけて桜香は振り返り階段を一段、降りる。
「……つまらない意地だな」
正論が通じる相手ではないと悟った夏雪は冷たく言い放つ。
口調の変化に驚いたのかそれとも何か別の事で立ち止まったのか。桜香は階段を一段、降りた場所で立ち尽くす。
「ふん。俺もお前達と『同じ歳』だった時は似たようなものだったがな」
「……どういう意味よ」
「自分のした罪を認めたくなくて他人の同情を誘う言い訳しかしない。自分自身から逃げて向き合う強さもないただの臆病者のクズだ」
人柄の良かった夏雪から一転して今の夏雪からは人に対する気遣いが何も感じられない。
表情もただの無表情ではなく人を見下しているよう。
「何とでも言いなさい」
「先に言っておくが、お前に拒否権はない。今すぐ鏡夜の病室に行け」
「嫌だと言ったら?」
「天河鏡夜には死んでもらう。今日この病院で」
「そんなハッタリ……」
「やるさ。俺はやると言ったら絶対に実行するからな」
どうして夏雪がそこまで桜香にこだわるのか。それは桜香と一緒でないと鏡夜から話を聞けないからだろう。
夏雪にとっては鏡夜から話を聞くことが他の全てを差し置いてでも為すべきことなのだ。
その為なら手段は選ばないのが青葉夏雪だ。
「……なんか重苦しい雰囲気」
苦笑いを桜香と夏雪に向けるが二人共、無反応だった。
二人の間に何があったのか興味はあるが今は他にするべきことがある。
「桜香は前に言ったよね、隠し事を話せって……二人には少しだけ昔話に付き合ってもらうよ」